第9話『デートじゃないから! ラーメン旅だから!』その2
違和感は突如として足元に現れました。足元が滑ったのです。さらさらとした砂が、足元を後方に流れていました。
「え?」
次の瞬間にはその流れは立っていられないほどになり、私たちはうつ伏せに倒れこんで後方に──商店街の方へと引きずり込まれていきました。
「なんだこれ!? なんだこれぇ!!」
路上に駐車された車すら、砂の勢いに飲まれて商店街へと『落ちて』いきます。
「わかりませんが、とにかく変身です!」
「迷って場合じゃないか!」
「「グラスアップ!」」
メガネっこに変身し、地面から跳躍しました。
アーケードの上に着地します。商店街の奥の方に、この異変の犯人がいました。
丸々と肥えた巨大な体。大顎と、似つかわしくないサングラス。
「なんだよあいつ!」
「おそらく、アリジゴクだと思います。グラスアリジゴク……言いにくいですが」
「名前は聞いたことあるけど! 獲物を穴の中心に引きずり込むんだっけ!?」
「はい。成虫はウスバカゲロウになります。でもウスバカゲロウってカゲロウではないらしいですね?」
「いや、何の話してんの? 今はいいだろ、雑学は」
地面を流れる砂、おそらくこれがグラスアリジゴクの能力。商店街の中心が穴の底で、自分のところまで周囲から人や物を落としていくつもりですか。
アーケードが残っていたのは幸いでした。地面を避けて、グラスアリジゴクに近づけます。
「あかっ……イインチョー! やばい! 姫乃さんが捕まってる!」
グラスアリジゴクの腕に、姫乃さんが捕まえられていました。
まだ商店街の中に残っていたのです。一気に状況が切迫してきました。
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姫乃コハクの中でも、一気に状況が切迫していた。
グラスアリジゴクの能力が自分の元へ周囲のものを『落とす』能力だと、もう少し早く気がつくべきだったのだ。グラスアリジゴクは自分を生み出した姫乃コハクを真っ先に捕らえてしまった。いや、そこまでは別に問題ではない。自力で脱出しようと思えば簡単に脱出できるのだ。問題なのは、思いの外早くメガイインチョーとメガダッシュが駆けつけてきてしまったことだった。
とにかく困っていた。正体を晒すのはまだ尚早であったし、下手に彼女たちの変身した姿を『見える』と悟られるのはまずい。
狸寝入りというか、気絶したフリが最適解だろうと姫乃コハクは結論付けた。
ーーーー
姫乃さんは気絶してしまっているようでした。この怪物から、一刻も早く彼女を助けなくてはいけません。
「ミンナ……ミンナ、キテ!!」
グラスアリジゴクの引き寄せ能力が、ついにアーケードにすら影響を及ぼし始めました。よく見ると、アーケードの支柱が地面に飲み込まれていっています。
「オレが行く! イインチョーはサポートを頼む!」
「まかせました!」
ダッシュがグラスアリジゴクの懐に飛び込んでいきます。姫乃さんを救出するまでは、私の炎の攻撃は危険です。
「うおりゃあ!」
グラスアリジゴクの体に、ダッシュが蹴りを入れました。
「オミセ……ミンナ、モットキテ!」
グラスアリジゴクが、黒い液体を口から吐き出します。私は、大慌てでダッシュに指示を出しました。
「いけない! それは絶対に避けてください!」
ダッシュが間一髪で液体を避け、液体はアスファルトに降り注ぎました。黒く煙を上げながら、アスファルトが溶けていきます。
「忘れていました! アリジゴクは、消化液も吐けるんです!」
「カゲロウがどうのこうのよりこっちが知りたかったかな!!」
攻める手が止まってしまったそのとき、緑の疾風がアーケード上に降り立ちました。
「これは……いったいどういう状況なのだ!?」
バッタの怪人・グラスホッパーでした。声には焦りがにじんでいました。
「どうもこうもないだろ! 毎度毎度、人間を勝手に怪物に変えやがって!」
「お前は……メガダッシュだったか。そうか、お前たちからはそう見えているのか」
グラスホッパーがもう一度グラスアリジゴクを見て、再び私たちに目線を戻しました。
「だが、これだけは言っておこう! 我々は不必要な犠牲を望んでいない。あの少女を必ず救うのだな!」
そう言い捨てて、グラスホッパーが飛び去っていきました。
「自分たちでやっておいて何言ってんだ! 言われなくても助けるに決まってるだろ!」
「あの人、一体何しにきたんですかね……」
「知ったことじゃない! 燈、何かいい案ないか!?」
私は周囲を見回し、グラスアリジゴクに引き寄せられている軽トラックに目をつけた。そして、人を呼び寄せたかがっている怪物にも目を向けた。
「あの怪物は、人を取って食うために引き寄せているわけではなさそうです。ならば逆に、そのことを利用します!」
「それは……どういうことだ?」
「私が囮になります! ダッシュはとどめをお願いします! グラスアップ!」
《グラスアップ グラス2に移行します イインチョーク生成》
「待て、危険じゃないのか!? 策があるんだよな!?」
ダッシュにサムズアップで返しました。
アーケードから飛び降り、軽トラの上に着地します。軽トラはアリジゴクに迫っています。しかしこれは、向こうがそう望んでいること。警戒されずに懐にもぐるには、敵の目論見に乗ってしまうのが一番です。
「オミセ……ツブレルノヤダ……サミシイ……サミシイ!!」
怪物の至近距離まで近づくと、怪物は私を見つけ、大事そうに腕で抱え上げました。
「オキャクサン……イラッシャイ……」
「ごめんなさい。私はお客さんじゃないんです。メガグラスアップ」
《メガグラスアップ 承認しました》
イインチョークを炎の短剣に変え、私を掴む腕を断ち切りました。
「メガネっこ・フレイムストラッシュ!」
そして、今度は姫乃さんをつかんでいる腕に振るいます。怪物の腕が姫乃さんを手放し、私は空中で彼女を抱きかかえました。
「今です! ダッシュ!」
「了解! メガグラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
ダッシュがグラスアリジゴクのサングラスに向けて、空中から蹴りを放ちました。
「メガネっこ・ブルーウィンドブレイク!!」
怪物のサングラスが砕かれ、悲しい客引きの幕がおりました。
ーーーー
怪物に変えられていたのは、幼い少女でした。まだ未就学のようにも見えました。
寝息を立てている彼女に何とか目を覚ましてもらって家まで送り届けました。ごく近所、というかまさに彼女が怪物化した近くの店がそうでした。今日目の前を通った、最近やめてしまった店の子だったようです。
姫乃さんが、ゆっくりと目を覚ましました。
「……わたくしは?」
「立ちくらみか何かじゃないでしょうか? 一気に食べ過ぎたから、血糖値がうんぬん」
無理があるだろ、と風太郎がアイコンタクトを送ってきました。ですが、仕方がないでしょ?
「夢を見ていたようですわ。……すごく格好のいい女性の方が、わたくしを助けてくれたのです」
「あ、あはは、それは不思議な夢ですね……」
恍惚とした表情で宙を見る姫乃さん。私は内心冷や汗が出ていました。
「お嬢様!」
「あら?」
商店街の奥の方から、姫乃さん家の執事らしい方が走ってきました。
「あまり私めを心配させないでください!」
「……そうですわね。迎えありがとう」
それでは、と姫乃さんが帰っていきます。私たちも踵を返して歩き出しました。
「……許せない」
帰りがけ、風太郎が言いました。
「あんな小さい子まで巻き込んで。姫乃さんのこともだけど」
「……そうですね。っと……」
思わず足元がふらつき、風太郎がとっさに私の体を支えました。
「大丈夫か!?」
「すみません、ちょっと立ちくらみです。大丈夫」
風太郎が私の顔を心配げに見つめてきます。
しばらくして、私の体の前に回していた腕を風太郎が慌てて離しました。
「ご、ごめん。急に触っちゃって……!」
「いえ、助かりました。ありがと」
ふうと私はため息をつきました。風太郎がなおも、不安そうに私を見ました。……風太郎のそういう顔は、あまり見たくありません。
「戦闘もありましたけど、姫乃さんにネルネさんと、いろいろあって疲れましたね」
「ネルネ?」
「ああ、そっか。風太郎はちょうどいなかったっけ。それはまた明日話しますね。……私が言いたいのはですね。今度は二人で行きませんか? ヤスコ」
「二人で!? そ、それって。デ……」
「私、友達とヤスコに行ったことなかったんです。今日は楽しかった! また行きたいじゃないですか。風太郎が一番気を使わなくていいし」
「あ、なるほど。はい。いいですね」
だからなんで敬語?
「風太郎」
「はいっ」
「敬語は嫌です。前も言ったと思いますが……風太郎と距離を感じちゃって、嫌なんです」
「ああ、そうだった……いやでもさ、燈はずっと敬語だろ」
「私はいいんです。これは生まれつきなので」
「わがまますぎる」
風太郎が笑いました。
うん、こっちの顔の方が好きです。
ーーーー
「いやあ、本当はそのとき来ようと思ってたんだけど、時間なくなっちゃったんすよ」
「いいっていいって。おじさんの店なんていつでも来れるんだからさ、若者は今しか行けない所にいかないと!」
グラスコーヒー。風太郎が先日燈たちと来られなかったことを謝った。グラスコーヒーのマスターは、風太郎に例を一つ提示しました。
「そう、例えば小洒落た、隠れ家みたいな喫茶店とかね!」
「悪かったっすよ。今度はみんな連れてくるから」
痩身の中年の女性店員(マスターの妻、宮内律の母)が、風太郎の座っているカウンター席の隣に腰掛けて耳打ちをしました。
「風太郎ちゃん風太郎ちゃん、律とはどうなの?」
「は? どうって?」
「もー! なんかないの? 中学生になってさあ、関係性に変化とかぁ」
「ないっすねえ」
「ちぇ~。つまんないの。じゃあじゃあ、律と冬馬は?」
「私があの陸上バカとどうのこうのあるわけないだろ」
宮内律が帰ってきていた。
「あらおかえり。帰ってたの。部活は?」
「テスト前だから今日からしばらくないよ。……それより母さん。加賀美に聞くなら、明鏡さんのことのほうがいいよ」
「明鏡さん? あ! この間の女の子!?」
「律つん、余計なことを……」
「ええー幼馴染だっけ!? どんな関係なのー!?」
「私のデータに狂いがなければ、加賀美が恋をしている確率99.9パーセント……」
「何なんだよこの店は!? ガールズトーク喫茶!?」
「おじさんも混ぜて欲しいなー」
「混ざらなくていいから!!」
香は、笑いながらプレートを振った。
「ごめんごめん。風太郎ちゃん、いじりがいがあるからつい」
「……恋とかじゃないっすよ。オレの気持ちは」
律がメガネを直した。
「バカな。私のデータが外れた?」
「律つんはどんなキャラなんだよ」
風太郎がコーヒーを啜った。目を細めた。
「そういうのじゃなくてさ。あの人はオレにとって──」
店のドアの鐘が鳴った。マスターが挨拶をした。
「いらっしゃ……ああ! 噂の明鏡さんじゃないの!」
「あ、すみません。その、風太郎の姿が見えたので」
「上の旧社務所に行くんでしょ。うんうん、気にしなくていーよ~」
「じゃ、マスターまたくるから」
「うん。またね!」
「勉強しろよあんたらも。1年とはいえ」
「わかってるよ律つん」
風太郎がほほえんで出ていった。その後ろ姿を見送り、マスターと香が頷きあった。娘である律は苦い顔だ。
「実際さ、あのくらいの年齢の子って、親よりも友達だよね。僕らじゃ踏み込めないこともさ、軽々越えていくんだもの」
「いいわよね~、青春!」
「はいはい。お年寄りには眩しいよね」
マスターだけは、風太郎が少しだけ無理をして笑っていたことを察しているようだった。
「まあ、いいことばかりならいいんだけどね」
ーーーー
秘密基地に入ると、聞き慣れない音が響いていました。
「何ですか、これは」
「わからないけど、嫌な予感がするぞ……」
音の発信地は、旧社務所の中のようでした。鍵が開いている? またグラスセクトがここに来た……!? すぐに変身できる準備をして、勢いよく扉を開きました。
「む!? きたのか、あかり! ふうたろ!」
ネルネが、中で何やら巨大な機械を組み立てていました。あきらかに元の社務所の広さではありません。少なくとも体育館ほどはあるでしょうか。次元がここだけゆがんでいます。配管が四方八方に伸びて、唸り声をあげていました。ネルネは油まみれになっています。
「ネルネさん!? いやなんですかここは!」
「これはな! すごいものだ! あかりたちもすごい思もうはずだ!」
誇らしげに、ネルネが起動スイッチらしきものを押します。
「オクトポリスは、食事も超科学だ! みな、それぞれが好きな味を、それぞれで作る! これがネルネのシェフマシン『三つ星シェフのシェフくん』だ!」
またよくわからない名前がついていらっしゃる。
「使い方は簡単だ! 作りたいもののデータ、いれとく! あとは水と栄養カセットを入れれば、すぐできる!」
ネルネが機械の開口部に、ポリタンクらしきもので水を注ぎ入れ、次いで大きめのカレールーのような塊を何個か投入しました。
『三つ星シェフのシェフくん』が大きく唸りました。
「もうできる!」
配管から煙が上がります。それから一分ほどたちました。
「もうすぐできる!」
ベルトコンベアが動き出します。もう一分ほどたちました。
「いままさにできる!」
ベルトコンベアを、ラーメンどんぶりが流れてきました。排出口らしきばしょに固定され、麺とスープが注がれます。マジックハンドのようなものが、最後にナルトのように見える何かをトッピングしました。この動作にまた一分ほどかかりました。
「できたぞ! 名前をつけるなら……そう! 『インスタント・めん』!」
ネルネが得意げに、私たちにラーメンを手渡しました。
一口すすり、何とも言えない気持ちになりました。決してまずいというわけではないのですが、何と言ったらいいのでしょう。麺が……カップ麺なんですよね。
「どだ!」
「えーと、ネルネさん。とても言いにくいのですけど……」
私は重たい口を開きました。
「似たようなものが、この世界にもすでにあるんです」
次回予告! 苛烈さを増していく戦闘。燈の体力に限界が見える中、風太郎は一人で戦う決意をしてしまう……! メガネっこ、早くも解散の危機!?
第10話『メガネっこ解散ですか!?』その1
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