入学試験の注意事項
いざ王都へ、その旅程は順調そのものだった。
王都へは馬車でゆっくり向かっておよそ十日。
この季節は宿場町に足止めされるような天候不順は滅多にないそうで、この調子ならばもう少し早く着くだろうというのが領主様の見立てである。
民間の馬車なら物騒なおじさんたちがカツアゲに来ることもあろうが心配ご無用。
領主様の紋章がこれ見よがしに輝く馬車(しかも護衛付き)を襲う気骨溢れる有志はまずいない。そんだけの根性があれば傭兵団にでも身を寄せている。
旅程が順調である証拠に、王都にある領主様の別邸へは七日目の日中に到着することができた。
出迎えてくれたのは領主様の祖父、神父様の父であるチェスター様と、その執事のヴィクソンさん。ヴィクソンさんはアルフレッドさんのお父さんなんだって。
予定よりも早めに王都入りした私たちは別邸の皆さんにお世話になりながら王都観光を楽しんだ。超満喫した。
案内兼護衛はもっぱら神父様の仕事である。
三人で王都を歩いている時「おじいちゃまとお出かけ?」「まぁかわいらしいお孫さんね」「ご兄妹?」と声を掛けられるたびに「孫……」と神父様が複雑そうな顔をするのが面白かった。年齢的には孫で間違いないだろうよ。私とハーヴィは仲良く兄妹ごっこをして遊んだ。
このハーヴィ、一見すると良い子なのだが本性は私に負けないくらいのやんちゃ坊主だ。
私と神父様、時に領主様も巻き込……交えての魔術交流会に最初こそ引いていたものの、神父様から簡単な魔術を教わるとあっという間にその輪に加わったほどだ。
だてに行商人や領都の人たちに揉まれていない。私たちはすぐに仲良くなれた。
領主様だけは「勘弁してくれ……」とうなだれていたが、将来有望な後進の指導も領主の仕事だろ。喜んで諦めろ。
夕食後、悪童コンビこと私とハーヴィは応接室へと呼び出された。
明日は四の月の十五の日。入学試験の初日、魔力検査の日である。
対面式の三人掛けのソファには領主様と神父様、私とハーヴィがそれぞれ着席している。
「さて、明日の注意点をおさらいするぞ。まずアリス」
「はい! 騒がないこと!」
「よし、じゃあハーヴィ」
「はい! 係りの人の指示に従うこと!」
神父様がニコニコと領主様を見ている。……領主様が横からの圧に負けた。
「……では、父上」
「はい。大人しく留守番をすること」
「よくできました……」
領主様がガックリとうなだれる。神父様は大変満足そうだ。輪に混じりたかったのね。
明日はおじいちゃまこと神父様はお留守番の日だ。
魔力検査には王国中からたくさんの入学希望者たちが詰めかける。
そのため領ごとに一団としてまとまり、その引率者は領主もしくは代理の人が一人と決まっている。護衛の人数もあらかじめ決められているそうだ。
入学希望者の大半がお貴族様なのだから、上限や制限を設けないと護衛から側付きから使用人からととんでもない人数になるもんね。
うちの領主様のように自炊はもちろん掃除洗濯食糧調達まで出来る貴族様の方が珍しいだろう。
有事の際には自ら前線に立つ立場にあるから身の回りのことは何でも出来なきゃいけないんだって。
ただ、宿の裏手で護衛の騎士様たちと仲良くぱんつ洗う姿はとてもシュールなので出来れば隠して欲しいところではある。
神父様のイジリから復活した領主様は一つ咳払いをして盗聴防止の魔術を展開する。
風の魔術を応用して外へ音が漏れないようにする魔術だ。……ナイショバナシにしては大げさすぎる気が。
私とハーヴィは顔を見合わせると、キッとその表情を引き締めた。
「注意点にもう一つ追加がある。マクスウェル伯爵夫人と二番目の令嬢がココへ来ている。許可は出していない」
マクスウェル伯爵夫人……体当たりの色仕掛けで無理やり嫁いできた『領地なし』の女だ。
コブ付きと領主様は言っていたが、その令嬢とやらがコブなのだろうか。
ひとまず領主様の話を聞いてみることにした。
「夫人とその令嬢の目的はお前たちと同じ入学試験だろう。伯爵を通して打診があったのでお前たちと同じく魔力測定をしたのだが、結果は『ゼロ』。その場で却下した。……夫人と令嬢はギャーギャー喚いていたがな」
その時の様子を思い出したのか領主様が物凄い顔になる。
しかし測定の結果が『ゼロ』とは……。喚きたくなる気持ちも分からないでもない。
あ、結果が『ゼロ』というのは『魔術を使うための余剰魔力がない』ってことね。魔力が全くないということではないよ。でなきゃ死んでるから。
魔法学校への入学に最低『三』相当の魔力量が必要な理由は、必要な魔力量が一番少ない錬金術師課程を卒業するのに必要なのが『三』だから。
ただでさえ入学希望者が多い中、わざわざ卒業見込みの薄い学生を入学させる理由はないよね。
かのご令嬢とやらは『ふるいのためのふるい』に引っかかりもしなかったわけだ。ご愁傷様。
「あの、質問よろしいですか?」
怪訝な顔をしたハーヴィはすっと手を上げた。
領主様は「ああ」と短く頷いた。
「伯爵夫人の御生家はセントベルグ子爵家ですよね? 王都でも有名な……新興貴族の」
「さすが、というかやはりというか。知っていたか」
「はい、父が調べておりました。行商の師匠たちが大変お世話になったようで。私や兄たちも『何があっても取り次ぐな』と厳しく言いつけられていましたし」
それはつまり『ブラックリストに載った不良顧客』という奴ですかハーヴィさん。
大変お世話になったというのも、大変なお世話をかけさせられましたということですかハーヴィさん。
王都でも有名な『領地なし』と言いかけましたねハーヴィさん。それは言っていいのよ?
「いくら新興貴族とはいえ、奴ら……失礼。彼らは古参の貴族です。今の代まで魔力すら平民並というのは有り得ないと思うのですが」
全体的にトゲのある言い方だが、ハーヴィの疑問はもっともだ。
魔法学校に通う学生の大半が貴族なのには理由がある。
それは遡ること王国が王国になる前の血生臭い時代――。
各領が各国として血で血を洗う領土争いを繰り広げていた時代は『力こそ全て』だった。
そりゃそうだろう。頭が良ければ立身出世が叶う平和な時代ではない。身を立てるには頭脳と同時に相応しい力量、腕っぷしが要求されたのだ。
その腕っぷしに必要不可欠だったのが魔力だ。
私のような小娘でも日々騎士団で訓練に励む騎士様方から十回に一回は勝ちを取れる。
ただし、魔力的には『格下』の騎士様からだけだ。隊長格ともなればまず無理。領主様や神父様クラスなら自爆覚悟の特攻をしかけても鼻で笑われて人生終了である。
戦いにおける魔力の有無というのはそれほどのアドバンテージとなるのだ。もちろん魔力を魔術として使うだけの技量は必要ではあるが。
皮肉にも過去の戦乱は我が国の魔法を神秘の御業から確固たる技術として確立させた。
当時、大国として一目置かれていた隣国を押しのけられたのもこの技術があってこそ。
圧倒的な物量差を魔法によってひっくり返した実績は他国の歴史書や軍事記録にも史実として遺されている。
さて、当時活躍していた人物は一体どうなっただろうか。
正解は国王たちによって貴重な戦力として召し上げられた、である。
彼らは歴戦の騎士となり、稀代の魔術師となる。時に学者――後の錬金術師となり、特に目覚ましい功績を残した者は貴族として遇された。
各領主一族はもちろん、昔ながらの由緒正しい貴族は彼らの血を継いでいる。
魔力は血統の証明と言われているくらいだからね。どんなに本人が努力しても先祖に魔力持ちがいなければ無駄な努力に終わる。
つまり、大きな魔力を生まれながらにして持っているのである。
しかも貴族は貴族としか結婚しない。
単なる選民思想ではなく、その力に相応しい人物であることが求められるからだ。
とはいえ、貴族の人生も色々だ。神父様のように市井に下った人もいる。
その人たちが市井で子を成していれば魔力持ちの平民が生まれる。
私やハーヴィが魔力を持っているのは先祖のどこかにそういう人がいたってことだろう。
だから時々、魔力持ちの平民を養子に迎える貴族もいる。『彼らとてかつては貴族であったのだ』という名目で。
大概は政略結婚か魔力持ちの子を産むための道具にされるかなので、自ら進んで養子になりたがる奴なんざいないが。
魔力を持った平民が魔術を使えない・使わない理由は防犯上もさることながら、そういった貴族に目を付けられないためでもある。
新興貴族とはいえ、古参だというセントベルグ子爵家の末裔が魔力を持たない理由。なかなか根深そうだ。
「俺もまさかと思ってその後色々調べてみた。子爵家の家系図を見る限り、魔力持ちの血が混じったことは一度もない。ただの一度もな」
「一度……一度もですか⁉」
「ああ。一度もだ」
大事なことだからってそう何度も連呼してやんなよ。弱い者いじめしてるみたいになってきたぞ。
けど、一度もか。どんだけ嫌われてんだセントベルグ子爵家。
領主様は指を二本立てて理由を説明してくれた。
「一つ目の理由な。わざわざ格下の、しかも領地も魔力も持たない家と縁を結ぶメリットがない。嫁や婿を出すなんてもっての外だ」
あー……と、私とハーヴィは納得したと言わんばかりの声を上げた。
私たち平民ですら『領地なし』の元へ嫁ぐのを嫌がるくらいだ。本人同士ではなく家同士が結婚する貴族たちはもっと嫌がるだろう。
しかも魔力を持たないということは、今より『上』を目指す時に選択肢が限られる。
商人として王国規模の商会を軌道に乗せるか、文官として出世するか。
そのどちらも『領地なし』の親玉に納まっているうちは土台無理な話だ。取引先かお得意様か、または上司となる由緒正しい貴族と喧嘩してる最中なんだから。
「二つ目の理由な。ぶっちゃけこっちが本命だ。セントベルグ子爵家の家業は金融業。つまり金貸しだ。……お前ら平民だって金貸しには近寄りたくないだろう」
「ソウデスネ」
「確かにそうですが…………」
私は全力で納得したのだが、ハーヴィはいささか複雑そうだ。
金貸しとて国が認めた商売。商人として、蛇蝎のごとく嫌われる理由は理解しても納得するのは別なのかもしれない。
しかし領主様の次の言葉にスン……とその表情を消した。
「しかも手法がなかなか悪辣でな。利子が月あるいは年ごとに増えていくそうだ。最初は一割だとしてもその次は三割、さらにその次は五割という風にな。あっという間に借りた金よりも利子の方が多くなる。そして利子にも利子が加算される。利子も借りた金の一部だ、というのが言い分らしいな」
「……契約書には記載されていないのですか? 説明は?」
「一応記載はしてある。実物を見せてもらったが、まぁ見事と言うほかあるまい。『利子は月/年によって変動します。』だからな。その旨説明もあったらしいが、利子に関しては『我々独自の解釈ですがご存じありませんでしたか?』だそうだ。思わずそう来たかと笑ったよ」
「なるほど、よく分かりました。契約書の重要性を全く理解していない、商人の皮を被った金の亡者だということがよく分かりました」
「だろう? しかし悪辣とはいえ、契約書にその旨記載はある。一応は法の範囲内だ。利子に関してはそもそも該当する法がない。だから手が出せん」
ハーヴィは両の拳を握りしめぷるぷる震えている。いたくお怒り心頭なご様子。心なしか魔力が漏れているような……。
けれど、ふと疑問がわいた。
私は隣の冷気に当てられながらも、恐る恐る手を上げた。……普段まったく怒る気配のない人が怒ると怖いね。
「あのぅ……。それだけ『悪辣』なことやってれば王都中に悪評が広まりませんか? そしたら誰も借りなくなりますよね?」
需要のない供給はありえない。借りる人がいなければ金貸しは成り立たない。
この疑問にはハーヴィが答えてくれた。
「あくどい所から金を借りる奴は、他に金を貸してくれる所がない奴だけなんだ。破産すると分かっていても借りるしかない奴。分からず借りる奴はともかく、分かっていて借りる奴は大抵それなりの理由があるんだ。……例えば、破産寸前の工房や商会を抱えているとかな」
――それじゃまるでカモじゃない。
という言葉は喉の奥に引っかかり、口から出ることはなかった。
行商人見習いとして私よりたくさんの場所を見てきたというハーヴィは、私よりたくさんの人たちを見てきたのだろう。
その中に似たような人たちがいたのかもしれない。……なんか、モヤモヤするなぁ。
「それがセントベルグ子爵家が今代まで続いていて、特に貴族から毛嫌いされている理由だな。『王は羊飼い』の教えは知ってるだろ? その教えに反するやり口だからな。真っ当な貴族ほど奴らを許せないのさ」
王は羊飼い、貴族は牧羊犬、民は羊、教会は星。
誰が言い始めたのか分からないほど古い教えなのだが、なかなか上手い例え話である。
王は民を飢えさせてはならない。貴族は民を食い物にしてはならない。民は王に従わなければならない。王・貴族・民。これらを一つで国として、教会は国を惑わせてはならない。
このように、それぞれの役割分担や国の財産の在り方、理想的な力関係を分かりやすく説明している。
これは王国民なら親からあるいは教会などで耳にタコが出来るほど繰り返し聞かされる教えだ。
平民の『領地なし』への悪感情もこの教えに反すると言えば、さもありなんってやつ。
「で、その嫌われ子爵家のビッチ母娘が王都にいて、入学試験に来るかもってことは分かりました。……それで私たちに注意って具体的に何に注意したらいいんですか?」
先ほどから妙に静かな神父様風に言うと、『敵』の情報は知った。後は具体的にどう動くのかといったところか。
私は頭脳こと領主様に判断を仰ぐ。
領主様はニッコリ笑って告げた。
「『何もするな』だ。向こうから何を言われようが何をされようが、何もするな。魔術での応戦はもちろん、口答えも茶化しも一切許さん」
「えっ?」
「それだけですか?」
私とハーヴィは呆気にとられ、脱力する。
隣からゴチッという音と「いてっ」という声が聞こえた。ソファのフチに頭ぶつけたな。
「これまでのお前らを見ての注意喚起だ。……特にアリス。お前は誰に影響されたのか妙に喧嘩っ早い。絶対に手を出すな。だからといって足も出すな。防御と見せかけて障壁で殴るのもナシだ」
領主様は私をビシッと音がしそうなほど勢いよく指差した。
誰に影響されたのかってそらぁ……。心当たりのある人をチラッと見ると、神父様は優雅にお茶を飲んでいる。誤魔化してんなよオッサン。責任取って養父でしょ。
私と神父様を見たハーヴィはケタケタ笑う。今やおめーも立派にその一味だよ。分かってんのか。
「お前もだ、ハーヴィ。いいか、『舌戦は商人の十八番』は明日はポケットにでもしまっとけ。絶対に外で出すな」
私と同じく特大の釘を刺されたハーヴィは、信じられないとばかりに領主様をガン見する。……そんなにか。
私とハーヴィの反応を見た領主様は「念押ししておいてよかった」と呟き、大きくため息をついた。ため息ついてばっかだな。幸せ逃げるぞ。
「俺、最初に言ったな? 『許可は出していない』と。だから、奴らに何かするのは領主である俺の仕事だ。お前らは一日大人しくしてろ。…………頼むから」
こうして、領主様の懇願によって入学試験の注意事項を伝える場はお開きとなった。
アリス「自分でぱんつ洗える男の人は素敵だと思うんですけど領主様は隠れて洗うべきだと思うんです」
神父様「どうしたんですか藪から棒に」
アリス「領主様って3良し物件じゃないですか『顔よし』『性格よし』『家柄よし』」
神父様「まぁそうですね、領主ですし」
アリス「夢が壊れるんですよ」
神父様「は?」
アリス「物語でお姫様を救う王子様や騎士様も『道中ぱんつ洗ってたのかなー』ってふと思っちゃうんです」
神父様「………………」
アリス「乙女の夢ブチ壊しですよ。なんせ現実の王子がアレですし?」
神父様「それは……ええ……息子に伝えておきます……」




