暴れる母娘(2)
何もするな。その意味はすぐに分かった。
第三講堂の札が掛かった部屋に入った瞬間、私とハーヴィは口元を両手で押さえ、小走りで部屋を出た。
念のため開けっ放しにされていた部屋の扉を閉める。
「……おい見たか⁉ 何だアレ⁉」
「見た見た! なんか頭が花瓶みたいなの居た!」
ひそひそと、お互いに見たモノの確認を取る。
それくらい異様な風体の女性がいたのだ。
一人はガ……細身の大人の女性で、一人はデ……ふくよかな少女だった。
年齢的にも組み合わせ的にも、例のビッチ夫人とそのリトルビッチで間違いないだろう。
「前に領主様と神父様があのマクスウェル伯爵が⁉ って話してたんだけどさ、アレは伯爵どうこうじゃないって。『出戻り』にむしろビックリだわ。初婚誰とよ」
「だよな。見かけた瞬間ダッシュで逃げるわ。つーか逃げたわ」
「仕込み? アレ領主様の仕込み? 私たちにドッキリ仕掛けてんの?」
「んなもん誰が得すんだよ。……親父が関わるなっつった理由分かった。秒で理解した。アレはヤバい」
アレはヤバい。そう言ったハーヴィは両腕をさすった。
サブイボが総スタンディングでオベーションしているのだろう。
「普通貴族って離婚しないし夫が死んでも実家戻らないもんよね?」
「ああ。あのハムが婿取って家督を引き継ぐからな。もし戻されるとしても嫁だけのはずだ」
「上がいて継げないにしろ、母娘セットで実家戻しの刑は普通『ない』よね?」
「平民でも体裁悪いからな。戻す方も戻される方も。たとえ嫁と娘がアレでも。えー何があったんだろめっちゃ気になるじゃん」
「……まさか、不倫の末に出来たハム⁉ それでハムも投棄対象になったとか⁉」
「それ一番可能性低いやつ! けど前夫も気の毒だよな。貴族に生まれたばっかりにあの鶏ガラとハム作りしなきゃならなかったんだぜ?」
ハム作り。その言葉に今度は私が腕をさする。
いいところのお坊ちゃんお嬢ちゃんはどうか知らないが、子どもはキャベツ畑でなんとか話を信じていられるのはせいぜい三つかそこらまでだ。
市井の子どもは大抵、祭りの夜なんかに茂みの奥から声が……で真実を知る。
そして『知り合いに声を掛けられても絶対に人目の付かない場所へ行くな』という言葉に込められた意味も知る。
ついでに営みは男女間だけに限らないという非情な現実も知る。
「ちょっ言い方! 生々しいからボカしてよ!」
「事実だろ。現実見ようぜ。俺なら初夜の晩に本気の夜逃げするけどな」
「逃げるくらいなら結婚すんなっつーの。……けどそれって案外アタリだったり? だって嫌われ一家から鶏ガラ押し付けられるってことは家格、知れてるでしょ」
「あっ。俺天才か。子爵家以下ってことは平民堕ちしたところで大して暮らしぶり変わんねーだろうし。……なんなら初夜キャンされてキレた鶏ガラが使用人とハム作ったぐらい盛大に邪推しとく」
「後で領主様か神父様に聞いてみようよ」
「だな。気になって眠れそうにねーや」
二人してボロクソに貶してるように聞こえるかもしれないが、事実なのだ。
そのくらい彼女たちは異様だった。
異様な理由はまずその装いにある。
彼女たちは同じ金色の髪を頭三つ分ほど頭上高く結い上げ、そこにドレスと同じ色の薔薇の生花を飾っている。
いや、生けていると表現した方が正しいだろう。なにせ数が尋常じゃない。
もはや髪型や髪飾りの域を超え、生け花という作品になっている。
しかし薔薇の開花時期はもう少し先。温室で育てられた早咲きのものなのか、花弁は寒さで萎れつつある。何故二人いて気づかんのか。
召し物もマズい。
鶏ガラは胸元が大きく開いた深紅のマーメイドライン、ハムが淡い桃色のプリンセスラインのドレスだ。
どう見ても血合いの残った鶏ガラと、紐で縛られたハムである。
流行を生み出す斬新さは必要かもしれないが、体系の粗を前面に押し出すのは斬新とは言わない。ただの自虐だ。
というか、真っ昼間に舞踏会のようなドレスで出歩くのがそもそもおかしい。
領主様の奥様風に言えば「TPOに欠ける装い」だ。淑女マナーに反する。
化粧もそう。本来ならば己を美しく魅せるために施すものであり、決してカラフルな顔面画伯になるためのものではない。
ましてや目元に雫型やハート型の宝石を張り付けたりするものではない。それでは大道芸人である。
宝石は装飾品として身に着けるものだ。たとえ宝石に模したガラス玉でも顔に張り付けるものではない。
宝飾品もジャラジャラ音がするほど身に付ければ下品なだけだ。
そんな常軌を逸した風体の二人組が叫び、地団駄を踏み、両腕を警備の騎士様に抑えられながらも検査員らしきお兄ちゃんに食ってかかっているのだ。
しかも女のヒステリーではなく、気触れの発狂に近い形相でだ。
この場を見れば十人中十人が『なんかやべぇのがいる』と思うに違いない。
だからこそ不思議なのだ。
「マクスウェル伯爵……なんでアレとナニしちゃったんだろ……」
「本当それな。ヤバい薬盛られたとしてもアレは絶対にない。まだ野郎の――」
二人して下世話な話で盛り上がっていると、部屋の中から一際カン高い叫び声が轟く。
次いでガタガタと争う音、「大人しくしろ!」「もっと押さえろ!」「足だ、足!」という男性の怒号が複数と、少女の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
私とハーヴィはお喋りを止めて顔を見合わせ頷き合うと、そっと扉を開け身体を滑り込ませた。
おバカな私たちが好奇心に負けた瞬間だった。
「……もう一度聞くぞ。何故お前たちがここにいる?」
殺気を纏い、腕を組んで仁王立ちしている領主様。
本気の騎士様たちによって床に組み伏せられているビッチ母娘。
先ほどは気づかなかったが、壁際には呆れ果てた様子の身なりの良い三十代くらいの男性と女の子。
検査員っぽいお兄ちゃんはイスから立ち上がり、壁際に移動して防御魔術を三重に展開している。
ビッチ夫人は領主様を睨み、リトルビッチは泣き叫び床で蠢く。
そしてそれを見下ろす領主様の目は、大嫌いなイモ虫を見るような嫌悪感に満ちている。
……ちょっと目を離した隙になんだこのカオス。
「で・す・か・ら! この子の! 受験の! ためですわっ!」
ビッチ夫人は花瓶を振り乱し、ギロリと領主様を睨み付ける。
領主様はハッと鼻であしらい淡々と言葉を続けた。
「質問の意図が読めなかったようだな。聞き方を変えよう。……私はお前たちの出領を許可していないが、どうやってここに来た?」
「許可は出ておりますわ! 王都の父が手配してくださいましたもの!」
「確かに子爵から申請はあった。だが却下した。つまりお前たちは『正規の』許可証なく王都へ来ていることになる」
「そんな……はず……そんなはずありませんわ!」
「理解はしたな? ではもう一度聞くぞ。……お前たちはどうやってここに来た?」
騎士様とお兄ちゃんがサッと目くばせをして、お兄ちゃんが部屋を飛び出して行った。
応援の騎士様を呼びに行ったのだろう。
女二人相手にプロ騎士が五人がかりで手一杯。うち三人はハムと格闘している。すげぇなハム。
「きょ……そんな、ちがっ……だって許可証……サイン! サインだってきちんと入っておりました!」
「サインの偽造こそセントベルグ子爵家の得意とするところではないか。ついでに紋章の複製もな」
「な、ななな何を根拠に!」
「その動揺が立派な『答え』だぞ」
……金貸し、サイン、偽造。
今時、平民ですらやらんぞそんな使い古された手。これが通用してるっぽい王都大丈夫か?
隣のハーヴィも絶句している。
「ちなみに管理局へはまだその許可証とやらは提出されていないそうだ。調べたいことが山ほどあるのだがなぁ。……暖炉にでもくべたのか?」
「こ……こんなはず……陰謀……そう、陰謀よ! エリオット領主が私たちセントベルグ家を貶めようと……!」
「私たちセントベルグ家、か。そうかそうか。『マクスウェル家』ではなく『セントベルグ家』か。……お聞きになりましたか、ウォーディントン公爵」
領主様はビッチ夫人の気触れ発言にニタリと顔を歪めて笑い、同じくニタリと笑った男性が領主様の隣に並んだ。
この人がウォーディントン公爵か。お隣さんの。
領主様も大きい方だけど公爵様はそれより大きい。なんというか体格がガッシリしている。この人も絶対強いな?
「あぁ、確かにこの耳で聞いたぞ。ご婦人はセントベルグ家を名乗った。どうやら先日の婚姻は伯爵の『勇み足』だったようですなぁ」
「ご存じの通り、責任感の強い男ですから。生娘相手ならばともかく、お互い子がいる大人です。『一夜の過ち』で良かろうと忠告はしたのですが……」
「長所は短所に変じる。今回は悪い方へ働いただけのこと。……ところでご婦人は自身の寄る辺に婚家ではなく生家を望んでいるようだ。領主である辺境伯ならばご婦人の意思を『尊重』し、婚姻を白紙にしてやれることが出来るのではないかな?」
「ほう、言われてみれば確かに。我々は意にそぐわない婚姻が常ですが、それは互いの家が利を求めるからこそ。だが伯爵とご婦人にはそれがない。ならばせめてご婦人の意思だけは『尊重』してやらねば。……いや、自身の若輩ぶりがお恥ずかしい限りです」
「はっはっは、天下のエリオット辺境伯が何をおっしゃるか」
きぞく、こわい。
いい歳したオッサン二人の白々しいにも程があるやり取りが恐ろしい。
なまじ実行出来る権力を持ってるだけに洒落にならない。
これ近いうちに実行される……いや、もう実行されつつあるのかもしれない。
とりあえず二度目の『出戻り』確定おめでとう?
許可証の件は自業自得な自爆だけど、この件に関しては陰謀って言ってもいいと思う。
今さら何言ったところで無駄だろうけど。
言質取るってこういうことか。言質っていうか揚げ足っていうか。
さすが貴族えげつねぇ。
……ハーヴィさんや、ここはドン引きする場面であって、目をキラキラさせる場面じゃないよ。何『かっけー』みたいな目してんのさ。
当のビッチ夫人改めビッチ婦人は真っ青になって「あ」とか「う」とか言葉にならない声を発している。
リトルビッチはいつの間にか床の上で寝ていた。……眠らされたか。
「あのう……騎士隊連れてきたんですけど……」
扉から顔だけひょっこり出したお兄ちゃんが入室の可否を問う蚊の鳴くような声が室内に響いた。
先ほどまでの乱痴気騒ぎが嘘のように室内は静まり返っていた。
アリス「セントベルグ子爵家って下っ端のくせに有名人だったんですね。王子たちも知ってましたよ」
神父様「色んな意味でクセの強い一族でしたから」
アリス「王子の前世にもあのビッチ夫人とリトルビッチのような髪型をした人が居たそうで、初めて見た時は逆に感動したそうです。なんかてっぺんに船の飾りを乗っけたりしてたとか」
神父様「……船?」
アリス「ビックリですよね。王女様がやってたから他の女性たちも追従せざるを得なかったらしいですよ」
神父様「それは……ビックリですね……」
アリス「ねー。最期は処刑されちゃったみたいです」




