不審死
「いつまで遊んでるのッ‼ 下校時間はとっくに過ぎてるわよッ‼」
受付のお姉さんことエミリーさんの威圧付きの怒号が部屋中に響いた。
エミリーさんの後ろには、留守番しているはずの神父様がニコニコと笑いながら立っている。
全員が言葉と、オッサンたちは顔色すら失った。
神父様はニコニコしながら、一歩一歩部屋の中央へと歩みを進める。
歩み寄る度に絶対零度の威圧が強まっていく。
「さて、聞きたいこと言いたいことは山とありますが。魔力検査は無事終わったのですか?」
私たち子ども組はすっとオッサンたちから距離を取る。
私たちは関係ねーです。私たちは何度も帰ろうって言いました。犯人はこいつらです。
無言のアピールである。
魔力検査に向かっておよそ半日、陽はとうに暮れている。
半日の内訳のほとんどはオッサンたちの雑談だった。
しばしのお説教の後、エミリーさんへ挨拶をしてから外に出ると、朝から降り続いていた雨はんでいた。
何気に仲良くなったリーゼちゃんにお別れをし馬車へと乗り込む。
「馬は任せますよ」
「……はい、父上」
神父様が乗ってきた馬には領主様が、馬車には神父様以下三名が。
「馬の手綱は護衛に任せればよくね?」とは誰も言えなかった。
遅くなった私たちを迎えに来た『保護者』の合図で馬車は帰路へと付く。
馬上の領主様は神父様のお説教に当てられ、真っ青になっていた。
だから早く帰ろうって言ったのに……。自業自得だ。
そして、その日の夕食の話題は私とハーヴィの魔力検査合格を祝うものではなく、ビッチ婦人の父、セントベルグ子爵の訃報を告げるものだった。
死因は毒によるもの。自殺だった。遺書もあったらしい。
「まぁそういうわけだから。明日からお前ら屋敷に軟禁な」
「意思確認ー子どもの権利ー貴族のおーぼー特権濫用罪ー」
「うるさい俺が領主様だ。……って前にもこんなやり取りしたな?」
夕食後、いつもの応接室へと通された私たちは、屋敷への軟禁宣告を受けた。
神父様は夕食後どこかへと出かけて行って不在である。
「子爵の件があったからですか? つまんねー! 退屈!」
突然の軟禁宣告に不満を隠しもしないハーヴィは口を尖らせる。
このハーヴィ、私に引っ張られてかだいぶ領主様への遠慮がなくなってきているが、父親の立場とか大丈夫か?
まぁ魔術で頭から水ぶっかけたり、背中にイモ虫放り込んで絶叫させたりと散々やりたい放題やってるんで、今更っちゃあ今更だけども。
「そうじゃない。筆記試験に向けての強化合宿だ」
否定した領主様は足を組み替える。
ふむ。
「っていう体ですか。……セントベルグ子爵とやらはそんなに不審な『自殺』だったんですね」
「ん? どういうことだ?」
ハーヴィは眉をひそめる。
対して領主様は足を組んだまま表情を動かさない。
ふむふむ。
「まずね、神父様がこの場に居ないでしょ。あの人ああ見えて実はすっごい出不精で、夕食後は特に『根が生えました』とかって滅多に出歩かないの」
「はぁ?」
「街のおばちゃんが言ってた。『いつもしない行動をする時は必ず何かある』って。……おばちゃんの旦那さんは街の外の人と浮気してた」
「……えっ……そういう……?」
ハーヴィは呆れたり納得したり気の毒そうにしたりとせわしなく表情を変える。
おばちゃんと旦那さんのことは置いておくとして。
神父様の出不精っぷりはシスターが私たちの送り迎えを一人で担当していたことで察してほしい。
私の記憶にある限り、あの人が夜に出歩いたのは私が魔力暴走を起こしたあの晩だけだ。
「それが今夜に限って『友人宅へ招かれまして』と夜間外出ときた。昼間ならともかく、普通夜に招くんなら夕食の席じゃない? どう考えても子爵の件に首突っ込みに行ってるでしょ」
「言われてみればそうだな。酒の席だけって人でもなさそうだし」
「自主的に行ったのか、誰かに引っ張り出されたのかは知らないけどね」
そもそもお酒の席に呼んでくれる『友人』がいるかどうか……。
部下や下僕を友人枠にするならそこら中に居そうだけどね。アルフレッドさんとか。
っていうのは言わないでおく。口は禍の元。チャックチャック。
「けど子爵は自殺…………ってそれこそ『体』か」
「そゆこと。……次に良すぎるタイミングかな。あんなクソほどチンケな裏工作を恥ずかし気もなくやっちゃう小物が自殺なんてすると思う? ワシの策は完璧じゃって高笑いするならともかく」
「あぁ、うん。そうだな。確かにそうだ。お縄についても恥ずかし気もなく『無実だー』するだろうな。最後の最期まで」
想像できたのか、ハーヴィは呆れのあまり顔を歪ませる。
それに子爵の自殺を不審に感じたのはタイミングだけではない。
「ましてピンポイントで『通行証の偽造』と『魔力検査でのあれこれ』を懺悔する? いかにも過ぎない?」
「……懺悔するならもっと別にあるよな」
「でしょー。『本命』の目くらましにしてももっと上手い理由がいくらでもあったはず。『黒幕』の頭の出来が心配になるよね。よっぽど焦ったのかな?」
子爵が残した遺書には、先日の関所破りと娘と孫娘の件が書かれていたらしい。
どちらも法に触れる罪ではあるけど、法に触れないギリギリな家業に比べたら可愛いもんだ。
もし私が子爵だとしたら、まず家業の件を懺悔する。
懺悔というものは、自分の中の『良い子』が苦しみの果てになされる罪の告白だ。
子爵に良識の欠片でもあれば家業はとうに廃業、せめてまっとうな商売をしているだろう。
関所破りは所詮、罰金刑。
許可証の偽造も数年牢屋に入るか、なんなら保釈金を積めばいい。
平民にとっては大金だけどそれでも払えない額ではないのだ。
仮にも貴族である子爵に払いきれないとは思えない。
ビッチ婦人とリトルビッチの身なりを見る限り、方向性はともかく身に着けているものはどれも一級品と言って差し支えなかった。
彼女たちの持っているドレスや宝飾品を売れば十分お釣りがやってくる。
まして『魔力検査でのあれこれ』はその娘と孫娘がしでかしたこと。
口は出したかもしれないけど現場で直接手を出していない。
いくらでも言い逃れは効く。
つまり、遺書に書かれたどちらも自ら命を絶つほどではないのだ。
これまでの悪行と悪評が祟って爵位を没収される程度に収まるだろう。
普通の貴族なら醜聞を厭っての自死という選択もあるのだろうが……既に手遅れレベルで醜聞に塗れてるだろうしな。あの家。
私は領主様にニッコリ笑いかける。
「てな風に感じてるんですけど、今のところ私の『邪推』に間違いはないですよね?」
「あぁ、正解だ。……父上の言ったとおりだな。たったそれだけの情報でほとんど正解までたどり着きやがった。うちの諜報員が泣くぞ。お前本当に九歳か?」
「……すげー」
「ふっふっふ。街の人間関係って意外に陰謀密謀溢れる場所なんですよ。おばちゃん達の派閥とか、秘密の関係とか。みんな表立って口にはしませんけどね。でもよく聞いていればこの人とあの人はとか、ふと見れば凄い怖い顔で睨みつけてるとか、ヒントはそこら中に落ちてるんです。そういう大人たちの水面下の厄介ごとに巻き込まれないよう情報を集めるのも、それを元に上手く立ち回るのも、時にかいくぐって悪さするのも子どもの大事な仕事です」
もちろん、これ以上踏み込むべきじゃないって引き際の見極めが出来てこそだけど。
見て見ぬふり知らぬふりをするのは自衛であり、ある種の人情でもある。
「なるほど、実地で訓練してたわけだな。九年も。それに加えて『悪さ』と来たか。とんでもないな。立派な玄人だ」
「コツは『相手をよく見ること』です。……子どもって意外と大人を見てるんですよー」
領主様は苦笑して組んだ足をほどき、ポリポリと後ろ頭をかく。
例えばね、領主様は座っている時に都合が悪いことがあると足を組む癖があるとか。
神父様が機嫌悪くニコニコしてる時は後ろ手に組んだ指がちょいちょい動いてるとか。
こういうちょっとした仕草からも子どもは大人のご機嫌を伺っているのだ。
今は悪さしても大丈夫だな。よしかかれーってね。
「んでですね、『黒幕』は新興派じゃない、まともな貴族なんじゃないかなーとも『邪推』してます」
「……いっそお前が怖くなってきたぞ……いつどこで何を見られてるやら……」
「天下のエリオット辺境伯を心胆寒からしめるだなんてそんなそんな」
「それも大人を『よく見て』覚えた言葉か? ……お前、本当……」
容赦がなく、用意周到なこの人たちのこと。
魔力検査で一家が何かしらやらかすと仮定……いや、断定して、王都の騎士隊を子爵邸周辺に配備するくらいはやっていたはず。
目的は子爵の身柄の確保。
子爵をきっかけに小うるさい新興派のあれこれを芋づる式に掘り起こす絶好のチャンスだ。
これをみすみす不意にしたとは思えないのであえて見逃したのかもしれない。
まず小魚を釣って、それを餌に大物を釣り上げるように。
私が子爵の背後にまともな貴族の存在を感じたのは、子爵の死がいかにも貴族らしい『名誉を守るための死』という体に仕立てられていたからだ。
花瓶頭に大道芸人メイクを許しているような家の家長が自らの罪を『恥じて』死んだら逆にビックリだよね。
恥⁉ え、そんな概念あったの⁉ って。
だから、今回の件でガサ入れの対象になったために殺されたか、自死を強いられたかのどちらかになる。
取り繕ったような遺書も、子爵包囲網に慌てた黒幕が急遽用意したか、させたかだろう。
人間、慌てれば慌てるほどその行動原理には個性が出る。
子爵のような新興派が取るであろう行動予測の一番人気は逆ギレ。次が夜逃げで大穴過ぎて誰も賭けないのが罪の告白だ。
新興派がいまいち貴族になりきれないのは、こういう言動の端々に平民臭さが残っているせい。
だから本物の貴族からは煙たがられて、私たち平民には馬鹿にされる。
やたらと身分を笠に着るのは元平民というコンプレックスの裏返しだ。
その親玉が罪を悔いる遺書に醜聞を厭い名誉を守るための自死、しかも服毒。首吊りじゃなく服毒。
いかにも貴族らしい最期じゃないか。皮肉が効いてて笑っちゃうね。
きっと黒幕はいいところの出なんだろう。
咄嗟に思いついたであろう最期が立派な貴族のそれだ。
「黒幕ってそんなにヤバい所なんですか?」
「んー……ヤバいというかなんというか……」
「あれ、珍しく及び腰じゃないですか。てっきりもう追い込み段階に入って破滅へのカウントダウンが始まってるのかと思ってました」
「破滅って俺らを何だと思ってる⁉ その他の有象無象はともかく、ちょっと……想定外だったというか。それで父上も自ら動いてるんだが……」
珍しく弱気な領主様は事のあらましを少しずつ話し始めてくれた。




