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ヒロインですが放っておいてください。  作者: 樹りょう
第一章 救国のアリス
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貴族の副業(2)

 ――裏取引。その言葉に流石に顔が引き攣る。


「おっとぉ……さすがのアリスちゃんもビックリですよぉ……」

「たまにゃ驚け。あー、気味が良い」


 領主様がここぞとばかりに腹を抱えてカラカラと笑う。

 むぅ。私だって驚くくらいしますぅー。

 むしろあなた方が関わるようになってからは驚きの連続ですぅー。

 驚きすぎて虚無感に襲われてるだけですぅー。


「けど香ですか。まぁ、まともな香じゃないのは確かですよね」


 アステイユ王国では年数回行う神事くらいでしか香を焚く習慣がない。

 それも寄付や献金がうんと集まる大きな教会に限っての話。

 平民も貴族も常用しているのはもっぱら精油だ。


 というのも、錬金術の抽出技術を使った精油が大変お手頃な価格で売られているからだ。

 錬金薬とは違って薬ではないので、作るのも売るのも資格は必要ない。

 専用の道具と知識さえあれば誰でも作成できる。

 カーティスの街でも芳香剤用の精油なら雑貨屋で、虫よけや獣避けの精油はグレイスばーさんの薬屋で売られている。


 一方の香はといえば、まず材料がアホかっちゅーほど高い。

 極端な話、精油は道端に生えてる野花でも作れるが、香は香木やら香草やら金より希少な動物性の素材やらを調香しなければならない。

 しかも国内で採れる材料といえば僅か数種類だけだ。

 専門の知識や獣並の鼻が必要な調香という手間を考えれば、よほどのことがない限り完成品を買った方が安く済む。


 自然と国産の香は精油に需要を奪われ、今や流通している香の大半は舶来品だ。

 高価な嗜好品なので私たち平民には縁のない品物だが、ごく一部のお貴族様ともなれば話は別。

 香を楽しむサロンなんつー雅な場で「どこそこの香は」だの「この調香は」だのと品評会しているらしい。


「成分の解析はビビリーノの所(錬金術部)が急ぎ進めてはいるが、伯爵をはじめ主立った『被害者』はこの香が原因と見ていいだろう。証言が見事に一致している」

「『頭にモヤがかかった』ってやつですか」

「あぁ。さらにそのうち数名が『嗅いだことのない匂いがした』とも言っている」


 伯爵以下『被害者』たちの話を聞くに効能はろくでもないことこの上ないが、好奇心がうずくのも確かなわけで。

 舌ならぬ鼻が肥えた高貴な方々が知らない香りとは一体どんな香りなんだろうか。

 部屋に入ってすぐ効能が現れるということは錬金薬のような香なのだろうか、香のような錬金薬なのだろうか。

 ……ヴィアーノさん、現物見せてくれたりしないかな。ちょろっとでいいから。


「普通の香には使われない材料が使われてるんでしょうか。うわ超気になる」

「かもしれないが、そうでもないかもしれない」


 思考を明後日に飛ばしていると、喜怒哀楽がはっきりしている領主様にしては珍しい、何の感情も感じない平坦な声で呟くように言った。


「……と、言うと?」

「国外から意図的に持ち込まれた可能性もあるってことだ。詳しくは調査結果待ちだが、場合によってはうち(エリオット)以外にも有事体制が敷かれるかもしれん」

「おっとぉ……話が大きくなってまいりましたよぉ……」


 ――他国から持ち込まれたブツで有事体制が敷かれる。

 一気に頭が冷えた。


 有事体制とは、国王や貴族議会の承認を待たずに領主の独断で民間の物や人を徴収できるようにする法の一つだ。

 我がエリオットは建国以来、ずっとこの有事体制が敷かれている。

 東隣のエスカーダと停戦していない以上、いつ向こうが攻めて来ても即座に対応できるようにするためだね。


「あくまでも可能性の話だがな。だが、子爵が強硬手段を取ってまで荷を運ばせているわけだから、そのくらいは想定しておくべきだろう」

「へぇ、あれってビッチ婦人がブツを王都へ運び込んだんですね。受け取りに行ったんじゃなく」

「…………しまった」

「ふっふっふ、このうっかりさんめ。神父様が居なくてよかったデスネ」


 人一倍耳ざとい私が領主様のうっかりポロリを聞き逃すはずもなく。

 ビッチ婦人が『運び屋』なのは予想の範囲内ではあったけど、できればこの予想は外れていて欲しかったなぁというか。

 ……ある意味決定打というか。


「あの関所破りはさすがに露骨過ぎましたもんねぇ」

「お陰で現物が手に入ってこちらとしては助かったがな。いやーあちこちから圧力かけた甲斐があったぞ」

「うわこっわ。……でも本当に怖いのはここからですよね」

「……どうしてそう思う?」


 領主様は私を試すように問うた。


「今のかもしれない話は『正解』だと思うからです」


 変な話、ブツが意図的に他国から持ち込まれたものと仮定すると、子爵とビッチ婦人のゴリ押し関所破りや『副業』での派手な売買、アホのくせにエリオット領へ嫁いで来た理由、そしてアホが扱うには物騒すぎるブツなどの『分からない』がするっと一つの線で繋がるのだ。


「じゃあ国外から持ち込まれたと仮定して。……何処から持ち込まれたと思う?」

「……地理的にも政治的にも、一番可能性が高いのは東隣のエスカーダでしょうか」


 というか、ここが裏で糸を引いていないと今の状況はむしろ不自然と言えるだろう。

 私は一つ深呼吸をして、『邪推』を述べる。

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