いざ王都へ
四の月の三の日。私たちは王都へと出発する。外はまだとっぷりと暗い。
神父様に抱っこされて向かった一室には私たち以外のメンバーが既に到着していた。
領主様、アルフレッドさん、メルクリウス男爵とその息子らしい、よく似た黒髪青目の男の子。
領主様は神父様に抱っこされた私を見て苦笑した。
「おはようございます父上……と、アリスはまだ半分寝てるな」
「寝ながら廊下を歩いてましたよ」
神父様は「誰かさんを思い出します」と笑い、いつもよりラフな服装の誰か様は「そろそろ忘れてください」と苦い顔をする。
いやーアリスちゃん朝弱くてね……朝っていうか、まだ夜中だし……。
神父様の腕の中でしょぼしょぼする目をこする。
「おあよーござま……おきてまぁ……よ……おき……す……」
「目を開けてから言……ああもう寝てていいから口は閉じろ! よだれ垂れてるぞ!」
起きてるよ。意識は起きてる。身体が付いてこないだけだよ。子どもの睡眠欲なめんな。貪欲だぞ?
抗議の声はもにょもにょと夢の中に消えていった。
頬と口元に柔らかな布の感触が伝わる。あ、本当によだれ垂れてたのね。サンキュー兄弟。
そんな二人の……というか、私含めて三人のやり取りに男性が小さく笑った。
「こうして見ていると本物の親子のようですね」
「お久しぶりです、エリックさん。……いえ、メルクリウス男爵。叙爵、おめでとうございます」
「それもこれもウチをひいきにしてくださっている皆さんのおかげです。しがない行商人がその親玉になっただけでも大出世だというのに男爵とは……いや、むずがゆい話ですよ」
メルクリウス男爵。行商のお兄ちゃんの雇い主様だ。
行商人とは、自前の店舗を持たずに決められたルートを商って回る商人のこと。
このルート――行商路は親から子、あるいは師から弟子へと引き継がれる大切な財産である。
曰く、無断で他者の行商路を回ってはならない。奪ってはならない。決して商ってはならない。行商人同士が対立しないよう大昔に設けられた鉄の掟だそうだ。
男爵様も元々は行商人として領都を拠点に回っていたそうだが、後継者がいないまま病に臥せった行商仲間から行商路を託されたことをきっかけに行商専門のメルクリウス商会を設立。
同じような悩みを抱える行商人仲間と協力して行商路を整理したり後継を育成したり、あるいは他の商会との窓口として日陰から行商人の生活を支えている。
領都や街道沿いの宿場町といった人が多く集まる場所はともかく、カーティスの街のような辺鄙な場所では行商人なしには生活が成り立たない。時に領主様以上にありがたい存在だ。
けれど実入りは決して良いとは言えず、さらに街から街へと常に移動を強いられる過酷な生活が続くため、なり手はかなり少ないらしい。
私だって「やるか?」と聞かれたら「できません」と答える。やりませんではなくできません、だ。
こういった行商人の抱える問題を少しでも解消しようと掟や柵を超えて立ち上がったのがエリック=ソリ=エリオット。
商会の屋号から取ってエリック=メルクリウス男爵なのだ。……凄い人なんだよ。
「謙遜も過ぎればなんとやらだな。私は卿の手腕を認めたからこそ爵位を授けた。我々だけでは領民全ての実生活を支えることはできない。ならばその手足と代われる存在を支援するのは為政者として当然だろう」
「……お言葉、ありがとう存じます。他の行商人仲間の苦労も報われるでしょう」
「街の皆も男爵にお礼を言っていましたよ。これからも私たちの生活を商いという形で支え続けてください」
「もちろんです。ええ、もちろんですとも。この先も一人の行商人として良き商いを続けさせていただきます」
男爵様は商人らしい人当たりの良い笑顔に決意を込めて宣言した。
そして側にいる男の子の頭をポンポンと撫でる。
「この子は三男です。私の代で用意できる『椅子』の数はたかが知れている。貴族となろうが男爵と言われようが私は行商人。親として教えてやれること、残してやれるものはとても少ない。……ですから、今回のお話は私たち親子にとって大変ありがたいお話でした」
「卿……」
「行商人として大切なことは教えました。この子は……ハーヴィは必ず領主様の『信頼』に応えます。親として、いや行商人として『信用』したからこそ、自信をもって領主様にお預けできます。……どうか、息子をよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします!」
「あぁ。領主として、大事な子息を預かると約束しよう」
深々と頭を下げる男爵様とその息子、ハーヴィ。
領主様は「領主として」と言ったけど、その顔は父親の優しい顔をしていた。
信頼と信用、か。期待に応えるだけの能力がある。親ではなく行商人として判断したと。……重いなぁ。
けれど当のハーヴィは委縮するどころかギラギラとその目に力を宿している。強い子だなぁ。
タイミングを読んだのか、アルフレッドさんが「馬車の準備が整いました」と領主様に耳打ちする。
私たちは城の正面玄関へと移動した。
「それでは行って来る。アルフレッド、後は任せたぞ」
「万事よく心得ております。行ってらっしゃいませ」
私は最後の力を振り絞りアルフレッドさんに手を振る。アルフレッドさんと、なんとメイドさんたちまで手を振り返してくれた。ありがとー! 行ってくるねー!
私たちが乗り込んだのは旅専用の馬車。そう、旅専用の馬車だ。
内部を空間魔術で広げてあって、城の応接室のような造りになっている。
しかも領主様の旅専用の馬車だ。
設備はテーブルやソファだけではなく、ベッド付きの寝室に氷冷庫付きの簡易キッチン、なんとお風呂やおトイレといった水回りまで完備されている。
整備のために庭へ出されていたところを内覧させてもらったのだが、まぁスゴイよね。水回りなんて特に。私この馬車のお風呂で生活できるって思ったもん。
領主様、神父様、私、ハーヴィ、そして護衛の騎士様が八名の計十二名。
領主様御一行にしてはいささか少人数すぎる気もしなくはないが、王都へ向けていざ出発である。
アリス「領主様も寝ながら廊下を歩いたりしてたんですか?」
神父様「ええ、寝ながら剣術の稽古をしていたこともあります」
アリス「剣術……猛者ですね」
神父様「けれど一番多かったのは寝ながら食事でしょうか」
アリス「『寝るか食べるかどっちかにしなさい!』って怒られるやつですね」
神父様「はい、妻がよく叱っておりました。……つい先日のことのようです」




