魔力検査
最後の抵抗のつもりだったのか。
ビッチ婦人は拘束が解かれる一瞬の隙をついて領主様へ隠し持っていたナイフを投げたのだが、投擲用ではないナイフを素人が投げたところでまともに当たるわけもなく。
ナイフは明後日の方向にすっ飛び、代わりに領主様から本気の風魔術……神父様がよく使う『ウィンド・スプレッド』をモロに食らう。
物理的に大人しくさせられた婦人は殺人未遂を罪状に追加し、騎士隊の皆さんによって爆睡娘と共に回収されて行った。
咄嗟に婦人を取り押さえた騎士様には一発も被弾していない辺り流石である。
私とハーヴィは拍手で領主様の腕前を称えた。
「君たち意外と肝が据わってるね?」
検査員のお兄ちゃんこと王国魔術師団の錬金術部員ヴィアーノさんは、ひっくり返った長机を騎士様と整えながら私たちに不思議そうに声を掛ける。
「普段なら私たちが『的』ですし?」
「いい加減慣れました」
「…………やっぱりエリオット怖い」
しれっと言ってのける私たちを見てヴィアーノさんは顔を青くする。
やっぱりってなんだ、やっぱりって。
「こいつらは先代から直指導を受けてる期待の星だぞ。『ビビリーノ』と一緒にすんな」
領主様は私たちの頭にぽんと手を置き、ヴィアーノさんへニヤっと笑いかけた。
ヴィアーノさんは口元を引きつらせるも咳払いで取り繕う。
「このヴィアーノと双子の兄のヴィリーノも俺の同期生でな。二人とも座学は特待生並に優秀だったんだが……極度のビビリで実技がてんでダメ。魔術師課程の教授が『そこまでの臆病さはいっそ才能』と呆れるくらいだぞ。んで、誰が言い出したのか『ビビリのヴィリーノ・ヴィアーノ兄弟』略して『ヴィヴィリアーノ』からの『ビビリーノ』。言い得て妙だろ?」
「誰がって、君が言いだしっぺだろう!! 白々しいのは顔面だけにしろ!! この『歩く猥褻物陳列罪』!!」
「よし表に出ろ。今の俺なら『ビビリーノ』にも一発当てられる自信がある」
「で? 雨に濡れて水も滴るいい猥褻物にでもなるつもり? うっわ全力で逃げないと百パー妊娠させられるじゃん。やだー認知してもらえるかしらーこわーい」
「……ビビリーノ」
「……猥褻物」
領主様とヴィアーノさんが魔力を威圧に乗せて凄み合っていると、一際大きな咳払いが響いた。
「まず、魔力検査を行ってはもらえないかね」
この場で一番の年長者、ウォーディントン公爵の鶴の一声によって魔力検査が始まった。
領主様は自身の若輩ぶりを存分に恥じて欲しい。
そして家に帰ってお父さんに怒られろ。
側に控えている騎士隊の騎士様も呆れ顔である。
「……とまぁ魔力検査自体はそんな感じ。針で刺すからちょっと痛いけど、我慢してね」
魔力検査について一通り説明したヴィアーノさんの手には細い針が握られている。
長机の上には二枚の検査用紙と受験票、そして受験者リスト。
魔力検査自体は以前エリオットの城で行った方法と変わらなかった。
「じゃあ受付順に検査していこう。まずはリーゼベルト=ウォーディントンちゃん」
「はい」
緩いウェーブのかかった黒髪の少女は長机の前にすっと進み出て手を差し出した。
その顔にはたおやかな微笑みが浮かんでいる。
おお……本物のお嬢様だ……。お嬢様のオーラを感じる……。
「それじゃ刺すよ。……目を閉じてなくて大丈夫?」
「大丈夫ですわ」
事もなげに言ってのけたお嬢様の親指に針が刺さる。
お嬢様はぷっくりと盛り上がった血液を検査用紙へと押し付けた。
二枚目の用紙にも血を付け終わると、ヴィアーノさんが傷を回復する。
「うん、問題なし。魔力検査は合格。筆記試験がんばってね」
ヴィアーノさんは用紙に浮かび上がってきた数値を確認すると、合格の判を用紙と受験票に押し、受験票をお嬢様に返却する。
インクを付けていないのに用紙と受験票には『合格』の印がついている。
私は領主様の服の裾をクイクイする。
「……あれ、どうして判押せるんですか?」
「魔力で押してるからだ。というか普通のインクでは検査用紙に書き込めん。それに検査員の本人確認も兼ねてる」
「どういうことです?」
質問タイムにハーヴィも加わる。
「簡単に言えば諸々の不正防止だな。数値を書き換えたり、検査員に成りすましたり。あの合格印の魔力を調べれば正規の検査員が押したのかどうかが分かるようになっている」
「アリスの魔力登録みたいなもんですか?」
「大雑把に言えばそうだが、少し違うな。合格印自体は俺でもお前らでも押せるぞ」
「なんで? 最初っから検査員しか押せないようにしちゃえばいいのに」
私は腰のポーチをそっとなでる。
ばーさんからもらったポーチはその晩のうちに私しか使えないよう魔力登録の付与を行った。
私以外はポーチを開けることが出来ないし、開いていたとしても物の出し入れが出来ない。
「そうするとどこぞの母親みたいな悪い奴が『うちの子を合格させろ』と検査員を脅迫するだろ? ……あいつは魔力がないからそうしたみたいだが」
「なるほど。あえて誰でも押せるという『抜け道』を作ることで、検査員への被害を分散させるんですね」
「正解だ。大抵は合格印を盗みに入るとか、事前に用意しておいた合格の検査用紙とすり替えるとか、なるべく人目のつかない方法を選ぶからな。あの親子は色んな意味で規格外だ。というか論外だな」
私たちのやり取りをヴィアーノさんが何故か生暖かい眼差しで見つめている。
「…………説明終わった? お・と・う・さ・ん」
「誰が誰のおとうさんだ。うちは息子が一人だけだ」
「えー本当に? 二人ともエリオット一族の色味にそっくりだし、年齢的にもありえなく……ヒッ!!」
ヴィアーノさんの頭があった辺りを氷の矢がすっ飛んで行き、背後の壁に当たって砕ける。
部屋の壁が丈夫な石壁でなければ刺さるか貫通するかしていただろう。
数は一本だけだったが太さは普段の三倍はあったので、領主様の本気度が伺える。
「チッ…………勘のいい」
「ぼ、暴力反対! すぐそうやって力に訴えるのは子どもの教育に良くないよ!!」
長机の下からひょっこり顔を出したヴィアーノさんは涙目で抗議する。
……咄嗟にしゃがみ込む判断能力と反射神経は確かに才能だと思った。
どんなに強力な攻撃魔術も当たらなければ意味がない。
そういう意味では逃げ回るのも有効な対抗手段と言える。
特に今のようなギリギリのタイミングでは、魔術障壁発動までの僅かなタイムラグも命取りだ。
『勝ち』はないが『負け』もない。このビビリーノ。やりおる。
「月夜ばかりと思うなよヴィアーノ。ほら、ハーヴィ。お前の番だ」
「君が言うとシャレにならないんだけど……。あ、ごめんねハーヴィくん。じゃ手を出して」
ハーヴィも検査用紙に指を押し、合格の判を貰う。
いよいよ私の番だ。
「最後がアリス……アリス=レオンハー…………『レオンハート』⁉」
私の名前を見たヴィアーノさんはサッと顔色を失った。
アリス「領主様の『歩く猥褻物陳列罪』にはどんなエピソードが込められてるんでしょうね。誰に聞いても詳細を教えてくれないんですよ」
神父様「まぁ女性では教えてもらえないでしょうね」
アリス「その口ぶり、知ってますね?」
神父様「例えばですよ。アリスが野営訓練中にテントの中で着替えていたとします。そこに苦手な生き物が入って来てアリスに飛びついたらどうしますか?」
アリス「ビックリしてテントから飛び出すか、うっかりテントを燃やしちゃうかもしれません」
神父様「そういうことです」
アリス「飛び出すか、燃やすかしちゃったんですね。着替えの最中に。そしてついたあだ名が『歩く猥褻物陳列罪』。……この秘密は墓まで持っていきます」
神父様「そうしてやってください」




