第8話『デートじゃないから! ラーメン旅だから!』その1
給食がラーメンでした。
金属製の巨大な鍋で運ばれてくる、ラーメンという名称のメニュー。うどんのような味のスープに、運ばれる過程でふやけたやはりうどんのような麺。
「これは何と言う食べ物なのですか?」
姫乃さんが、目を輝かせて尋ねてきました。同じ班なので、机を四つほどつき合わせて給食を食べるのです。私と風太郎、姫乃さんとク私の後ろの席の女子1名。
「ラーメンだよ」
「私はラーメンとは認めません。うどんと言ったほうが正確です」
「美味ですわ!」
ぶっ、と私の後ろの席の女子が姫乃さんの珍妙な言い回しに吹き出しました。
「わたくしの国には、このような料理はありませんでした! ラーメン、というのですね!」
「いやまあ……私もおいしくないとまでは言いませんが。ですが私はこれを、断じてラーメンとは呼びません。そう心に決めているんです」
「燈はなんなんだ? 給食のラーメンに親でも殺されたのか?」
「よくわかりましたね。その通りですよ」
またしても後ろの席の女子が吹き出していました。
「給食、いい響きですわね。私の国にも似たようなものがありました。配給食というのですが」
姫乃さんはどこの国の人なんですかね?
「特にこのラーメンというものが気に入りましたわ!」
「そんなに気に入ったなら」
風太郎が言いました。
「ラーメン横丁でも行ってみたら?」
「なんですのそれは!? 素敵です! ぜひ行ってみたいですわ!」
「ヤスコでしたっけ」
「ぜひ案内してくださいな! 風太郎さん! イインチョーさん!」
結局、日曜日に三人でヤスコ(郊外の大型ショッピングモール)に行くことに決まりました。
クラスの食器類を、校門付近の所定の場所に戻しながら風太郎と雑談します。
「勉強は大事だという話です」
「アニメ鑑賞会だろ?」
「私たちには大事な勉強です」
メガキュアの一気見をしようという相談をしていました。
「場所はどうするんだ? っていうか、一気見ってレンタルでもするの?」
「よくぞ聞いてくれました! 実は私、サブスクでメガキュアが見放題なんです。だからWi-Fiがある場所ならどこでもいいですよ! あ、でも私の家はダメです」
「ま、まあオレも、燈の家で二人ってのはその……問題あるような気がするし」
「そうなんですよ、父にアニメを見ているなんて知られたら何を言われるか。あ! じゃあ風太郎の家は?」
「オレの家!?」
風太郎の目が泳ぎました。
「い、いや、オレの家もちょっと……! 姉さんに見つかったら何を言われるか……!」
「そうなんですか。風太郎のお姉さんも厳しい方なんですね。あ、そうだ! いい場所があるじゃないですか! 神社はどうでしょう!? あそこなら誰も来ません!」
「いや、電気もネットも来てないから」
「……そりゃそうか」
「おいしかた!」
唐突に、目の前を幼女が走り去っていきました。給食委員の子が、唐突に増えた配膳一セットに困惑しています。
「「ネルネ!」」
私たちは顔を見合わせ、大急ぎで食器を片付けて後を追います。
ネルネは、まっすぐ校庭に出ていきました。校庭の隅にコーラルピンクのテントが張られていて、その前でネルネが高さ1メートルほどの四角い機械を整備していました。
「普段どこにいるんだろうとは思っていましたが……」
「あかり! ふうたろ! がっこは?」
「昼休みです。まさかネルネさんが普通に給食を食べているとは思いませんでした」
「給食! よかた。特にあの……細い……」
「ラーメンか?」
「ラーメン言うのか! それだ!」
謎のラーメン人気が本当に謎です。
「てっきり、そこらへんの虫や魚を食べているものだとばかり思っていました」
「バカにしてる! ネルネはオクトポリス人だ! 文明的なものしか食べない!」
「すみません」
風太郎が頭をかきました。
「絵面が絵面だったから勢いで来ちゃったけど……よく考えたら、他の人には見えてないんだから特に言うことはないよな。や、給食は問題になるかもだけど」
「ぷんすか!」
「それは怒っているんですか?」
ネルネは頬を膨らませながら、私たちに言いました。
「ネルネ、あかりやふうたろとあまり離れないようにしてる! いつやつら現れるかわからない! 戦いの自覚もて!」
「気をつけます」
ーーーー
日曜日の昼前。駅前に待ち合わせをしました。
さびれた駅前ロータリーに、似つかわしくない麦わらワンピースの少女が立っていました。傍らには執事らしき黒服の男性もいます。絶対あれ姫乃さんですよねえ……。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「あ! イインチョーさん! いえいえ、わたくしも今参ったところですわ」
通行人たちが私たちを遠巻きに見ているのがわかります。
その遠巻きに見ている人の中に、しれっと風太郎もいました。
「よっ……」
「風太郎! 着いてたんですね」
「声かけにくかったもので……」
心中お察しします。明らかに姫乃さんの服装は浮いています。ご令嬢みたいというか、事実そうなのでしょうが。
「さて、お二人とも合流できましたし! もう大丈夫でしてよ」
姫乃さんが執事に言いました。
「いや、しかし……ううむ、わかりました」
姫乃さんが、去っていく執事に手を振りました。
「あの……良かったんですか?」
ご令嬢をこれからショッピングモールのフードコートという俗の極みのような場所に案内すると思うと、何かとても申し訳ない気持ちになってきました。
「いいのですいいのです。少し過保護なんですわ」
「気になってたんすけど、姫乃さん家って何されてるんすか?」
「国際紛争を解決する、非営利組織です」
わーお。
あまりに規模の大きい話すぎて、私には何の実感もわきません。
「姫乃さんというより、姫乃様ですね……」
「やめてくださいな! コハクでいいですわよ」
いやいきなり名前呼びはちょっと……。そうこう話している間に、ショッピングモール直通のシャトルバスが来ました。ちなみに有料です。単なる路線バスだという説もあります。
「バスの乗り方わかりますか?」
「手取り足取り教えていただきたいですわ」
「あー、乗るときにお金を払うんです」
「一万円あれば足りるでしょうか?」
「いや多すぎですかね……たしか三〇〇円ぐらいだったはずです」
「姫乃さん! とりあえず貸しておく!」
風太郎が、硬貨三枚を姫乃さんに手渡しました。
ドアが開いてしまったので、とにかく私たちが先に乗り込みます。
「よろしくお願いします」
「はーい」
バスの人に挨拶しながら振り返ります。今度は姫乃さんです。なぜでしょう、見ているこっちがドキドキしてきます。
「ごきげんよう!」
「え? ……あ、はい。こんにちは」
バスの運転手の方が困惑していました。
「お金はあなたにお渡しすればよろしくて?」
「あいや、機械がありますので、こちらにお願いできますか」
「ここに入れれば良いのですか?」
姫乃さんが、硬貨投入口になんとか三枚硬貨を入れました。
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございますわ!」
姫乃さんが、ほくほくの顔で歩いてきました。
「できましたわ!」
「よかったです」
本当に。
郊外の大型ショッピングモール・ヤスコ。アルファベットでYASUCOです。郊外にこのショッピングモールができてからは駅前の過疎化にさらに拍車がかかり、休日ともなれば市内中から人が吸い寄せられるスポットになっています。そのヤスコですが、近年別の大型ショッピングモールへの吸収合併が進んでおり、その姿を次第に消しつつあるそうです。盛者必衰、諸行無常の響きがありますね。
その二階フードコートの端に、ラーメン屋が四軒並んだ『ラーメン横丁』というものがあり、それが今回の目的地でした。
うち一軒は空きテナントとなっており、残りは三軒でしたが。
「ここが?」
ここが本当に?というニュアンスの言い方で、姫乃さんが首を傾げました。ごめんなさい。期待させてごめんなさい。都市部であればいざ知らず、地方のモールはこういうものです。一応、この状態でも普段より人がいるのではないでしょうか。日曜日ですからね。主に小さな子供を連れた家族が多く、私たちのような中学生三名様は若干浮いていました。
とりあえずそれぞれの店を決め、私は心配なので姫乃さんの買うのを見届けることにしました。そう思っていた矢先だったのですが
「なるほど! めんもいろいろあるな!」
背後から聞きなれた声が響いてきて、思わず振り返りました。見ると、フードコートの一角にネルネが陣取り、テーブルの上に何杯ものラーメンを広げていました。すでに完食したらしいどんぶりが二、三杯積まれています。
「ごめんなさい姫乃さん、私ちょっとお手洗いに」
ネルネを後ろから抱きかかえて、フードコート隅のトイレにネルネを連れ込みます。
「あかり! なぜいる!」
「いやこっちのセリフです! 何してるんですか!?」
「研究のいっかんだ!」
「ラーメンの?」
「うん」
私は眉間に手を当てました。
「いや、いくらなんでも怪しすぎませんか。ネルネさんは見えなくても、ラーメンは見えているじゃないですか」
勝手に宙に消えていくラーメン、どう考えても不審です。
「心配ない! 見ろ! 『投影ネルネまつりくん』だ!」
ネルネが背中を見せてきました。先日整備していた、一メートルほどの大きさの機械をカバンのように背負っています。レンズのようなものが四方にあり、そこから光が漏れているようでした。
「これで、ネルネの体にネルネの映像を投影してる! 違和感ない!」
プロジェクションマッピングというか、映像のボディペイティングというか、とにかくそういうもののようです。
「いや、それはすごいですけど、違和感はありましたよ!?」
「なんで?」
なんでと言われるととっさに理由が出てきませんが、少なくとも私は幼女が一人でショッピングモールのラーメンを制覇している所にはお目にかかったことがありません。
「あかり! どうしてネルネのやることに口出す!」
「いや、なんか心配になるんですよ! あなた、まだ小さいじゃないですか」
「大きさがか! 大きさ関係ないぞ!」
「小さいってそういうことじゃなくて……ああもう、何言ってるのかな私」
心配になるなんて、詭弁もいいところじゃないですか。本当に心配しているなら、もっと思うところだって今までにたくさんあったはずです。結局私は、都合よく自分の生活の心配をしているんじゃないでしょうか。
「悪かったですよ、邪魔して」
ネルネがほほを膨らませながら、席に戻っていきます。私も、少し間をずらしてフードコートに戻りました。
「うん、いいですね、いいですね!」
フードコートの醤油ラーメンをすすりながら、私は言いました。特に特別なものが何も入っていなさそうなスープ。薄いナルト。少量のネギ。申し訳程度のワカメ。薄くやや冷たいままのチャーシュー。
「テンション高くない?」
風太郎があきれた口調で言いました。
「この味は、レジャーの味なんです」
「レジャーの味?」
「観光地に行きますよね。途中のサービスエリアで昼食ということになりますよね。そこで食べる、『とりたてておいしくないけれど別にまずいわけではない』ラーメンが大好きなんです。あとそれから観光地の、多分地元の人はもっとおいしいものを食べているであろう微妙な味の微妙に高い特産品とか……そういうのって何か、そそられるものがありませんか」
「うーん、オレの家はそこまで旅行しないからな。まあ言おうとしていることはわかる。観光地の風景が描かれたクッキーとかも好きな人?」
「いえそれは別に」
「何が基準だよ!?」
姫乃さんが、申し訳なさそうに口元を押さえました。
「ごめんなさい。わたくしは正直学校のもののほうが。これは何か、栄養に偏りを感じますわ」
そういう姫乃さんが買っていたのは、ニンニクアブラたっぷりのとんこつラーメンでした。訳も分からないまま、一番人気を買ってきてしまったようです。私がついてさえいれば……。
「姫乃さん、交換しませんか」
「いえ、悪いですわ! イインチョーさんも、そのラーメンが食べたくて注文したのでしょう?」
「大丈夫ですよ」
一口食べたら割と満足してしまった感もありますしね。
姫乃さんとラーメンを交換し、一口スープをすすります。ジャンキーな味ですね。好きかと言われるとそれは微妙なのですが、普段食べない分新鮮味はあります。でもちょっと多いですかねえ……。そしてにんにくかあ。
「風太郎のそれは?」
「レモン……レモンなんとか」
「もらっていいですか。あと私のも少し手伝ってください。こんなに食べられなさそう」
「えっ。オ、オレはいいけど……」
なぜ挙動不審になっているのかよくわかりませんが、無視して一口もらいます。ラーメンにレモンというのが少し想像できなかったのですが、なるほどこれはこれで。さっぱりとしていて、中華というよりは洋食というか、スープパスタというか、そういう感じです。
「姫乃さんも……食べないんすか?」
「いえ、その」
もじもじと、姫乃さんが顔を伏せました。
「なんだか、もったいなく感じてしまったんですわ。ですが、いただきますわね!」
「ほら、風太郎も私のやつ手伝って」
「は、はい……」
なんで敬語?
結局夕方まで、ヤスコにいました。といっても、何かショッピングができるほどのお金もなかったのですが、それでも服を見たり、一〇〇円ショップに寄ったり、ゲームコーナーで何回か遊んだりしました。
バスで駅前に戻ってきたのは、夕方四時を少しすぎた頃でした。
「まだ少し時間があるか」
「グラスコーヒーでも行きませんか?」
私が提案します。学校にも近いし、ちょうどいいような気がしたのです。
「ああ、それいいな」
「グラスコーヒーとは何ですの?」
「学校の近くの神社の……いや、もう神社じゃないですね。古い鳥居があるじゃないですか。その近くの喫茶店です」
「ああ、あそこですのね」
おや、と姫乃さんを見ました。
「知っていたんですか?」
「あ、いえ! 以前前を通りがかったことがありまして」
グラスコーヒーへの道すがら、昔からの商店街を歩きます。
アーケードのトタンは傷み、錆びた枠組みだけが残っている場所もあります。日曜というのに人通りはなく、多くの店がすでにシャッターを閉めていました。
「寂しくなっちまったな、ここも」
「あれ? ここ駐車場になったんですね。もともと何でしたっけ?」
「あー、何だっけ? 忘れちゃったな……」
「こういう場所は、その、増えていますの?」
姫乃さんが、もう何も入っていない店のショーウィンドウを見ながら苦しそうにつぶやきました。つい最近店を閉めたようです。一度も入ったことがないのにこう思うのも勝手な話ですが、寂しいですね。
「そうじゃないかな。それにオレらも、結局ここじゃなくてヤスコに行ってたからな……」
一軒、まだ営業している店の前を通りました。
ここは知っています。昔、風太郎と来たこともあったはずです。
「中華ソバ、岡上」
姫乃さんが看板を読み上げました。
「ラーメン屋さんだよ」
「ここもですか? ですがソバと」
「中華そばで、ラーメンのことなんです。なつかしいですね。昔一緒に来ませんでしたっけ?」
通り過ぎようとする私たちの手を、姫乃さんが掴みました。
「わたくし! 入ってみたいですわ!」
店内は木のテーブルと椅子がならんでいて、中華料理屋というよりは定食屋という趣でした。
中途半端な時間ではありましたが、店の端のほうではビールを飲んでいるおじさんもいました。
「いらっしゃいませ~」
六〇代くらいの老眼鏡の女性が、席に座った私たちに水を運んでくれました。
「どもっす」
「あらあ風太郎くん。お友達?」
風太郎はよく来ているようでした。私も軽く会釈します。
さすがに私のことは覚えていないでしょう。私もおぼろげにしか覚えていませんし。
姫乃さんは、メニューを食い入るようにみていました。
「その、風太郎さん。おすすめってございますか?」
「『かけラーメン』かな。安くておいしい。たまに冬馬たちと来てたんだ」
冬馬先輩と宮内先輩。宮内先輩はお家がこの近所のグラスコーヒーでしたっけ。冬馬先輩もこの近所なのでしょうね。
「ではそれにしますわ!」
「私も決めました」
「じゃあ声かけちゃうよ。すませーん」
はいどうぞと歩いてきたお婆様に、それぞれ注文を伝えました。
「かけラーメンをお願いしますわ」
「私もかけラーメンをお願いします」
「カレーライスで」
「はあい。かけふたつと、カレーね」
お婆様の背中を見送りながら、私は言いました。
「カレーですか!?」
「え!? いや、ラーメンはさっき食べただろ」
「いやそうなんですけど」
そう言って、おかしくなって私は笑いました。
私の隣の姫乃さんが、私たちの顔を交互に見ました。
「どうしました?」
「仲が良いのですね」
私と風太郎は顔を見合わせました。照れ臭くなって笑いました。
「ま、まあ、オレたち幼馴染だし?」
「改めて言われると、少し恥ずかしいですね」
「はあい、かけラーメンね」
私と姫乃さんの前にかけラーメンが運ばれてきました。並々とそそがれた薄琥珀色のスープに細めの麺。ナルトが少しに、ネギが少々乗っています。
一口すすって「うん」と思いました。安心する味です。見た目や内容こそフードコートで食べた醤油ラーメンに似ていますが、よりシンプルで、それでいて旨味も強く感じます。ダシ、というやつなのでしょうか。よく見ると、底の方に昆布も敷かれていました。
「美味ですわ!」
「どうも~」
くすり、と店のお婆様が笑いました。
店の前で、姫乃さんは名残惜しそうに看板を見上げました。
「解散だな~」
「グラスコーヒーは、また今度ですね」
「どうしてなのでしょう」
不意に深刻な調子で姫乃さんが言いました。
「ごめんなさい、私がそろそろ門限なんです」
「いえ、そうではなくて。きっと、この通りにも素敵なものがもっとたくさんあったはずでしょう? どうして、失われていってしまうのでしょう」
「人口自体がこの街では減っているからな。ヤスコができるもっとずっと前から、だんだんと店は少なくなってたんだ」
「増えている街も?」
「そりゃあ。隣町とか、それこそ都会の方なら増えてるんじゃないかな。便利だもんな」
「……そう、ですか」
姫乃さんが悲しげに目を潤ませました。
本当に感受性の強い人です。美しすぎるというか何というか、人を思いやる気持ちが人一倍強い方なのでしょう。私とは、ずいぶんと違います。
「──わたくしは、このまま駅の方へ帰りますわね。そろそろ迎えが来るころですので」
「送りますか?」
「平気ですわ。一本道でしたもの。それでは、また明日学校で」
「はい。また明日」
「ごきげんよう」
姫乃さんが、駅に向かって歩いていきます。私たちも、帰路につきました。
ーーーー
商店街を、姫乃コハクは一軒一軒じっくりと見ながら歩いていく。そして思いを馳せていた。この商店街にもかつて賑やかなニンゲンの営みがあり、輝きに満ちていた日々があったであろうことに。
ゆっくりと歩みを進めながら、一つの店の前で立ち止まる。
『長らくのご愛顧ありがとうございました』
店の木製のドアが、不意に開かれた。
まだあどけない幼女だった。
「あ……おきゃく、さん?」
姫乃コハクは、膝を折って目線を幼女に合わせた。微笑みながら言う。
「ごきげんよう」
「ご……?」
「挨拶の言葉ですわ。あなたは、このお店の方?」
「ここ、じーじのおみせ。もうへいてんだけど……」
「寂しいですわね。一度、入ってみたかったものです」
「ひより、さみしくない。じーじあそんでくれるようになった。……けど」
幼女が店の中を振り返る。
「じーじのみせで、はたらきたかったな」
姫乃コハクは、自分自身の不甲斐なさにため息をついた。もう少し早く、自分が来ていればと。
「競争は、容赦無く勝者と敗者を分けます。優れたものが生き残るわけではありません。そうであれば諦めもついたのですけれど」
幼女が、よくわからなそうに姫乃コハクを見た。
姫乃コハクが笑った。
「まだわからないですわよね。ですが、あなたにもきっと理解できる日が来ます。さあ、共に参りましょう」
そう言って姫乃コハクは漆黒のサングラスを手に掲げた。
次回予告! 怪物に囚われてしまった姫乃さんを救うため、変身する燈と風太郎! いったい誰がこんなひどいことを!?
第9話『デートじゃないから! ラーメン旅だから!』その2
毎週土曜と日曜日あさ8時30分更新!




