平和時々不穏
神父様が王城へとカチコミに向かって早ひと月。
季節は三の月に入り、ポカポカと暖かな日が増えてきた。
来月はいよいよ入学試験。否応なく緊張感が高まる……なんてことはなく、私はのんびりと城生活を満喫している。
昼夜を問わず殺傷力高めな攻撃魔術をブチかましてくる人がいないだけで精神的な余裕が段違いだ。
たまに散歩している領主様とそれっぽいことはするものの、綺麗に剪定されたお庭を荒らすわけにはいかない。お互い「こんにちはーご機嫌いかが?」程度のかわいらしいやり取りがせいぜいである。
ただし、訓練場でやり合うときは全力だ。「今の攻撃は大人げないと思いまーす」「戦場に年齢は関係ありませーん」「ハゲ」「チビ」等。割と本気で罵り合いながら日々刃を交えている。
騎士団の訓練がお休みの日は城の廃材置き場でおがくず生産職人の日だ。
以前グレイスばーさんが見せてくれた素材加工の練習をしている。
ここの廃材は燃やすか薪にするかの一択なのでやりたい放題できるし、少々散らかしても怒られない。
……いいように『訓練』されてる気がしなくもないが、出来なかったことが出来るようになると嬉しいよね。そうだよね。
「神父様、帰ってきませんねー」
柔らかな日差しが降り注ぐ午後の中庭には、色とりどりの春の花が咲き揃いつつある。四の月までもう幾日と迫っていた。
おがくず生産職人の私は今、領主様に拉致ならぬご招待を受けてお茶会なるものに参加している。
参加者は領主様と私の二名だ。……会とは。
「噂をすれば影が差すぞ」
領主様は優雅な所作でお茶を口に運び「美味いな」と呟いた。
いつも後ろで控えているアルフレッドさんの姿はない。
暖かくなってからこっち、エリオット城では連日のように『領地なし』の皆さんが直訴を求めて押し寄せている。
いつもなら騎士団の皆さんがつまみ出してハイ終了なのだが、今日の『領地なし』はちょっと過激な団体の御一行様らしく、『査定』とやらのためにアルフレッドさんが直接応対に向かっている。
何の『査定』かは気にしたら負けだ。一般平民は知らない方がいい。
にしても暖かくなったら湧くとか。あいつらは虫かなんかか?
「今神父様が帰って来たらとても『静か』になっていいと思うんですよねー」
「あー、確かに」
原因不明の爆発くらい起こっても不思議じゃないよね。
……いつの間にか領主様の後ろに立ってるくらいだしね。
「何が『確かに』ですか」
突然背後から声を掛けられた領主様は、イスに座ったまま上に飛び跳ねた。……驚いたにしても器用だなこの人。
――気配を殺して自分に認識阻害の魔術をかける。
タネ明かしをすればこんなもんだが、神父様のように練度が高い人がやるとマジでシャレにならない。
神父様が暗殺者なら領主様は今、死んでいる。
となれば領主様のすぐ側にいる私も死んでるわけだが。
……これ仲良くお説教コースじゃね? みんな、がんばろうね。私は腹をくくったよ。
「……お帰りなさい、神父様」
「ただいま戻りました。留守中変わりないようですね」
本体の気配はもちろん、魔力の揺れすら全く感知出来なかった。
護衛に就いている騎士様たちも同じだったらしく、皆動揺している。
「いつまで放心しているつもりですか。……話があります。部屋に行きますよ」
挨拶どころか説教すらもそこそこに、神父様は領主様の首根っこを掴み、イスから引きずり落とす。
その衝撃で再起動した領主様はそのまま神父様に連行されて行った。
取り残された私と護衛の騎士様はただポカンと顔を見合わせるほかなかった。
その日の夕食は城に来て初めてのボッチな晩餐となり、ちょっと寂しかった。
翌朝には神父様も領主様もいつも通りだった。
だが、あのお茶会の後、二人で何を話したのかは知らされていない。
知らされぬまま城で四の月を迎えた。三日後にはいよいよ王都へと出発である。
アリス「おがくずは厩舎のお馬さんたちが仲良く消費しました」
神父様「神経質な子も横になって熟睡していて驚きましたよ」
アリス「ふっかふかですからねー『馬をダメにするおがくず』と評判でした」
神父様「馬をダメにするおがくず……」




