彼女から見る彼のDCW(三回目)
彼女は急いで救急車を送ったが、それで玲於奈が助かったかどうかは不明で、そのためにいくつもの眠れぬ夜を過ごした。
もしかしたら耳元でささやく声に、もう一つ、別の声が加わることになるかもしれない。そんなことばかり考えていたらまた体調が悪くなり、熱を出して寝込んでしまった。
高熱にうなされながら、もう言い訳するのはやめようと思った。
いつまでも人と関わることを恐れていてはいけない。それに、こんなに気苦労が絶えないくらいなら自分がつきっきりでそばに居た方が何倍もましだ。
もし次があったら、自分から声をかけるのだ。絶対に自分から。
七回目のDCWが始まると、スマホの前で待機していた彼女はすぐさまゲームの中に飛んだ。そしてミッションを確認し、待機中の画面を見て心底安堵した。待機する必要があるということは、彼がこれからやって来るのだ。
それが分かっただけで今回のDCWの目的は果たされたようなものだった。
しかし彼が来たら、決めた通り話しかけなければいけない。今さらやっぱりいいやと放り出すことなどあってはならないのだ。だがどうやって話しかけようか。
「久しぶり、調子はどう? うん、こんな感じ」
「調子はどう?」というのは相手の体調や日常の諸々を総合的に問う言葉であり、相手にとっても比較的答えやすい質問のはずだ。お互いほとんど初対面みたいなものだから、こういった質問の方が会話がスムーズに進みやすいだろう。
「でも、もうちょっと明るく話した方が良いかな。久しぶり、調子はどう?」
巴が練習していると、向こうから秋山玲於奈が歩いてきた。
身構えていたはずなのにその姿を見たら急に緊張して、咄嗟にそれを押し殺そうとしたら冷たい感じになってしまった。
「久しぶり、調子はどう?」
「ちょ、調子はどう? あんまり使わなくないか、その挨拶」
(使わないのかよ!)
熟考の末に編み出した挨拶があまり使われていないと聞かされ、巴は顔がさっと赤くなるのを感じた。
「うるさい! 調子はどうかって訊いてんの!」
「調子は良好だよ。ありがとう」
思わず大きな声を出すと、向こうは面倒くさそうに儀礼的な返事を寄こした。
しかし見たところ大きな怪我もなく、本当に調子は良好のようだった。
「そう、よかったね」
いきなり出鼻をくじかれたうえにヤバい女だと思われたかもしれないが、おかげでこれ以上失敗しても構わない気がしてきた。
彼女は立ち上がって服についた砂を払うと、二重丸の看板を指さした。
「やったね、今回は当たりだよ」
「当たり?」
「その印がある時は荒神も上級も居ない。メインミッションもただその辺を歩くだけって決まってる」
「へえ、そうなのか……。安全で良いな!」
感心していたと思ったら、玲於奈は急に大声を出した。
巴はかなりヤバい奴だなと思った。一瞬、話しかけたのは失敗だったかもしれないと思ったが、彼はその後平常に戻り尋ねた。
「それで、急に手のひらを返してどうしたんだ? この前までは徹底して邪魔者扱いだったのに」
痛い所を突かれた。最初からずっと心配していたなどと、言い訳がましいことを言うのもきまりが悪い。
彼女はいつもの癖で髪を触りながら答えた。
「それは、まあ、荒神を倒せるなら滅多なことじゃ死なないだろうし、認めてやってもいいかなと思って」
これも嘘ではない。荒神を倒せるのなら、簡単には死なないだろうと思った。
「認めてやるって、ずいぶん上からだな」
「別に、認めるとか認めないとか関係なく、もともと三回生き残ったら声をかけるつもりだったよ。今回が当たり回だったからそれを一回前倒しにしただけ」
これは少し嘘だ。当たり回でなくても話しかけるつもりだった。
これ以上ここで話しているのも時間の無駄だ。先はまだ長いのだから。
「残りは歩きながら話すとして、まずはぼちぼちミッションを始めようか」
経験のある巴にはこの当たり回の苦しみが理解できていた。当たり回と呼ばれているが、メインミッションを達成するには、一〇〇キロ近く歩かされるのだ。
「これ、日付が変わる前に帰れるか?」
「どう考えても無理でしょ」
「だよな……」
彼は果てしない道のりを想像したのか肩を落とした。
しかしここはやってもらうしかない。
「ほら、早く行くぞ。玲於奈」
「あ、名前……」
流れで誤魔化そうとしたのに、バレた。
「秋山玲於奈でしょ。何度も言うから覚えたよ」
「そうか。俺はそっちのこと何て呼んだらいいんだ?」
「春原巴。春原さんって呼べよ」
「じゃあ巴で」
冗談で言ってみたところ、いきなり下の名前を指定された。それはなんと言うか恥ずかしい部分がある。
「春原さん」
「そっちが名前呼びするなら俺だってそうするわ!」
確かにそれはそうである。仕方が無い。他に選択肢は無さそうだ。
「しょうがないなあ。特別に巴さまって呼ばせてやるよ」
「呼ばねーよ!」
声を出して笑ったのは久しぶりのことだった。
それから二人で歩きながら玲於奈の話を聞いた。
ずいぶんと彼は良い効果をルーレットで引いたらしい。
二回目で荒神を倒すことができたのにはこういうカラクリがあったのかと、彼女は納得させられた。
二回目と言えば巴はまだ美玖と一緒に、荒魂たちを相手に逃げ回っていた時期である。それと比べれば玲於奈の成長の速さが分かるだろう。
彼は無邪気にもっと攻撃力の高いスキルが欲しいなどと言っているが、自分がどれだけ恵まれているのか分かっているのだろうか。
会話の中で彼が気になることを言っていた。
「そういえば前のゲームの時、勝手に体が動いて敵と戦ったことがあったんだけど、それについて何か知らないか?」
「無意識ってこと?」
勝手に体が動いたことはないが、彼女もそれに近い経験がある。無意識のうちにスキルの使い方が分かった。まるで本能に刻まれていたかのようだった。
しかしどうやらそれとは違うらしい。彼は自分にもよく分からなっていないようなことを言ってごまかした。
極度の集中状態にあれば、意識が曖昧になって、そういうこともあるかもしれないと彼女は特に気にせず受け流した。
その後も二人は様々なことを話した。
玲於奈は聞き上手であり、気が付けば彼女は自分の身の話までしていた。
部活をやっていないこと、叔母さんの店を手伝っていること、そして、将来のこと。
「高校、行く気無いんだよね」
巴がそう言うと玲於奈は驚いた顔をした。
確かに自分もDCWを始める前までは、高校に行くのだろうと漠然と考えていた。高校に行って大学に行って、よく分からないが生きていくのだろうと思っていた。
だが、そうではないということに気が付いた。
それぞれ願いをもって参加した信二さんと美玖が死んでいったように、父親が癌で急逝していったように、人生は何が起こるか分からない。それならば将来のことを慎重に考えて無駄に勉強をするなんて馬鹿馬鹿しいことに思えた。
「中卒で働くつもり?」
玲於奈が叔母さんと同じことを訊いてくる。
「意味が無いんだよ、高校行くのも将来のことを考えるのも」
自然とそんな言葉が口をついて出た。
そしてその言葉が、まるで呪いのように後になってから返ってくるのだ。
巴「調子はどうは完璧なあいさつだと思う」
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