熱烈歓迎
――レオンハート
私の名前を見たヴィアーノさんはサッと顔色を失った。真っ青ではなく真っ白だ。
騎士隊の騎士様もぎょっとしたような顔でこちらをガン見している。
ウォーディントン公爵とお嬢様は「ほう、この子が」「まぁ」と何やら関心を示したご様子。
「領主様、神父様ってマジで何者なんですか。私、早まった選択をしちゃいましたか……」
「知らぬがなんとかってやつだ。父上の縁者は大抵こういう反応をされる。諦めて慣れろ。俺は運命だと思って受け入れることにした」
「いや、諦めるとか慣れるとか受け入れるとかおかしいですよね、そういう親子関係」
「他所は他所、うちはうちだ」
「わがままを諭す母親か⁉」
「他領から嫁いで来られた母上が生前よく言っておられた。『エリオットの常識は世間の非常識だ』と。そのくらいでなければ『王国の盾』は務まらんと」
「なに『ちょっといい話風』に持っていこうとしてるんですか。結局、親子で諦めただけじゃないですか」
「…………俺からしたら普通の、いや普通じゃないけど、あぁでもやっぱり普通のおじさんなんだけどなぁ」
おいハーヴィ。貴重な第三者。普通か普通じゃないのかハッキリしろ。
言いたいことは分かるけど。よく分かるけど。
普通じゃないんだけど普通っていうか、普通じゃないのすら普通っていうか。
……まぁいいや。考えるだけ無駄だ。
「先日ユージーン=レオンハートの養女となりましたアリスです。検査お願いします」
私はニコリと笑って有無を言わせず、ずいっと手を差し出す。
針を手に持ったヴィアーノさんはそれでも困惑顔だ。
心なしかその手がぷるぷる震えているように見え……あ、本当に震えてる……。
「ねぇアレン、大丈夫? この子にぷすっと刺した瞬間、教官がニコニコしながら出て来ない? ぷすっと刺し返されたりしない?」
「父上は王都で留守番中だから大丈夫だ。…………多分」
「多分ってなんだよォ‼ いつもみたく大丈夫だって胸張って言えよォ‼ 君の親だろォ⁉ ……目をそらすなよぉぉぉ‼」
――うるせーなこのビビリーノ! いいから早くやれ!
と、言えないのが辛い。
いつぞやの茶会のように『振り向けばそこに神父様がいて』なんてことが絶対にないとは言い切れない。
神父様は私たちの心にそれだけの爪痕を残している。
しかしこのままでは埒が明かないのも事実なわけで。
「……もう自分でやりますから貸してください」
私はヴィアーノさんから針をひったくると、自分で指に針を刺し、検査用紙へと押し付けた。
もしこの場に神父様が居たとしたら「おや、職務放棄ですか。関心しませんね」とお仕置き確定の宣告と共に現れるはずである。
…………。出て来ない。よし、ヴィアーノさん命拾いしたな。
私は二枚目の検査用紙にも指を押し、自分で回復魔術をかけて傷をふさぐ。
数値が現れた一枚目の検査用紙を見たヴィアーノさんは、驚愕に目を見開いた。
そして二枚目の検査用紙も確認し、一度目を閉じると、すぅと大きく深呼吸をする。
「この子。本当に、本っ当に君の子じゃない?」
「……おまえ、よっぽどうちに喧嘩を売りたいらしいな。個人的に買うぞ? 父上と連名で買うぞ?」
神父様の名前を出されたヴィアーノさんは、しかしビビらなかった。
「あのね、これ見たら誰だって血縁を疑うよ。この子いくつ? 九歳でしょ? 未就学児でこの数値って王族か非常識一家のド直系でもなきゃ出ないよ⁉」
「簡易検査で『六』相当くらいだろ、知ってるよ。つかおまえ今さらっと……」
「簡易検査はあくまで簡易! ただの目安! あれは下限を知るためのものだから簡易なの! ……いいからこれ見てみなよ」
ヴィアーノさんは検査用紙を領主様へと突き出す。
検査用紙を見た領主様の顔から表情が消え、腕を後ろ手に組み、すっとどこか遠くを見る。
ご存知、現実逃避の構えである。
「……俺がこの数値出したの、いくつになってからだっけ」
「五年生だね。魔術師志望の連中にやっかみで、何故かボクらの自室にカエルの大群をブチ撒けられたからよく覚えてるよ」
「あぁ、そんなこともあったな」
「そんなこと……そんなことって言った⁉ あれ後始末大変だったんだからね⁉ ってそうじゃなくて。ボクが君の隠し子説を推す理由分かった?」
「分かった。よく分かった。大方、俺みたいにエリオットの直系に何代か前に入った王族の血が濃く出たんじゃないかって、そう思ってるんだろ」
「そういうこと」
エリオット一族の直系には代々銀髪碧眼が多い。神父様がそうだ。
領主様の黒髪黒目は例の尻に敷かれた『アラン様』由来の特徴。
お城の廊下に飾られている肖像画のアラン様は領主様を少し若くしたような容貌をしている。
領主様の『アレン』という名前もアラン様にあやかって付けられたそうだ。
「ご期待のところ申し訳ないが、本当に俺の子じゃないんだよ。もちろん他のエリオットの子でもない」
「はぁ⁉ じゃあどこの子だって言うのさ⁉ ……まさか王族の落とし胤とか怖い事言わないよね⁉」
ふんす、と鼻息荒いヴィアーノさんの勢いに領主様は大きくため息をついた。
「父上の古い友人の子だ。ご両親が亡くなって、父上が赤ん坊のこの子を引き取った時に俺も方々を調べた。この子は紛れもなく平民の子だ」
「そんな平民がって言いたいところだけど、君の調査能力はボクら自身が目の当たりにしてるしなぁ……そっか、ご両親亡くなってるのか……」
「元々素質があったのはあったんだろう。そこに父上の『教育的指導』だぞ? 恐ろしいことにこの子はそれを屁ともしなかった。むしろ嬉々として俺に仕掛けて来やがった。俺と初めて会った時点で完璧に『慣らされていた』んだよ」
「………………え゛っ?」
ヴィアーノさんは再び目を見開いて固まった。
側の騎士様も固まった。
えっ? そんなに驚くこと?
あ、でも最初仕掛けた時に領主様がめちゃくちゃ驚いていたような……。
「それに飽き足らず『何か木端微塵にしていいものないですか?』って城の廃材を片っ端から粉々にしていったんだ。魔力操作だけで」
「は?」
「錬金術師なら分かるだろ。材料の下処理だ。あれの練習だとかで毎日毎日飽きずに廃材をおがくずに変えやがった」
「……九歳で? 九歳でソレやっちゃってんの?」
「自主的にな。信じられるか? 神経質な軍馬が昼間っから軒並み横倒しで寝て、テコでも起きないんだぞ?」
「よっぽど気持ち良かったんだろうね。細かく丁寧に加工されてたんだ。そっか、そうか。うんうん。……ボクらの六年って何だったんだろう」
ヴィアーノさんがしょぼんと肩を落とし、領主様が無言で慰める。
そりゃ厩舎の人から『おがくず生産職人』の個人的名誉職与えられたくらいですし。
いい仕事してましたよ。ええ。顧客満足度は常に満点ですよ。
「分かったか?」
「よく分かった。非常識なエリオットでも非常識な存在だ、ってのがよく分かった。……しかも『調教済み』かぁ」
調教済み。
ヴィアーノさんは悲痛な表情で思わずぎょっとするような単語を放つ。
同じく聞いていたハーヴィもぎょっとしている。
「魔力が空になって、回復薬流し込まれて、回復した先からまた空にされて……」
「昼夜を問わず攻撃魔術が雨あられと飛んできて……」
「雨に濡れ、雪に埋まり、泥に塗れ……」
「森に取り残され、川に流され、池に落とされ……」
「意識が落ちるのが先か、指を落とされるのが先か……」
「障壁が破られるまで徐々に強くなってく炎の勢い……」
交互に口にするたび、目から光が失われていく領主様とヴィアーノさん。
ぐっという低い嗚咽が騎士様から漏れる。
なんと、ウォーディントン公爵までが目頭を押さえているじゃないか。
合同演習か? さてはエリオット領とウォーディントン領の合同軍事演習だな⁉
挙げられた『教育的指導』はどれも身に覚えのあるものばかりだった。
そっか。やっぱりアレっておかしかったんだ。そっか。そうだよね。
まだそこまで達していないハーヴィは顔を青くしている。
これから先を想像したな?
ふふっ最初はねー、風の魔術で青あざいっぱい作るところから始まるよ……。身体中まだらになるよ……。
「それがこの子にとっての『日常』だったんだ」
「うん、それならこの数値も納得かな。しかも教官が名ばかりの養父じゃないとくれば、うん」
ヴィアーノさんはぽんぽんぽん、と合格印を押し、受験票を私に返却する。
「アリスちゃんも合格。君はきっと筆記も高い基準で合格しなきゃならないと思うけど、がんばって。それからこれはせめてもの激励というかアドバイスなんだけど……」
ヴィアーノさんは検査用紙の一部を指で指し示す。
そこには『光 四十三』と書かれていた。
「これ、現時点で光の属性に四十三の適正が見込まれるって意味ね。最大値は百。あ、光の属性ってのは最近色々分かってきた新しい属性の一つなんだけど――」
「確か『活性化』の属性だったか。回復魔術と特に相性が良い」
「さすが領主、耳が早いね。相性がいいのは回復魔術だけじゃないんだけど。それは目下研究中につきってやつ」
「ケチケチすんなよ。俺とお前の仲だろ」
「ボクの所属は錬金術部だから魔術に関しては畑が違うんだよ。近寄りたくもないし。っていうかボクはアリスちゃんと話してるの。邪魔しないで」
領主様をしっしっと手で追い払い、改めて私に向き直ったヴィアーノさんは言葉を続ける。
「魔術を使う時に『活性化』を意識してごらん。そうだね、植物に元気になーれって『活性化』を意識した回復魔術をかけるとか。すっごく元気になるよ。植物が」
「植物って……お花とか、薬草とかですか?」
「そうそう。あ、でも間違っても雑草とか、薬草でもハーブ類にはかけちゃダメだよ。物凄い勢いで繁殖して周囲の花壇ごとダメになるから。もしかけるなら大きな鉢植えに移してからちょっとずつね」
「元々旺盛な繁殖力がさらに『活性化』しちゃうから、ですか?」
「うん。あっという間に茂みどころかちょっとした森になるよ」
「森……」
以前、街のとある奥様と奥様が大喧嘩した時のこと。
それぞれのお宅の花壇にそれぞれが大量の肥料と共にドクダミの種をまいた。
あっという間に増えたドクダミは花壇だけにとどまらず、街中に被害が広まった。臭く痛ましい事件だった。
……光の属性ってようは肥料? 私たち人間肥料?
「さっきも言った通り、光の属性は新しい属性でね。四大属性は人体を構成する必須要素だからみんな必ず持ってるけど、光の属性は魔術師団の中でも適正のある人間は少ないんだ。闇の属性持ちは……まぁまぁいるかな。実技がミソッカスだったボクら『ビビリーノ』兄弟が錬金術部とはいえ魔術師団に入れたのも、光の属性に適正があったからって言われてる。今から意識して使えばもっともっと伸びると思うよ」
「……自分でミソッカスって言っちゃいますか」
「事実だし。臆病なのは家風みたいなものだから。で、アリスちゃんはもう道具を使わず基本的な下処理が出来るんだよね?」
「ええ、まだ目標とする人には遠く及びませんけど。一応は出来ます」
「十分上出来だよ。齢九歳にして魔術師部に入れる魔力量。下処理可能な練度の高さ。光属性の適正。なによりあの教官について行けるタフな精神力。ああもうこれぞ将来有望な逸材‼ 即戦力‼ 待ってました肥料仲間‼ ……ってことで、魔法学校卒業したら錬金術部来なよ。というか来て」
「……は?」
「どうせアレンや教官に六年連続特待生皆勤賞とかわけわかんないハードル設置されてるんでしょ? だったら所属先の希望間違いなく通るから。っていうか帰ったら上司共々全力で囲い込みに入るから」
「え? ちょっとまっ――」
ちょっと待ってください。
この言葉は興奮したヴィアーノさんに届くことはなかった。
「魔術師部はオススメしないよ。あそこ完全実力主義の花形部隊って言えば聞こえはいいけど、実態は魔力即ちパワーな脳筋部隊なんだよね。本来どこよりもそうあるべき騎士団さえドン引きしてんの。ヤバいでしょ。その原動力がまたロクでもなくてさァ。血統こそ魔力とか時代錯誤も甚だしいクソみたいな選民思想だよ信じられる? 逆だろ逆。よく卒業して師団入れたよね。基礎課程の座学全否定だよ。つまりあいつらの頭の中それ以下。つうか実家が特権階級なだけで家に椅子がない、嫁ぎ先もない、継げる領地も家業もない、あるのは魔力だけ。こんなないない尽くしの不良在庫がガン首揃えて何言っちゃってんだろうね。魔力の高さはプライドと比例すんならボクら一生ミソッカスでいいよ。栄誉のミソッカスだよ。ミソッカスさいこー。実質こういう連中の最後の砦みたいになってるから、平民の女の子には本当オススメしない。奴らのうっ憤晴らすためだけの存在になると思う。ぶっちゃけ教官の的になるより辛い目に遭わされるよ。本当やめておいた方が良い。かと言って研究開発部は『お宅ら会話のキャッチボール出来る?』って次元の変人の巣窟だしさァ。こっちが最初から最後まで上手いこと誘導してやんないとビックリするような『どうしてそうなった』が完成するんだよ。それを平気で仕様通りだと提出してくるし。どうして薬液抽出に使うちょっと特殊な形状ってだけの漏斗に魔術回路組み込んじゃったの? 自動化? 変な属性混じるでしょ? 本末転倒でしょ? 木を見て森を見ないにも程があるよね。お前らに自由工作させるために予算使って発注したんじゃないんだけど。ロマンより実用性。個人的趣味性は個人の研究で存分に追及してどうぞ。ってまぁ一事が万事こんな感じ。もう自分たちで研究開発した方がマシな状態。なのに上司の上司は『バカとハサミは上手く使え』ってそればっか。じゃあまずお前らが上手く使って部署の機能不全状態なんとかしろよってド正論でブン殴りたくもなるよね。それにあいつら風呂に入る暇すら惜しいのか年がら年中臭いんだ。特に変人代表なんか口で息しても臭いの。長期の野外訓練帰りの騎士に負けないくらい。訓練行ってないくせに。食堂でかち合ったら悲劇だよ。本人が居なくなっても小一時間は匂いが残るから。その度にうちが換気に駆り出されるんだ。これこそ魔術師部の仕事じゃんって思わない? 騎士団は……騎士団も気の毒だよねェ。騎士団自体は問題ないんだけど、その周りに群がる女狐が――」
……全力で勧誘されたと思ったら、全力で愚痴ぶちまけられたでござる。
しかしその内容に齟齬も偽りもないようで、騎士様が全力で「うん、うん」と同意している。
それどころか領主様とウォーディントン公爵が「これは酷いな」「周りから少々つついてみた方が」と真面目顔で何やら物騒な討ち入り計画を立て始める始末。
「おーい、ヴィアーノさーん。領主様ー。ウォーディントン公爵様ー。おーい」
何故か放置プレイを食らっている私の肩に、そっとハーヴィの手が置かれる。
「なんでだろうな。お前だけが熱烈アピールされてるのに、全然悔しくもなければ、羨ましくもないんだ」
「むしろ同情致しますわ……」
ハーヴィとお嬢様の労わるような視線が、何故か痛かった……。
アリス「ヴィアーノさんって『打てば響く』って言うんですか? 反応とかいちいち面白いですよね。あっそう来る? みたいな変化球もありますし」
神父様「そのせいで愚息に付き纏われてましたからね。周囲は逆だと思っていたようですが」
アリス「やっぱり」
神父様「あまり構い過ぎては嫌われると何度か忠告はしたのですが『あいつらビビリだから私くらいグイグイ行かないと友達出来ないでしょう』と逆に説得されましたよ」
アリス「……とか言って結局自分が構いたかっただけなんでしょうね」
神父様「本音と建前の使い方だけは達者でしたからね」




