貴族の副業(1)
「一応、最初からおさらいしとくな。うちが子爵を『臭い』と感じたのはマクスウェル伯爵の件からだ。アリスには話したと思うんだが、ハーヴィは伯爵と子爵婦人の件は知ってるか?」
「親父からある程度聞いてます。うちも一番上の兄がその、他人事じゃないんで……」
ビッチ婦人がマクスウェル伯爵に体当たりの色仕掛けを仕掛けた件。
ハーヴィが少しだけ話してくれたんだけど、呆れたことに中級以下の貴族間ではごくありふれた話らしい。
ハーヴィの実家もなかなか苛烈なアピールをされているそうだ。
期待の有望株だもんな。メルクリウス男爵家。
男爵は平民のころから熱烈な愛妻家で知られた人だったので、毒牙の向かう先は主に長兄さんだ。
時期当主、年ごろ、嫁なし。
たったこれだけの条件で、釣書やなんと嫁候補本人までが領の内外から山のように届いたのだとか。
突然知らない家から年ごろの娘さんが届くなんて新種の怪談だよ。世も末だ。
「それじゃ伯爵の件を踏まえて聞くぞ。……ぶっちゃけ婦人を見てどう思った?」
「ねーわ」
「逃げる」
「だろ? そうだろ? いくらなんでもアレは即チェンジだろ?」
私たちの忌憚なき意見に領主様も全力で同意する。
つか今さらっとチェンジとか言ったけど、この人娼館にでも通ってんだろうか。
とりあえずアリスちゃんの脳内ノートに要相談案件として書きこんでおこう。
要相談は告げ口あるいは交渉材料とも言う。
あ、チェンジっていうのはキレイなお姉さんがいる大人なお店の専門用語で……ってどうでもいいな。
「あのナリを見て余計謎が深まりました。魔が差したってレベルじゃないです」
「俺もアリスと同意見です。本能が『ヤバイ』と叫びました」
「俺も婦人の名を聞いてなんの冗談かと思った。だが、伯爵が言うには、休憩室へ入った途端『頭にモヤがかかったようになった』らしい。そして気づいたら……だったと」
『頭にモヤ』となれば、真っ先に思いつくのが媚薬だ。
ハニトラの必需品である媚薬は興奮剤に分類される錬金薬で、性欲そのものを高めるもの、血の巡りを良くするものの二種類が流通している。
前者は心が付いてこない人用、後者は身体が付いてこない人用だ。まぁどうでもいいな。
興奮剤やその逆の鎮静剤は強力になればなるほど理性が削られ正気をなくす。
つまり頭にモヤがかかったような状態になる。
効果よりもこの酩酊感を味わうために常用している者もいるくらいだ。
こういう中毒者対策で一般に流通している興奮剤や鎮静剤は『効くかもしれない』程度に薄められている。
材料さえ揃えば自作も可能っちゃ可能だが、錬金術師の確保という壁、また国によって認定薬草に指定されている毒草の確保とハードルは高く、多い。
特に認定薬草は無断で入手あるいは栽培でもしようものなら『死刑で済めばいいね』という暗ーい未来が待っている。
そもそも栽培方法や製薬レシピ自体が秘匿されているので、ヴィアーノさんが所属する魔術師団の錬金術部隊が全ての供給を担っているのが現状だ。
なので濃度が高いものを入手するには、医師の診察と処方を元に錬金薬の専門店へと注文する必要がある。
当然、誰でも手に入れられるものではなく、世継ぎという喫緊の課題に直面している貴族が議会の承認を得て醜聞に怯えつつひっそりと購入、といった感じらしい。
つまり、金貸し子爵家が準備できるようなものではない。
「一番可能性が高いのは媚薬の原液に近いものでも飲まされたか嗅がされたか、ですけど……」
「国が管理してる劇物だぞ。俺でも入手できん。シロだ。伯爵からもその手の薬物反応は出なかった」
「デスヨネー」
「となればおじさんがよく使う幻術?」
「それこそナシでしょ。神父様が『試し』でかけたの覚えてる?」
「あー。そうだそうだな。俺はともかく領主様やアリスは平然としてたよな……」
幻術。興奮して眠れない私が神父様にかけてもらう睡眠の魔術もこれに該当する。
ギンギンの私がコロッと眠ってしまうのは、私自身に『眠りたい』という思い、つまり欲望があるから。
最初のうちこそ不意打ちでコロッとさせられたものの、魔力をある程度使えるようになった今では『眠りたい』と思っていない限りはコロッといかない。
これが一般的に『魔力への耐性が上がった』という状態だ。
領主様や神父様が一目置く、しかも泣く子も黙るエリオット騎士団の元切り込み隊長なんて人間兵器が初期の私のような失態は犯すまい。
だから幻術を実戦……実用レベルで使おうとなると相応の『仕込み』が必要になる。
例えば対象者を数日完徹させるとか、眠りたくなるほど辛い現実を突き付けるとか、その上でふっかふかのお布団を用意するとか。
それでも効くかどうかは術者の技量や対象者の精神力次第。
正直、使い勝手が悪く即効性のない魔術である。
そもそも幻術とは、相手の精神に働きかける魔術の総称だ。
神父様は『心の隙』を突く魔術だと言っていた。
優れた幻術士とは魔術に長けているのではなく『心の隙』を突くことに長けているのだと。
有名な詐欺師やカルト集団の親玉が実は魔力持ちで、無意識のうちに幻術を使っていた、なんてことが珍しくないそうだ。
伯爵自身が望んでいない状況下では、たとえ幻術をかけられたとしても行動に移すことはまずないだろう。
そう、伯爵が望んでいない限りは。
「……まさかとは思いますけど、マクスウェル伯爵って超細身の――」
「それ以上は言わせんぞ。伯爵の名誉にかけて何が何でも黙らせる。伯爵の好みは桃尻美人だ。アレは対象外だ」
……本人の居ないところで性癖暴露する奴が名誉を語るなよ。
そもそもビッチ婦人は魔術が使えないんだから幻術は論外じゃん。
もし知り合いに魔術師がいたら『オラ合格印押せや』ってヴィアーノさんをビクビクぷるぷるさせないしさ。
「ってことはどういうことです? 薬でも魔術でもないのに伯爵を籠絡させたってことになりますけど……」
「薬でも魔術でもない。それ以外の『何か』が子爵家にあったんですか。それで子爵が自殺させられた、と」
国が管理するような劇物に代わる薬とか、幻術を強力にしたような魔術とか。
既存の手法では見破れない『何か』があるのだとしか考えられない。
領主様はニヤっと笑う。
「そういうことだ。……そもそもおかしいと思わなかったか? たかが入学試験のために許可証の偽造なんて大それた真似は」
「あっそれですそれ。受付のところで『ウマい話でも』とかなんとか言ってましたよね?」
「お前よく覚えてるな。俺ぜんっぜん気にもしなかったわ」
魔力検査の時、受付を出た辺りで領主様が言ったのだ。
許可証の偽造に釣り合うウマイ話でもあったんだろうと。
あっけらかんとしたハーヴィに私は大きなため息をつく。
「あんたそれでも商人の息子⁉ 商機ってのは何気ない日常会話とか噂話の中にこそ転がってるもんでしょ! 全部を全部覚えてる必要はないけど、あんないかにも『匂わせてる』話くらい覚えてなさいよ! っていうか『何か引っかかる』くらいは感じろ! 普通に危機管理が足りない!」
「ぐっ……!」
「おいアリス、ハーヴィの心を折るな。ハーヴィもそれくらいでへこむな。こいつが人一倍目ざとい上に耳ざといだけだ。おかげで迂闊に物が言えん」
「……いえ本当なら俺がそれくらいでなきゃダメなんです。親父にも兄貴にも母にもよく言われてました。『商人なら人の話を聞く時は考えながら聞け』って『ぼんやりするな』って『雑談を無駄話にするな』って……」
すっかり自信喪失したハーヴィはがっくりと両肩を落とし、スンスンと泣き始めた。
泣くほどか。というかそんなところに地雷があったんか。
えっとさすがにこれは想定外……。
「……見事にハーヴィの心を折っちゃいましたね」
「他人事みたいに言うな。お前が泣かしたんだろうが」
「自警団のおっちゃんが『男は涙の数だけ強くなれる』って言ってました。だから男の子は泣かしてもオッケー大丈夫何も問題ない」
「問題大ありだ! 男の子だからって泣かすな! 男は繊細で傷つきやすい生き物なんだぞ! ってああもう、話が進まんだろうが!」
繊細で傷つきやすい。人はそれをヘタレと呼ぶ。
という追い打ちは心の中にしまっておく。
「これはハーヴィが乗り越えるべき試練です。放っておきましょう」
「何しれっと父上みたいなこと言ってやがる」
「それよりブツです。何が出てきたんですか?」
今はハーヴィよりも私の知的好奇心を満たすのが先だ。
このままなぁなぁになってしまったら、この先の状況次第ではそれが何なのかすら教えて貰えなくなってしまうかもしれない。
すまん、ハーヴィ。骨は拾うぞ。ただし、後でな。
「香だよ。子爵が直で管理していた『副業』の帳簿にも『香』という項目と金銭のある程度の流れが書かれていた」
「こう……? お香ですか? あの、部屋とか祭壇で焚く? それが副業?」
「その香だ。数年前から子爵家の主な収入源だったようだ。斜陽どころか没落に王手がかかっていた家があれだけ羽振りが良くなるほどのな」
「うん? そんだけ盛大に商ってたら王都どころか王国中に『香ならセントベルグ』ってな風に名が知れてますし、伯爵が一時的精神錯乱状態になるような物騒なブツなら国が取り締まりに動きませんか?」
領主様は肩をすくめて薄く笑った。
「国が動くはずがないさ。貴族の『副業』ってのは『表に出ない利益』を指す。つまり『裏取引』のことだからな。存在しないものは取り締まれないだろ」




