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ヒロインですが放っておいてください。  作者: 樹りょう
第一章 救国のアリス
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暴れる母娘(1)

 四の月の十五の日。天気はあいにくの雨。

 私とハーヴィは小雨が降る中、領主様の引率で魔法学校へと向かう馬車に乗り込んだ。


 魔法学校は王都から出て南に下った場所にある。

 かつて王都が国だった頃の王宮や城下町を改築して再利用した、言うなら一つの都市である。

 さすがに城下町の規模は縮小されているものの、学用品や日用品など大概の物が揃うらしい。

 当時は堅牢な石壁で覆われていたであろう学園の外門をくぐると、確かに一つの街であった。

 商店街を通り、教職員用の宿舎街を抜けると、石造りのまるで要塞のような校舎がそびえたっていた。


 私たちは馬車で内門をくぐり、正面玄関へと降ろされる。


「よし、じゃあ受付行くぞ。受験票出しとけよ」

「はーーーい」


 私とハーヴィは元気よく返事をし、領主様の先導で校舎を進む。

 石造りの廊下を進むと『受付窓口』と書かれた立て札が扉の前に立てられていた。

 扉は解放されており、そのまま入室すると商会の受付のようなカウンターに女性が数人待機していた。


「エリオット領主、アレン=エリオットだ。受付を頼む」

「承知しました。……あなたたち、受験票は持って来たかしら?」


 受付のお姉さんに受験票を差し出す。

 受験票には受験番号、名前、出身地が記入されている。大きさは私の掌よりちょっと大きいくらい?

 普段目にする紙とは違って厚みがあり、表面がキラキラと輝いている。

 領主様は「偽造防止の魔術がかけられてるからな」と言っていた。


「エリオット領のアリス=レオンハートです」

「同じく、エリオット領のハーヴィ=メルクリウスです」

「では一度預かりますね」


 ニコリと笑ったお姉さんは受験票を受け取ると、手元に置いてあった書類と見比べて何やら書き込む。

 書類に書き込み終わると受験票はそれぞれに返却された。


「はい、ありがとう。受付は終わりましたので魔力検査に移ってください。検査場所は第三講堂です。場所は……大丈夫ね?」

「ああ、大丈夫だ。久しぶりだな」

「ほんと久しぶりね。元気そうで何よりだわ」

「お互いにな。こいつらが来年うちから入学する予定のアリスとハーヴィだ。……二人とも、学校で何か困ったことがあればこの人に相談するといい。頼りになるぞ」

「あら。おべっか使ったって何も出やしないわよ。よろしくね、アリスちゃん、ハーヴィくん」


 領主様と受付のお姉さんは親し気に笑い合う。

 ……知り合い?

 私とハーヴィがキョトンとしていると領主様が紹介をしてくれた。


「この人はエミリー。俺の同期生で特待生仲間だ。……怒るとおっかないから気をつけろよ」


 怒るとおっかないという言葉にお姉さんことエミリーさんは「誰がおっかなくさせてるのよ」と口を尖らせる。……ちょっとかわいいなこのお姉さん。

 領主様は「さて誰だろうな?」と肩をすくませた。

 小さくため息をついたお姉さんは「それより」と声を潜めて領主様に囁いた。


「例の母娘。来てるわよ。……検査場で鉢合わせると思う。あなたの読みは正解ね。エリオット領からじゃなく王都からの申し込みになってたわ」

「やっぱりな」


 領主様はニヤリとほくそ笑む。

 例の母娘とはマクスウェル伯爵夫人とその娘のことだろう。

 王都からの申し込みということは夫人の実家が手をまわしたのだろうか?


「アナタのことだもの。どうせカチ合うよう、裏からなんかしたんでしょ?」

「それくらい出来なくてエリオットの領主がやってられるか」

「まったくもう。……警備に手は回してあるから大丈夫だと思うけど、あんまり暴れちゃダメよ」


 エミリーさんのお小言にヒラヒラと手を振って誤魔化した領主様は、私とハーヴィを連れてその場を退出する。

 廊下を進みながら私とハーヴィは堰を切ったように問いかけた。


「例の母娘って、マクスウェルビッチ夫人とリトルビッチのことですよね? ね?」

「そうだが……ビッチ夫人とリトルビッチて。おま……言い方……」

「親類が受験申込の後見人となるのは分かりますが、通行許可証の申し込みも出来るのでしょうか?」

「一応出来るぞ。セントベルグ子爵から代理申請があった。『王都の親戚が危篤』って理由で。アルフレッドと涙が出るほど笑い転げたぞ。もっとマシな理由はなかったのかと。……ので、却下した」


 ――却下した。

 領主様のあっけらかんとした言葉に私とハーヴィはびたっと足を止めた。


 他領へ向かう時には関所をくぐるための通行許可証が要る。

 領を出るための出領許可証と、領へ入るための入領許可証。二つセットで通行許可証。

 入領・出領共に各領で決められた入領税・出領税を支払わなければならないからね。事前申請必須。

 関所の混雑回避と税金の踏み倒しを防ぐために事後申請は絶対に認められない。あ、忘れてましたぁテヘッもダメ。


 この通行許可証を持たず出領あるいは入領した場合、出た領、入った領、それぞれから重い罰金刑を食らう。

 出領許可は出ても入領許可が降りなかった、なんて時もだ。こういう時は大人しく入領許可が降りるまで滞在を延期するほかない。

 コレを無視して『関所破り』なんざやらかすと、王国中の関所という関所へ要注意人物の通達が出される羽目になる。まともな神経してたらまずやらん。

 関所? 何それ新しい観光名所? な私でも知ってるくらいだ。仮にも貴族やってる母娘が知らないはずはない。つうか知らないは許されない。


 領主様御一行ですら護衛の騎士様が代理で許可証の提示をしてたのだ。

 婚家の伯爵家はもちろん、実家の子爵家ごときが顔パス通行出来るとは思えない。


「アリス平民なのでむつかしいことよくわかんないですけど、許可証が無くてどうやって関所越えたんですかね……」


 まさか関所を通らず森の中を徒歩で突っ切ったわけでもあるまい。

 領堺には森ならば縄、平地なら杭に縄が張られていて、狩りや放牧の最中にうっかり越領しないよう対策が取られている。

 王都とエリオット領の境界には森が広がっているので秘密裏に越領出来んことはないだろうが……本来王都にいるはずのない人間が入学試験を受けているのだ。そんな分かりやすい証拠を残すだろうか。

 私の素朴な疑問にハーヴィがハッと顔を強張らせた。


「…………まさか…………偽造…………」

「いやいやいや。ハーヴィさんさすがにソレはないっしょ。いくらアホでもさー」

「だよなー。さすがにないよなー」


 偽造なんて完全に犯罪じゃないっすか。罰金刑どころじゃないじゃないっすか。

 ところが領主様はハーヴィを両手でビシッと指差して「正解!」と笑った。今度こそ私とハーヴィは完全に固まった。

 笑いごとじゃねーだろ。つかなんだそのポーズ。腹立つわぁ。


「…………マジデ?」

「マジデマジデ。関所通った時に警備から申し送りがあった。『予定通り通過した』とな」

「予定通りって……知ってて見逃したんですか⁉ つかそれヤバイやつですよね。いいんですか?」

「いいわけないだろう。アウトだアウト。特大アウト。完全にアウト。誰がどう見てもアウト」

「なんですかそれ。別件逮捕狙いってやつですか」

「アリスは難しい言葉を知ってるなー。正確には『泳がせていた』だけどな」

「僕らが言うのもおかしな話ですけど、入学試験を受けるためだけに? それも魔力検査で落とされると分かってて? ……いくらなんでも危ない橋を渡りすぎてないですか?」

「んー。娘の方は『わたくしが魔力検査で落とされるなんてありえませんわ!』と自信満々だったぞ。母親の方も、まぁ何かしらウマい話でもあったんだろう。……危ない橋を渡るだけの、な」


 領主様は意味深に笑うと「とりあえず検査だ検査」と先へと進んだ。

 ……こいつ何か掴んでやがるな。

 ハーヴィもそれに気づいたようで、そこからいくら問い詰めても「さぁな」と誤魔化されるだけで何も教えてはもらえなかった。

 私とハーヴィがぎゃーぎゃー文句を言っていると、廊下の先から『キィィィィーーーーーー!』という絶叫がこだました。


「よしよしよしよし。さぁお前ら、約束通り『何もするな』よ」


 妙に楽しそうな領主様は、検査場へと足を速めた。

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