四回目のスタート
「いや、俺の理想の彼女はあいつじゃないけど」
「え、違うの?」
玲於奈は、小野寺が何か勘違いしているんだと思って言った。
「俺の理想の彼女はもっと良い匂いがして、甘々で、全身が砂糖菓子でできているような女の子だよ」
「それは砂糖菓子だよ」
間髪入れずにツッコミが入った。
「僕はてっきりその子が秋山氏の理想の彼女だと思っていたけど。秋山氏が会った女子のことを話すのも初めてだし、話を聞く限りでは概ね例の条件も満たしているんじゃないの?」
言われてみると、『頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても平等に思いやりを持って接するが、まだキスもしたことが無いほど初心で年下の彼女』のうちのいくつかは満たしているように感じる。
しかし玲於奈は笑ってその考えを否定した。
「まさか。春原巴は思いやりっていうか、重い槍を持って突撃してきそうな奴だよ」
きっと小野寺は会ったことがないからまだ分からないのだと、彼は断定した。
だいたい条件を満たしていると言っても容姿端麗と年下だけだ。頭脳明晰や初心かどうかについて詳細は知らないが、巴は初心と言うより肝が据わっていそうだ。
小野寺は特にその点について争うつもりは無く、ただ「ふーん」と唸った。
「秋山氏がそう言うなら、違うんだろうね」
「違うに決まっているだろ。理想の彼女には一回だけ死の間際に会えたけども、やっぱり全然違ったね。月とスッポンくらいに違った」
「分かったって」
その後も玲於奈は何度か違うだろうと自答し、巴が理想の彼女ではないことを確かめた。
(そもそもあの娘は舌打ちとかしないから)
「それで、四方結界の他にはどんなスキルがあるわけ?」
小野寺に続きを促され、玲於奈は空間スキルの説明に戻った。
「次の障壁は読んで字のごとくバリアーだな」
彼は意味もなく腕をクロスさせて障壁を発動させた。彼の目の前に透明な壁が現れる。こちらのサイズは一平方メートルが限界だった。
「これって強度はどれくらいなの?」
「試してないからよく分からないが、荒神の攻撃は防げないんじゃないか」
玲於奈は三ツ首チヒモ虫の破壊光線を思い出して言った。あれを目の前の薄い壁で防げるとは思えない。
「強度に心の壁は関係ないんだ」
「まったくないな」
あの名作アニメの自我境界とは違う。
「ふーん、残念だね」
「あったら俺のバリアーは無敵だったのにな。これはせいぜい、上級荒魂なら防げるくらいじゃないか」
だいたい、レベル4~6は上級荒魂と戦える程度の効果だったりする。
それから玲於奈は次の技を思い出し、にやりと笑って言った。
「最後の接手はちょっと面白いぞ」
実演した方が早いだろうと、彼は自分の右手で左手首をつかんだ。そしてスキルを使って力を込める。
「え!?」
初めて小野寺が驚いた表情を見せたので玲於奈はちょっと嬉しくなった。
彼は取り外した自分の腕を振って見せて言った。
「この技では触ったものをブロックみたいに取り外しできるようにするんだ」
取り外した後も腕の感覚はつながっており、自由に動かすことができる。彼は指を這わせ、自分に左手に周辺を歩かせた。
「え、これ元に戻るの?」
「もちろん。はめれば元に戻るぞ」
外した断面に凹凸があり、そこを繋ぎ合わせると元に戻すことができるようになっている。その他、物に対してでも同じことができた。
それを見て小野寺が思いついたように言った。
「これで死体をばらすのが楽になったね!」
「だから犯罪だよ!」
そこまで話したところでちょうど予鈴が鳴った。
玲於奈がスマホを見ると、アプリのローディング画面が10パーセントほど溜まっていた。このペースでいけば次のDCWはまた二週間後になるだろう。
玲於奈は高レベルのスキルも得たことで、次のDCWからはクリアがずっと楽になるだろうと思っていた。そしてあと六回クリアすれば、願いが叶うと信じていた。
しかし思い通りに行かないのが世の常。次のDCWでその両方が崩されることとなる。
四回目のDCWに入ると、巴がイヤホンをして膝を抱え込んでいた。久しぶりにその姿を見た気がする。前回ではほとんど音楽を聴かなくなっていた。
「よう、二週間ぶり」
声をかけると巴がこちらを見た。ひどく険しい荒んだ眼をしていた。機嫌でも悪いのかもしれない。すでに刀を手にしていることからもそのことがうかがえる。彼女は初めて会った時のように、近寄りがたい雰囲気を出していた。
彼はそんな巴を上から下までしっかりと観察して言った。
「うん、やっぱり違うよな」
「何が?」
「何でもない。こっちの話だよ」
目の前のこんな険悪な感情を見せる少女が理想の彼女のはずがないと、玲於奈は認識を新たにした。
気を取り直して周囲を観察する。いつもと変わらぬ謎の住宅街。天気は曇りだが、風が強く、そして気温が低かった。
「今回のステージは少し寒いな。現実とリンクしていないのか?」
玲於奈が尋ねると彼女はとげとげした雰囲気を少しだけ和らげて、
「まあ、そうかな。だから次からは体温調節しやすい服でくるといいよ」
と教えてくれた。
だから彼女は毎回厚手のパーカーを着ているのかもしれない。動きやすさと肌防御に優れているからだと勝手に思っていた。
スタート地点の看板をチェックすると、今回は荒神一体と上級二体と示されていた。二回目と比べれば比較的やりやすい方だろう。
「じゃあそろそろ行くか」と口に出して言った時、玲於奈と巴を挟み撃ちするようにして二匹のカバ程度の大きさの荒魂が現れた。身体が濁ったエメラルド色をしており、顔に白い仮面をつけている。尾が長く、どことなく例のゼリートカゲの面影を残していた。「グルルルル」と唸ってくるだけのため、こいつらは喋らないのだろう。
玲於奈は、もしかしたら巴は自分が来る前にもゼリートカゲを見つけていて、だから機嫌が悪いのかもしれないと思った。トカゲが大嫌いだと言っていたから。
この二匹は大きさからして上級荒魂だろう。いきなり上級荒魂と出会うとは思っていなかった。
しかし二匹が荒神と出てこなかったのは好都合である。今の彼らにとって、上級荒魂を一匹倒すくらいのことは造作もない。
巴は立ち上がると、不機嫌そうに顔をしかめて言った。
「そっちは自分でやって」
「分かってるよ」
一匹ずつ自分に近い方を請け負う形だ。
玲於奈は鋼糸で道路のアスファルトを削るようにして手に取ると、それを目の前の緑トカゲに向けて投げつけた。
敵は警戒し、投げられた石つぶてを巨大な舌でガードする。
しかしそれでいいと思ってはいけない。今の玲於奈の攻撃力は、最高レベルにまで達しているのだから。
「甘いんだよ」
彼は石が当たった直後、糸スキルの二つの技を発動した。使ったのは無限糸と操糸だ。
投げた石が鋼の糸に変わり、独りでに動き出す。細く鋭い糸は、針のように容赦なく敵の舌に食い込んだ。
「ギャアアア!」
緑トカゲはのけぞり舌を口の中にしまい込むがもう遅い。玲於奈は舌を通じて糸を敵の体内に潜り込ませた。
玲於奈が糸を動かしている間に、緑トカゲが反撃に出た。体内を異物が動き回る痛みを堪えて突撃してくる。
よく太っており、重量のある敵が迫ってくる様はなかなかの迫力だ。体当たりされて上からのしかかられたりすれば骨が折れるだろう。
だが今の玲於奈に死角はない。
彼は自分の前に障壁を出して軽々と突撃を防ぐと、先ほど触れた地面を鋼糸に変えてやった。突如下から突き上がる鋼糸を緑トカゲは避けることができない。そのまま腹からも串刺しにされる。
「ギャアアア!」
「お、あった」
騒ぐ緑トカゲを横目に彼はゆったりとした声を出した。
潜り込ませた糸が黒球を見つけたのだ。背骨の上、ちょうど肩と肩の間にあるようだった。そのまま全身に潜り込ませた糸を黒球に集め、周囲の皮膚を食い破るようにして黒球を取り出すと、彼はそれにナイフを突き立てた。
たったこれだけでお終いである。上級荒魂の相手が、なんとも簡単になったものだ。
後ろを振り返ると、巴の方も終わらせていた。ポケットに手を入れて玲於奈の戦いを観戦している始末である。
Vサインをして話しかける。
「余裕だったろ」
「うねうね動いてキモかったけどね」
「ああ、あれは毎晩チヒモ虫が体の中に入ってくる夢を見るから思いついたんだ」
「トラウマになってんじゃん」
巴はそう言って、ようやく小さくだが笑った。
実は玲於奈もいろいろと大変。
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