因縁
「ふぅ~、まいったね。巴ちゃんっていつもああなの?」
赤城が脱力して言った。
先ほどまでのリーダーシップは影も形も無くなっており、これが素のようだ。
「そうですね。初めて会った時はあんな感じでしたね」
玲於奈が答えると、赤城は「よく一緒にやって来れたね」と笑った。
「いえ、俺はまだ四回目なんですけど、最初の二回は別行動だったんで」
「あ、そうなんだ。それについて何か理由は言ってた?」
「今と同じで雑魚とは行動したくないって感じでしたね。結局は協調性の欠片もない暴君タイプなんですよ」
話しているうちに腹が立ってきた。気を使っていろいろと声をかけていたのに、あんな言い方は無いだろう。別に自分だって彼女の助けなど必要としていない。最初の二回は一人で生き延び、三回目だってどうせ一人でできた。
しかし玲於奈の言葉を聞いた瞬間、赤城が腹を抱えて笑い始めた。
「アッハッハッハッハ! 雑魚に暴君か! それは傑作だ!」
何が面白いのか、赤城は笑い転げている。
「今の話に面白いところありました?」
若干ムッとして玲於奈が尋ねると、赤城は涙を拭いて詫びた。
「いや、ごめん。あの巴ちゃんがそんな風に思われているなんておかしくてね」
「どういうことですか?」
意味が分からず、玲於奈は再度尋ねる。
「実はね、俺たちは前にも会ったことがあるんだよ。こっちの他のメンバーはもう忘れてるみたいだけど、俺はきちんと覚えてるよ」
「え、会ったことがあるって、どこでですか?」
「どこって一緒にDCWに参加したんだよ。だから、君の知らない昔の巴ちゃんのことも知っているよ」
自分の知らない巴。その言葉でなぜか胸がざわついた。
赤城がニヤッと笑って言った。
「知りたい?」
「知りたいです。教えてください、あいつに昔何があったのか」
これまで玲於奈は想像するしかなかった。仲間が死んだのだろうと思っていたが、本人からその詳細を聞いたことはない。
今ならその全容が聞けるかもしれない。
しかしその前に、玲於奈は赤城の袖からポタポタと液体が垂れているのに気が付いた。
「あれ、赤城さん。血が出てますよ。もしかしてさっき斬られた時にかすってたんじゃ」
治癒を使おうと近づくと、赤城は素早く腕を背中に隠した。
しかし彼は見てしまった。今、垂れていた血の色がおかしかった。
下を見れば、滴り落ちた血が、地面を緑色に染め上げている
「え、なんで……」
瞬間、前から首を思い切り殴られた。バランスを崩したところで腕を取られ、さらに肩と腹に打撃を加えられる。
訳も分からないまま、玲於奈は地面に倒れ伏せた。身体が重くて立ち上がれない。殴られた箇所に奇妙な緑色をしたジェル状の物体がへばりついていた。
今日はよく不意打ちで転ばされる日だ。警戒心が足りないのかもしれない。
赤城が血を見つめて言った。
「あーあ。適当におしゃべりして後で仲間とリンチしようと思っていたのに。もしかして狙ってやってたのかな。抜け目がないな、巴ちゃん」
「どういう、こと、ですか……?」
殴られた喉が痛くて上手く息ができなかった。それでも声を振り絞って尋ねる。
玲於奈の問いかけに、赤城は邪悪な笑みを顔いっぱいに広げた。
「最初の質問と合わせて答えよう。これが答えだよ。巴ちゃんは昔、今の君みたいに俺たちの罠にかかったんだよ!」
巴が道の真ん中を歩いていると、彼女が予想していた通り後ろから黒澤が腕を捻じり上げてきた。反射的に手首を回して刀を二、三度振ったが、全てかすりもしなかった。そのまま締め上げられ、地面に押し倒される。刀はすぐに取り上げられた。
「チッ……」
必要以上に強く押さえつけられ、思わず舌打ちが漏れる。
巴が倒されてしばらくすると、目の前の空間が裂け、中から巨大な緑色をした龍が出てきた。その龍は二股の尾を持ち、腐ったドブ川のような醜悪な緑色をしていた。四本の足は宮殿の柱のように太く、逞しい。驚いた表情のようなお面を顔に付けている。ただしお面は右目から上方向にひびが入っていた。かつて巴が付けたものだ。
「シハハハハ、今回の得物は活きが良いようだな」
龍はしわがれた声で言った。
「そうだな。まずは自己紹介をしようか。わしは」
「ナエドコだろ。知ってるよ」
あえて相手の言葉を遮って巴は言った。相手を挑発し、怒らせることが第一の目的だからだ。
「わしをそう呼ぶのは止めろ。わしはワイズ。今はそう名乗っている」
「へえ、名前変えたんだ。身の丈に合わない名前だな」
「貴様、わしを愚弄するつもりか」
ワイズは簡単に苛立ちを見せた。
これも予想通りだ。相手は言葉を覚えたばかりの子供のようなもの。煽り耐性が無い。
しかし巴の方でも、これ以上我慢ができるか怪しかった。今すぐにも飛びかかって相手を叩き斬ってやりたかった。
ワイズは余裕を見せようと、咳払いを繰り返した。その声だけで巴は頭に血が上り、気が狂いそうだった。
「まあ、よい。これから死にゆく者の戯言として聞き流してやろう」
「さすが、器が大きい。人の言葉を話すだけはあるな」
怒りを堪えて会話を続けると、この言葉がワイズを大いに怒らせた。ワイズは口から泡を飛ばし、ものすごい剣幕で怒鳴り散らした。
「貴様、このわしを人よりも知能が劣った獣のように思っておるのか! 馬鹿にするなよ! よいか、わしはこれまでに十九人の人間を食い、その全員の頭脳を得たのだ! 貴様ら人類よりも遥かに優れた知性を持っておるのだぞ! 他の荒神どもが馬鹿の一つ覚えで巨大化する道を選んだ時も、わしは新たな能力の獲得に力を使った。賢いからだ! 分かるか!」
「新たな能力って、逃げるために空間を渡る能力のことだろ? 腰抜けのお前らしいじゃないか」
「なにを分かったような口を利きよって……」
そこまで言ってワイズは急に怒りを忘れた。首を傾げ、巴の顔をじっと見つめる。
「貴様、どこかで会ったことがあるか……?」
(忘れやがったのか……!)
その事実だけで、はらわたが煮えくり返りそうだった。だが相手が冷静になれるようではまだ足りない。向こうが我を忘れるくらいに怒らせなければ。追い詰めたところで別空間へと逃げられてしまう。前回のように。
歯を食いしばって怒りを噛み殺し、彼女はワイズを嘲笑した。
「やっぱりお前は賢くないじゃないか。忘れっぽい馬鹿だな」
ワイズを怒らせるには、とりあえず頭が悪いと言ってやればいい。プライドの高いワイズにはそれだけで十分だ。
案の定ワイズは思い出すことをやめ、再び巴を怒鳴り始めた。
「貴様! まだわしを馬鹿にするのか! わしは十九人の」
「脳みそを食べて知識を得たんだろ。だったら思い出してみろよ、わたしが誰なのかを。それとも十九個の脳みそがあってもお前には管理できないか?」
「ええい、もういい。黒澤! さっさとこいつを殺せ!」
ワイズは後ろの黒澤に命令した。
黒澤が口を大きく開け、巴の頭に噛みつこうとして─
(ここまでか)
─そのまま頭が地面に落ちた。
「なに!?」
驚くワイズを横目に、巴はゆっくりと立ち上がった。自由になった肩をグルグルと回す。
相手を激昂させるくらいやりたかったが仕方がない。十分に怒らせることはできただろう。それに、彼女の方でも我慢できなかった。
「わたしは罠にはまったんじゃない。罠にはまったふりをしてお前をおびき出したんだよ。こうでもしないと臆病なお前は出てこないからな」
「どういうことだ? 貴様、わしの黒澤に何をした?」
未だに分かっていないワイズは狼狽え、わめくように質問を繰り返した。
「わたしのことは思い出せなくてもさ、この技は覚えているだろ」
彼女は乱雑に刀を振った。青い光が舞い散る。
「そ、それは、まさか……」
「残切。かつてお前の顔にひびを入れた技だよ」
赤城さんが巴のことをちゃん付けて呼んでいるの、NTRっぽくて好きです。
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