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彼女と彼の出会い方

 五回目が始めったのは、それから約三週間もの月日が流れてからだった。

 入った直後、イヤホンの隙間を通って情けない悲鳴が耳に入ってきた。


(人が居る……)


 不快感と妙な緊張が巴を襲った。

 この展開を予想していなかったわけではない。いつか新しい参加者が来るだろうことは分かっていた。


(でも……)


 とにかく今は襲われているであろう人物を助けなければと思考を放棄して彼女は走り出す。見つけた時、彼は大声を出しながらヨリイト虫から逃げていた。


 ヨリイト虫は興奮したりするとすぐに仲間を呼ぶ。大声を出すなど愚の骨頂だ。

 相手は大群。一匹ずつ相手にしていては後ろの彼にも被害が及ぶ可能性がある。そう判断すると、巴は迷わず得たばかりのレベル7の技を使うことに決めた。


 もしかするとこれはあまり正確な判断ではなかったのかもしれない。単純に逃げることもできた。しかし人を守らなければという焦燥感に駆られ、突発的に行動してしまった。

 この時、なぜか自然と技の使い方が分かった。


 爆発の直後、強い倦怠感と吐き気が覆いかぶさるように彼女を襲い、すぐに生命を使用する。貴重な一回を使ってしまったことに気が付いたが、どうせ荒神を倒すのにまだこの技は使えない。残切だけでやるのだからまあいいかと流した。

 息を整え、これからどうするべきかを考える。分かっている。かつて信二さんが自分にしてくれたように、自分も彼にこの世界で生きる術を教えてやるべきだ。


「あのさ」


 不意に向こうから声がかけられた。

 相手は年上のようだった。眼鏡をかけており、髪の毛は強いうねりを見せている。

 無意識のうちに目が安否の確認をしていた。


「それ、怪我したの……?」


 会話のため耳からイヤホンを取り、袖の赤い染みを指さす。自分が遅れたからだと思うと、小さなかすり傷なのに声が震えた。

 しかし巴の緊張をよそに返ってきたのはなんとも馬鹿馬鹿しい答えだった。


「ああ、これ。ケチャップ」

「は? ケチャップ?」

「うん、そう。ケチャップ」


 思わず舌打ちが出た。もっときれいに食えよという謎の文句まで頭に浮かんだ。

 巴は踵を返して歩き始める。


「え、ちょ、ちょっと待って」


 やはり呼び止められた。このまま逃げることはできない。

 相手は丁寧な物腰で頼み込んできた。


「見ての通り何も分からないんだけど、何がどうなっているのか教えてくれないか」


 しかし最後の抵抗として巴はそれも拒絶した。


「自分で調べれば」


 なるべく関わりたくなかった。どうせ彼もすぐ死ぬのだ。触れ合えば、失った時が辛くなる。これ以上傷つきたくない。


(信二さん、ごめんなさい)


 どうやら信二さんから渡されたバトンを、自分は次につなぐということができないらしい。思いがけない己の弱さに打ちひしがれる。


(大丈夫。荒神はわたしが倒すし、アプリの仕様くらいなら見れば分かるはず。生き残れるかどうかは本人次第だけど、そんなのはわたしが手を貸したって同じことだから)


 「え」という呆然とした声と視線を背に浴びながら巴は言い訳を心の中で唱え、その場から退散しようとした。

 それでも彼は諦めなかった。「ちょっと待ってくれよ!」と言って追いかけて来たかと思うと、肩を掴んできた。


「俺が襲われてるの見たんだろ。もしまた襲われて、君に助けてもらえなかったら、今度こそ死ぬしかないんだって。そしたら俺が死んだ責任が君に全くないと言えるだろうか。助けられる命を見捨てたんだぞ。仮に責任が無かったとしても、ベッドで横になった時に気持ちよく眠れるか? いつまでも死んだ俺のことが気になって眠れないんじゃないか」


 ぶつけられる正論に巴はうつむくしかなかった。涙が出そうになる。

 自分にもそれくらい分かっているのだ。でも、もうこれ以上その責任を背負えない。これ以上背負ったら潰れてしまう。

 男は肩を離すと急に語気を和らげて言った。


「もちろん、助けてくれたことには感謝しているよ。本当にありがとう。ただ、俺もやっぱり死にたくないからさ」


 どうにか体裁を取り繕うため、巴は顔を上げ、チッと小さく舌打ちした。


(もうさっさと教えて追い払うか)


 関わりを持たないうえでそちらの方が正しいように思えたので、結局巴はアプリの使い方だけを手短に教えてやった。

 しかし、実際のところ玲於奈のこのしつこさに巴は救われた部分もあった。そのおかげで最低限のバトンを受け渡すことができたのだから。



 巴はサブミッションも無視して指定された荒神の場所に向かった。

 無論、初参加者のためである。シークレットを引いてしまい、何のスキルも持たないうえに鈍くさそうな彼が生き残れるかどうかは分からない。なるべく早めに終わらせた方が良いだろう。

 荒神を倒すのは前回で慣れた。作業的にまた同じことを繰り返せばいい。


 しかしそういう巴の予想を裏切り、今度の荒神は一際硬い敵だった。十回重ねた残切をはじかれた時はさすがに目を疑った。

 前回からさらにレベルは上がったはずだが、それでもまだ足りないらしい。吐き出されるヨリイト虫の大群に加えて足元の糸も気を配らなければならない。厄介な敵だ。唯一の救いは敵の動きが鈍いことだった。巣を張るため、運動能力は捨てたのかもしれない。


(十回で駄目だってことは、念のため五十回くらい重ねておくか)


 少しずつ上げて失敗を繰り返すのも無駄だ。

 そう考えた巴は二十回、三十回、四十回と順調に回数を増やしていく。

 しかし、あと少しというところで気が緩んでしまったのだろうか。地面の糸に足が取られ、転んでしまった。


 しまったと思った時にはもう遅い。あっという間にヨリイト虫に覆いかぶされ、前が見えなくなる。そして、荒神の大きな声が聞こえたかと思うと、強い衝撃に身体が宙を舞った。

 信じられないくらい長い浮遊感の後、地面に叩きつけられる。どこが痛いのかも分からないほど全身が痛かった。


 アスファルトを掻き毟りながら立ち上がろうともがいていた時、もうこのまま死んでしまおうかという考えがどこからかやってきて彼女を甘やかした。

 どうせ自分は死に場所を探しに来ていたのだから、このまま死んだって何の問題もない。帰る理由も無い。


(叔母さん、悲しむかな……)


 それだけが気がかりだったが、それだってどちらかと言えば些細なことだった。


 そのことを認めた瞬間、急激に心の熱が冷え始めた。体から力が抜けていく。

 そのまま意識まで手放そうとした時だった。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


 誰か男の声が聞こえた。気づかわし気に身体を揺すられる。

 顔を上げると、初参加の青年がそこには居た。


「な……っ!」


 思わず驚きの声が漏れる。こんなところで何をしているんだと思った。スキルを持たない人間が来ていい場所じゃない。


「立てるか? 早く逃げよう。蜘蛛たちがやってくる」


 相手は立ち上がるのに手を貸そうとしてくる。


(逃げようじゃないだろうが。死にたいのかよ)


 巴は手を払いのけると、自力で身体を起こした。そのまま刀を支えにして立ち上がる。そして怒りに任せて胸ぐらを掴んだ。


「なんでここに来た!」


 相手は狼狽えながらぼそぼそと答えた。


「なんでって、それは、君がもしかしたらピンチなんかじゃないかと思って……」


 なんて馬鹿なんだろう。来たところで何もできないのに、無謀にもほどがある。

 彼女は舌打ちをすると、青年を放り出して、荒神の方に向き直った。


(そうだった。こいつが居るんだったな……)


 自分がここで倒れたままだったら、彼が荒神を倒さなければいけない。そんなことはまず無理だろう。

 やるしかないのだ。

 見れば大量のヨリイト虫が向かって来ていた。最初の時よりもはるかに多い。

 彼女は迷わず紅一刃炎を使用した。別に、これで荒神が倒れるとは思っていない。ただヨリイト虫を一掃するのに使っただけだ。もう十分な回数の残切を重ねているのだから、体力を気にすることはない。


 誤算だったのは、体力を消耗するあまり気を失ってしまったことだった。

 頭を打っていたようで、貧血のようにめまいがし、目が覚めてから倒れたことに気が付いた。

 気が付いてすぐに荒神を視界に入れると、幸いにもまだ残切の範囲から動いていなかった。視界がかすむ中、顎の下に会った黒球をよく狙って、残切を発動する。途中初参加者がなにやらうるさかったが、どうにか上手くいった。


 ミッションが完了して平和が訪れると、また美玖の声が聞こえた。彼女の声は不定期で、いつ来るか分からないが、周りが静かな時にやってくることが多い。


(もう嫌。いつまでこんな風なんだろう)


 弱った心を守るため、慣れた動作でイヤホンを耳にする。

 しばらくそうしていたかったが、青年が声をかけてきた。


「イヤホンつけるの早すぎじゃないか。俺なんてさっきの爆発でまだ耳が馬鹿になっているんだけど」


 知るか、好きにさせろと思った。まったく苛々させられる。

 すると青年がこちらに手を伸ばしてきた。反射的に威嚇する。


「触るな、変態」

「ちげえわ、医療行為だ!」


 そう言ってスキル発動の光を手に灯して見せた。意外だった。どうやってスキルを獲得したのだろうか。


「スキル取れたの?」

「どうにかな」


 訊いたはいいが、それほど興味もなかった。勝手に一人でやっていける力があるなら、ぜひそうして欲しい。


「メインミッションからリーブできるから」


 それだけ教えて、彼女も出て行こうとした。今回は前回よりも疲れた。また叔母さんを心配させてしまうだろう。

 しかし画面に触れる直前で青年に呼び止められた。


「ま、待ってくれ! 俺は秋山玲於奈。そっちの名前は?」


 恐れていたことが起きてしまった。

 向こうが友好の手を差し伸べてくる。それどころか、一方的に名前まで教えてきた。どうして自分の周りには友好的な人間ばかりなんだ。秋山玲於奈。聞いてしまったら、知る前には戻れない。

 巴は何も言わずにDCWから逃げ出した。


ここで玲於奈が来なかったら巴は死んでいたので、玲於奈は実は重要な役割を果たしていたんですよね。本人の知らない内に。


評価・コメント等お待ちしておりますm(__)m

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