新たな後ろ盾
四の月の二の日。夕食後、私と神父様は領主様の執務室へと呼ばれた。
お茶の準備を終えたアルフレッドさんは、一枚の羊皮紙を私に差し出す。
……私と神父様の養子縁組を認める書類だね。
「アリスは父上の養女となった。なお、異議・異論・意見・その他、ハイと分かりましたとありがとうございます以外一切認めない」
「意思確認ー子どもの権利ー貴族のおーぼー特権濫用罪ー」
「うるさい俺が領主様だ。……あんまり驚いていないな?」
「なんとなく、こうなるんじゃないかとは思ってました」
「…………そうか」
あれだけ貴族だなんだと脅されたらね。
むしろ孤児のまま領外にほっぽり出す方が無責任だと思う。
本来、孤児は平民の中でも特に立場が弱い存在だ。
肉親という後ろ盾が無いだけで『社会的な信用が無い』と判断されてしまう。
例えば、商品を売ってもらえないのはまだ良い方で、孤児だと分かれば店から追い出されたり、きちんと代金を支払ったのに『盗んだ』と誤解されて取り上げられたりもする。罰だって受ける。無実を訴えても、それを証明してくれる人がいなければ決して無実にはならない。
何故なら『社会的な信用が無い』孤児だから。人生の全てにこういう理不尽が付いて回る。
――孤児? あぁ親がいないんだろ、それがどうかしたかい? と、何でもないことのように考えるカーティスの街の方が世間的には異質なのだ。
だから不必要な誤解を避けるためにも神父様と養子縁組を行い『社会的な信用』を得る必要がある。
領主様とではないのが重要なポイントだね。
神父様は身分的には平民なので基本的に新興派の興味の対象外だ。
だが、元・エリオット領主という貴族に対して最上級の対抗手段を持っている。
下手につつけば現・エリオット領主が首を突っ込んでくる、権力と物理の権現ならぬ暴力装置が修道服着てニコニコしてるような人だ。
喧嘩を売ったところで損しかしないだろうし、何よりこの人自身がおっかねー。
よって、新興派と貴族という二種類の面倒ごとから私の身を守る、新たな後ろ盾にはもってこいなのだ。
ただねぇ……。
「ただですね、ちょーっと腑に落ちない点があります。なんですか、この大仰な書類」
『甲を乙の養父、乙を甲の養女とし、乙が甲の名を使用する事を認める。 ――アステイユ連合王国 国王 ルドルフ=レッドフォード』
――神父様は私の養父、私は神父様の養女ね。だから私は神父様の『レオンハート』って名前を使っていいよ。王様より。
アルフレッドさんから手渡された書類にはこう書いてあるのだ。
たかが平民の養子縁組なんざ村長さんや町長さんの『オッケー君たち今から親子ね』の一言で済む軽いものだ。
公的に親子関係を証明する必要があるとしても領主様の署名があれば十分過ぎる。
意味が分からん。国王陛下が署名捺印の上、偽造防止の透かしまで入れる意味が分からん。
「私としてはこの『レオンハート』っていう無駄に雄々しい名前にのっぴきならない理由があると睨んでるんですけど、どうですかね? 正解ですよね? さすがにコレは説明の義務があると思いますよ」
領主様は「…………だよなぁ」と呟き、神父様をチラッと見る。当の神父様はニコニコ明後日を向いていた。誤魔化されてやんねーよ?
何せ私の名前にもなるわけだからね。
知っておかないと後々大事になる可能性だってある。危機管理は重要。知識は力。私はこの身をもって学習した。
……後出しじゃんけんだけどさ、神父様のフルネームを聞いた時になんか変だなぁとは思ってたんだ。
この人のことだし、つっついたら大蛇が出てきそうだから放置してたけど。まさかの国の最高権力者が出てきたよ。もう驚く気力もないよ。一周回って冷静だよ。
アラン=レッドフォード=エリオット。
王国史にも載っている、女領主様の尻に敷かれた王弟殿下の結婚後の名前だ。
『エリオット家へお婿に来たレッドフォード家のアラン様』と、名前で自分の生家と婚家を表している。
もし女領主様と立場が逆ならアラン=レッドフォード、女領主様がユージーナ=エリオット=レッドフォードとなる。
婿ではなく養子に入ればアラン=エリオット。エリオット家の人間になるのでレッドフォードの名前は使えなくなる。
神父様のように市井に下るのであれば貴族の名前が使えなくなるので、ただのアランとなる。
フルネームを記載する必要がある場合はアラン=カーティス『カーティスの街のアランさん』、領都在住の場合はアラン=ソリ=エリオット『領都エリオットのアランさん』となる。王都民ならアラン=ソリ=レッドッフォードだ。
アラン=エリオットでは領主様一族と誤解するので、領都民は名前と住んでいる街の間に『ソリ』を付けて区別する。
うっかり『ソリ』を忘れると領主様一族を騙ることになるので物理的に首が飛ぶ。いや比喩でなしに。マジに飛ぶ。
結婚する時や「てめーどこのどいつだ」「アラン=カーティス様だ馬鹿野郎」くらいでしか使う用事ないけどね。
さて、神父様の現役時代ことユージーン=レオンハート=エリオット殿はどうだろうか。
常識的に考えるなら『エリオット家へお婿に来たレオンハート家のユージーン様』だ。
だが、神父様は平民となった今でも『レオンハート』の名前を使っている。つまり貴族の生家を表す名前ではない。もちろん街の名前でもない。
そこに国王様の使用許可とくれば…………おわかりいただけただろうか。
明後日を見続ける神父様の服を無言でクイクイクイクイ引っ張る。
アルフレッドさんがお茶を淹れなおす間もずっとクイクイしていたら、ついに神父様が根負けした。
「…………今から二十年ほど前に王都でちょっとした騒動がありまして。その鎮圧に我が騎士団が手を貸したのです。『レオンハート』の名はその時に先代の陛下からいただいたのですよ」
このオッサン、だいぶ端折ったな?
王都でのちょっとした騒動に、王都じゃなくエリオットの騎士団が特別出張して、ご褒美に『名前』を貰ったわけですか。ほーん……。つか目を見て喋ろうや。
私のツッコミ魂が騒動……暴動を起こすよ?
「まぁそう睨んでやるな。少なくとも父上の名は害になったりはしないから。アリスは父上の養女となった。……今はひとまずそれで納得してやってくれ」
「むー……。分かりませんけど分かりました」
私に背負える荷なんてたかが知れてるし、この二人が知らなくていいと判断したのならそうなのだろう。
世の中知らないじゃ済まされないことがたくさんあるけど、同じくらい知らない方が幸せなこともある。
王都にも立派な騎士団があるってのにわざわざ他領の騎士団が介入するような騒動。どう考えても『ちょっとした』じゃ済まないしねぇ。くわばらくわばら。
それに陛下から貰った名前ならその経緯は決して不名誉なことではないわけだしさ。平民が貴族になって自分の家の名前を持つようなものだし。
……名前を貰うってそれくらい大変なことなんだよ。
相変わらずの当事者が置いてけぼり感に納得するかは別の話だけど。
「さ、明日は早いぞ。子どもは寝ろ。俺も寝る」
領主様のやや強引な仕切りで私たちは床に就いた。
明日はいよいよ王都へ向けて出発だ。
部屋へと戻った私はばーさんから貰ったポーチへ酔い止めの錬金薬を入れる。
おがくず生産職人は木屑まみれの日々を重ね、ついにばーさんと同じように錬金薬を作れるようになったのだ! ……手際はまだまだだけどね。
アリス「領主様ってああ見えて場を仕切るのがうまいですよね」
神父様「ああ見えて領主ですからね」
アリス「ああ見えて領主なんですもんね」
神父様「ええ、ああ見えて領主ですから」




