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恐怖の大王

 最初に不安を覚えたのは、巴だった。


 いつまで経っても目的地に着かないうえに、そもそもどこに向かっているのかも教えられていない。

 レアは最初とは態度を豹変させ、話しかけづらい雰囲気を出していたが、勇気を持って尋ねた。


「あの、これっていつになったら着くんですか?」

「モウ少シ。アソコ。仲間ガ、居ル」


 レアは前の方を指さして言った。


「あ、仲間の場所に案内してくれているんですね」

「ソウデスネ」


 しかしレアが指し示した場所に着いた途端、二匹の緑トカゲが左右の家から現れた。


 二匹は巴と美玖に飛びかかると、服に噛みつき、美玖は壁に、巴は地面に叩きつけた。トカゲたちのそれは訓練された動きで、二人ともあっという間の出来事に何一つ抵抗できなかった。そしてトカゲたちは、二人を押さえつけると同時に溶け出し、ジェルのようになって二人を拘束した。


 荒魂が溶けるなど聞いたことも無い。こういう能力なのだろうか。


「レアさん!」


 唯一襲われることのなかった仲間に助けを求めると、彼はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて二人を見つめていた。


「お願いします。助けてください」


 美玖からも声がかかり、彼はようやく口を開いた。


「オ前タチ、馬鹿」

「え……?」


 その時、目の前でドアが開いた。

 何も無い空中で、月が欠けるように黒い三日月部分が生まれ、そこからでかいトカゲが出てきたのだ。


「まったくだ。人間は馬鹿だな。こんな簡単な罠にかかりおる」


 突然現れた巨大なトカゲは驚いたことに人の言葉を話し、二人をあざ笑い始めた。

 急な展開に巴は目を白黒させるばかりだった。


 何か自分にとって都合の悪いことが起きているのは分かるが、それがどういう着地点に行きつくのかまったく予測がつかなかった。

 そうしている間にも自体は進行していく。


「こんな奴らの脳でも使えんことは無いだろう。レア」


 巨大なトカゲに指示されてレアが動き出す。

 最初のターゲットとなったのは美玖だった。四肢を拘束されたまま、巨大なトカゲの前に引きずり出される。


「ちょっと待ってください! あなた人の言葉が話せるんですね? 私たちを見逃してください!」


 しかし彼女はそこで諦めずに、巨大なトカゲの前で声を上げた。


「あなたが荒神のナエドコですね? ミッションに名前が載っていました」


 巨大なトカゲは機嫌が良さそうに喉を鳴らした。


「面白いな。そんな風にはっきりと命乞いをしたのはお前が初めてだ。うむ、わしは神からナエドコと呼ばれておる。今、他のもっと良い名を探しておるところだがな」


 ナエドコはお喋りが好きなようで、その後もつらつらと話を続けた。


「本来なら話などせずに殺すところだが、そうだな。初めて堂々と命乞いをいた人間には特別にいろいろと教えてやろう。冥土の土産と言う奴だ。では、まずはわしが話せるようになったわけを教えるとするか。わしは生まれた時から自分が特別だということが分かっていた。周りとは異なる、はるかに優れた能力を持つ者だということが自然と理解できた。だからこそこうして荒神にまでなれたのだ」

「その能力は、いったい何だったんですか」


 美玖が尋ねた。彼女は単なる相槌として訊いているだけで、微塵も興味が無いことは明らかだったが、その言葉でナエドコはさらに勢い付いた。


「それはな、食った人間の存在を引き継ぐ能力だ」

「存在?」

「ああ、知識、経験、癖、形質、あらゆるもの全てだ。その能力のおかげでわしは知恵を得て、話すことができるようになったのだ。そして荒神になった時も、多くが巨大化する道を選ぶ中で、わしだけが新たな能力を獲得することを選んだ。巨大化にそれほど旨味が無いことを知っていたからな。代わりにもっと良いものを手に入れてやった。自閉空間を行き来する能力と分体を作る能力だ。前者はわしが出てきたのを見ていれば分かるだろう。あのように自分だけの空間を持ち、いつでも好きな時にそこに入り込めるのだ。後者はここに居るレアや、お前たちを縛っているゴムがそうだ。こいつらはみんなわしから生まれたのよ」


 シハハハハとナエドコは満足そうに笑った。


「じゃあ、どうして私たちを捕まえているんですか? さっさと殺せばいいじゃないですか」


 美玖が話を途切れさせないように質問を繰り出した。

 後ろから見ていた巴にはその理由が分かっていた。もう少しで美玖の手を縛っているゴムが切れるからだ。彼女はずっと、話を聞きながら風刃でジェルを斬ろうとしていた。

 ナエドコはそれに気づく様子もなく自分の話を再開した。


「そうだな。お前たちをただ食うだけならこんな手間をかける必要は無かった。だがわしの能力にも欠点があってな、生きたまま味わった肉でなければ意味を為さないのだ。相手が早々に死んでしまうと十分な存在を獲得できずに終わってしまう。だからわしは常に頭だけは食うようにしておるよ。人間の最も重要な部位である脳を食い損ねないためにな」

「生きたままって……」


 美玖の怯えた声に、後ろからでも顔が青ざめているのが分かった。巨大な口が目の前にある彼女は、その分感じる恐怖も大きいだろう。


「ん、いまさら気が付いたのか。そうだ。お前たちは今から、生きたままわしに食われるんだよ」


 シハハハハハハハと一際大きな声でナエドコが笑った。




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