いつも綺麗だったあの娘
運命の三回目のDCW。この時のことを、巴は今でも隅から隅まではっきりと思い出すことができる。
冷たい風が吹いていた。辺りの空き家の庭を見ると、鮮やかに色づいた木の葉が付いていたので、秋のステージだったのだと分かる。
しばらく待っていると、美玖がやって来た。
「やっほ、今日も頑張ろうね」
「あ、うん」
明るく話しかけてくれる彼女に対して、コミュ障丸出しの返事をしてしまったことが恥ずかしくなる。
美玖はいつも綺麗だった。彼女も巴と同じく厚めのパーカーとジャージのズボンを穿いていて、装いはほとんど同じなのに、自分と違って向こうは垢ぬけているように思えた。邪魔にならないように髪をまとめる時も丁寧に編み込んでおり、そういうところからも身だしなみに対する意識の差を感じる。面倒だからといつも短く切っている自分とは雲泥の差だ。
「春原さんはスキルどうするの?」
「わたしは、生命は一度据え置いて刀を上げるのに集中しようと思ってる」
最初に18ポイント、二回目で12ポイントを得ていたので、刀と生命の両方をレベル4まで上げることができたが、先に攻撃力のあるスキルでレベル8を目指そうと考えていた。自分たちだけで荒神を倒さなければいけない以上、多少の危険は覚悟しなければいけない。
「いいなあ、レベルがポンポン上がって」
「わたしは運がよかっただけだから。美玖もそのうち上がるよ」
美玖が巴を春原さんと苗字で呼ぶのに対し、巴は下の名前で呼んでいた。それは最初に呼んだ時にそうなってしまったからなのだが、いまさら意識して変えるのも変に思われないかと気に病まれ、ズルズルとそのままになってしまっていた。美玖にも名前で呼んでもらえないかと思い、今は切り出す機会をうかがっているところである。
美玖が風Lv3を獲得し、二人で新たなスキルの具合を確かめようとしたところで、正面から二匹の荒魂がやって来た。大型犬ほどの大きさのエメラルド色のトカゲ。間違いなく上級荒魂だ。
敵は素早く駆け寄り、襲いかかってきた。二人はすぐに戦闘態勢に入り、応戦する。
美玖の風スキルの技は風刃という名前で、手元に風の刃を作り出す効果を持つものだ。その刃を敵に向かって振り下ろした。
しかし、はじかれる。
「きゃっ」
「美玖!」
予想以上に硬い鱗にはじかれ、そのまま美玖はぶちかましを食らってしまった。彼女の悲鳴に気を取られた直後、巴も強い衝撃を受け、転ばされる。
「ごめん、私は大丈夫だから」
美玖の気丈な声だけを聴いて、巴もすぐに立ち上がる。
このままやられるわけにはいかない。
巴はすぐさまレベル4で獲得した新たなスキルを使うことに決めた。雑な説明文を読んだだけだが、使い方は知っている。
「ほら、もう一度ぶつかって来なよ」
残切を用意して敵を挑発する。
緑トカゲは迷わず飛び込んできた。
どうせ刀は折れても構わない。一度しまってからもう一度取り出せば、新品の状態で出て来るのだから。
彼女はそう判断し、体当たりを刀身でガードした。後ろに押し飛ばされながら、残切を発動する。
「ガアアアア!」
スキルは見事成功した。緑トカゲは深く身体を傷つけられ、身体から緑色の血らしきものを流す。
しかし、同時に彼女の身体にも異変が起こった。急に身体が重たくなり、吐き気を催してしまった。
「げぇっ」
両手を地面に付いて、胃の中のものを地面にぶちまける。
「春原さん!?」
美玖の心配する声が聞こえるが返事をすることはできない。
信二さんから新しい技を使うと異常に体力を消費すると聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
息を荒げながらどうにか顔を上げると、緑トカゲがこちらを見ていた。
「グルルルル」
肩が傷ついた方の足を引きずりつつも、その視線は敵意に満ちている。
(逃げなきゃ……!)
立ち上がろうと脚に力を込めるけれど、がくがくと震えるだけで使い物にならない。敵が迫ってくる。
もうダメだと思ったその時、突如一人の男が現れた。男は緑トカゲに駆け寄ると、その巨体を蹴り飛ばす。緑トカゲは重力に逆らって宙を舞い、地面に叩きつけられた。そしてそのまま白い砂になって消えていく。
「え……?」
視界の端で美玖も呆然としているのが分かった。
美玖を襲っていたもう一匹の緑トカゲが男に飛びかかり、同じように瞬く間にやられる。
一瞬で二匹の上級荒魂を倒してしまった。
男はゆっくりと歩み寄り、巴が立ち上がるのに手を貸すと、ハンカチで彼女の口を拭いさえした。
「大丈夫デスカ」
「え、あ、はい。ごめんなさい」
狼狽えつつ謝る。他人に吐しゃ物を見られたという羞恥心が遅れて彼女を襲った。
「春原さん、大丈夫だった?」
美玖も気づかわし気に尋ねてくる。
巴は「うん、大丈夫」と返事をして、生命を使用し、体力を回復させた。
「それで、えっと、貴方は誰ですか?」
場所を移してから、美玖が男に尋ねた。
巴は空き家の前に座り、休ませてもらっていた。生命を使用したのだから必要ないのだが、念のためだと美玖から休むように言いつけられたのだ。
「私ハ、コノゲームノ、参加者デス」
ツルツルの禿げ頭に、つぶらな瞳をした男は、拙い喋り方で答えた。
「スイマセン。私ハ、外人デスカラ、話スノガ、上手イ、ハ、無イデス」
「そうなんですか。大丈夫、あなたの言っていることは理解できますよ」
美玖は淑やかに微笑んで頷いていた。
少し離れた場所で話を聞いていた巴には、男の話し方に奇妙なノイズが混じったような違和感があるように聞こえたが、それが日本語が不自由なせいだと言われて納得してしまった。
「でも、どうしてこちらに?」
「私ハ、ゲームノ参加者デスカラ、協力シテ、ミッションヲ、シマス」
男の話は語彙が少なく、いまいち要領を得なかったが、辛抱強く話を聞いて行くと、チームでミッションに当たるということらしかった。
確かに、そういう場合があると信二さんから聞いていた。
「そうだったんですか。あなたのような強い方が仲間で心強いです」
美玖は男が聞き取りやすいよう、あえてゆっくりとした話し方をしていた。
自分だけが置いて行かれているように感じ、巴は立ち上がって二人の間に割って入った。
「それで、名前は何て言うんですか?」
「私ハ、レア、デス」
聞き慣れない発音だった。アジア系の顔立ちだが、どこの国かは分からなかった。
レアはそれ以上の会話を厭うようにして、突然歩き始めた。
「行キマショウ。急グ」
「え、どこにですか?」
「アチデス」
レアに促され、二人は彼の後に続いて歩き始めてしまった。
この時もっと警戒するべきだったのだと思う。例えば上級荒魂の看板は一つしかなかったのに二体もそれらしき荒魂が出てきたとこだとか、アプリには合同ミッションについて何も書かれていないことだとか、マップを見るとレアの反応が映らなかったことだとか、そういう小さな部分を追求していけば見抜くことができていたかもしれない。
しかし危ないところを助けてもらったために、二人とも彼のことをすっかり信用していた。些細な疑念は全て、そういうこともあるだろうと流してしまっていたのだ。
それが全て敵の作戦だとも知らずに。
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