第7話『輝く瞳! アリのお姫様!?』その2
「あ、ほんとに、きてくれた……!」
美術部部室。もさもさ髪の物静かそうな先輩、南雲先輩が私と風太郎をうれしそうに見ました。
美術部に入るかどうかは実のところけっこう悩んだのですが、風太郎の『自分の好きなもの、隠したりしなくていいんじゃないか。少なくともオレはぜんぜん、変だなんて思ってない。かっこいいって思ってるZE!』みたいな言葉を真に受けて、来てみることにしたのです。
「そちらの方は……?」
「同じクラスの姫乃コハクさんです。今日転校してきて、まだ部活を決めていないようだったので」
「よろしくお願いいたしますわ」
「あ、よろしく……です。私、美術部の……あの、一応部長、で、三年の南雲八子です」
姫乃さんが、私に視線を振りました。
「あの『ブチョー』とは?」
「部活動の『リーダー』ってことです」
「ああ! リーダー! あなたもでしたのね! 運命的ですわ!」
「う、運命……?」
南雲先輩は困惑した様子でした。
美術部。一言で説明すると、静かでした。それぞれがそれぞれのキャンバス(私たち一年ズはスケッチブックですが)に向かい合う……それぞれがそれぞれの世界と向かい合うような時間。
「付き添いで来ちゃったけど、やっぱりオレには向いてない気がする」
私の隣で、風太郎がうなだれました。シャーペンがころころと机を転がっていきます。
スケッチブックには人間が描かれていました。手足が四本あるので、多分人間です。
「そっちはどうよ?」
そろり、と風太郎が立ち上がり私のスケッチブックを覗きこみました。
「なんていうか。少女漫画みたいな絵だ」
「好きなので」
「知ってる」
風太郎は姫乃さんの方を覗きこみました。そして大きく頷きました。
私にだけ聞こえるくらいの声量で、風太郎が言いました。
「姫乃さんとは友達になれる気がする」
「今あなた、めちゃくちゃ失礼なこと考えてませんか?」
「ええ、ぜひお友達になっていただきたいですわ!」
風太郎が飛び上がりました。
「あ、ごめんなさい! 聞こえちゃってたのか。けっしてオレと同じレベルの絵だなんて思っているわけではなくて」風太郎を小突きました。
「イインチョーさんのお友達で、風太郎さんでしたね。実はわたくしも、仲良くなりたいと思っていましたの。すごく綺麗な瞳の方でしたから」
姫乃さんはにこやかに握手を求めてきました。申し訳なさそうに風太郎がこたえました。姫乃さんに見つめられて、たじたじと言った様子です。
なぜかはわからないのですが、見ていたくありませんでした。どうにか話題を変えようとします。
「その、南雲先輩はどんな絵を描いているんですか?」
南雲先輩が、恥ずかしそうに瞳を泳がせました。
「わ、私、ですか。その、私も……明鏡さんみたいに、心から描きたいと思える絵を描いてみることにしたんです……途中ですけど……どうでしょうか?」
南雲先輩が絵を見せてくれました。風太郎が椅子から崩れ落ちました。
「うわっ!!」
「風太郎! 大丈夫ですか?」
「あ、その、あの、ごめん、なさい……この絵……怖い、ですよね」
申し訳なさそうに南雲先輩が言います。
絵には、黒くおどろおどろしい何かが描かれていました。
それはよくみると──
「これ……アリ、ですか?」
「そう、です……明鏡さん、よくわかりましたね」
「はい……すごく、怖い絵……」
それは、アリの怪人の凄まじさが滲んだ絵でした。この前のやつだ。私にプリンセスグラスセクトと名乗ったあいつ。風太郎を怪物にしてしまったやつ。ああそっか、南雲先輩もあいつに会っていたんですね。
隣を見ると、姫乃さんも顔を曇らせていました。
「……先日、不思議な夢を見たんです。その夢の中に出てきたものを描きました。恐ろしく見えるのは……きっと私が、そのとき恐ろしいと思っていたから……」
先日南雲先輩もあのアリの怪人に襲われて、怪物に変えられてしまったのです。それは、どれほど恐ろしい出来事だったのでしょうか……。
「お、驚いてしまってすみませんでした。……でも、もしかしてなんすけど、先輩ってこういう絵の方が好きなんですか?」
風太郎が、意外なことを言いました。
「……なぜ、そう……?」
「いや、絵のことはからきしなんすけど……。細部まですごく細かく描かれてるから。いくら夢の中の出来事って言っても、怖いだけなら目をそらしちゃって、ここまでは見れないんじゃないかなって。すみません、生意気っすね」
「……あやまらないで、ください……あなたは、私の絵をよく見てくれています……」
うれしそうに、南雲先輩は自分の絵を見ました。
「たしかに、怖い怪物でした。でもとても、美しくもありました……。私、変なのかもしれません。……それでも、あの時の、彼女を見たときの気持ちを残したくて……」
「なぐもっ、ブチョー!」
感極まったという風に、姫乃さんが南雲先輩に抱きつきました。南雲先輩が唐突なことに固まってしまいました。
「あなたはやはり! とても素晴らしい方ですわ!」
「え、ええと!? 一年生、さん!?」
「あまり気にしないでください。その人、感動しやすいみたいなんです」
何に感動したかは謎ですが。
しばらくして、落ち着いた姫乃さんが先輩から離れました。
「とても素敵な先輩に! 素敵なクラスメイトの方に! 私この部活が好きですわ! ですがごめんなさい。実は私、学校の後はやらなくてはいけないことがあるんです……」
「そうだったんですね、姫乃さん。付き合わせてしまいましたか?」
「とんでもございません! 今日はとても楽しかったですわ! またお会いしましょうね、イインチョーさん♡」
私にとびきりの笑顔を振りまいた後、姫乃さんが去っていきました。
「嵐みたいだ」
「あの人も、門限とか厳しいのではないですか。家柄良さそうでしたし」
ーーーー
「なぜ姫がここまでの無茶をなさるのか……私にはわかりかねます」
学校から十分離れた人気のない路地裏。姫乃コハクに、バッタの武人グラスホッパーが声をかけた。
「……知りたいのですわ。彼女たちのこと。この世界のこと」
「だとしてもです。いくら認識妨害があるとはいえーー」
「視覚散覚ーー視覚情報に脳の処理を大きく割いている生命体は、目を騙すだけで他の感覚すら誤認識させることができるのでしょう?」
「完璧ではありません」
「そのときはそのとき。それよりホッパー、彼女たちにぶつけるのにふさわしいシカク者は見つかりましたか?」
「学校という場を離れると、この世界は途端に若年層が見つけずらくなってしまいますな。ですがもちろん、見つけております」
少年が、海を見ながらタバコをふかしていた。
「ヴァン・ジェヴォーオル。綺麗な景色ですわね」
かけられた声に、金髪の少年は振り返る。
「何、おねーさん。新手の逆ナン? ていうか、何人?」
「逆ナン? まだ調べていない単語ですわね」
姫乃コハクは金髪の少年に近づいていく。
「その髪……染めていますの? 吸っている煙は、何やら有害物質のようですが」
「何、なんか悪りーかよ」
「あなたがそれを本当に望んでいることであれば、別に何も思いません。ですが……当ててみせますわ。あなたはあえて、傷つきたくてそういうことをしているんじゃありませんの」
「は? なんなんだよ、あんた。中学生だろ? 何様のつもりだよ」
「私は──そうですね──お姫様ですわ。あなたの瞳は美しい……純粋な瞳。だからこそきっと世界の痛みから逃げようとしてしまうのですわね……ですがもう、傷つく必要はありませんわ」
姫乃コハクは、懐から黒いサングラスを取り出した。
ーーーー
けたたましい騒音が鳴り響きました。季節外れの──セミの声!?
「あ、ああああ……!!」
苦しそうに、南雲先輩が耳を塞いでうずくまりました。
「南雲先輩! 大丈夫ですか!?」
「この音、いったい何なんだ!?」
「わかりません、とにかく音の鳴っている方に向かってみましょう!」
音源を探して部室の外に出て、改めて異常性に気がつきました。少なくとも視界の範囲内に、音に気がついている様子の生徒がいなかったのです。
「こんな爆音が聞こえてないって……それって!」
「ええ、間違いなさそうです」
「あかり! ふーか! グラスセクトが出た!!」
ネルネが廊下を走ってきました。私と風太郎も駆け出しました。
グラスセクトが現れたのは、市内の海岸でした。海岸といっても砂浜ではなく、岩の多い岩礁地帯ですが。
その上空を、予想通りというべきか、サングラスをかけたセミの怪物が飛翔していました。
「セ──ミ──────────!!」
セミですねえ。
「風太郎、変身しますよ!」
「こ、ここでか!?」
「他にないじゃないですか!」
と言ってから、変身すると一瞬全身の服が消えてしまうことを思い出しました。変身中の姿は一般人には見えませんが、互いには見えてしまいます……。
「セ──ミ──────────!!」
セミが鳴いています。迷っている場合じゃない。私は風太郎の両肩を掴みました。
「風太郎! 私が魔法少女趣味を恥ずかしがらずに出せるのは! あなたの前だからです!」
「そ、それはオレだって。燈しか見てないって思ったから、この間も迷わず変身できた……」
頷きました。
「じゃあ、一緒に変身だってできますね!」
「ああ! ──ああ!? ちょ、ちょっと待て! 今ぜんぜん理屈がつながってなかったような──」
「グラスアップ!!」
メガネを押し上げ、スタートアップワードを唱えました。
「あー、もうやってやる! グラスアップぅ!」
赤と青の閃光。ガラスのかけらが漂う謎空間で、私たちは変身していく! 光り輝く体。粒子化する服。そして私は黒と赤のブレザーを、風太郎は白と青のセーラー服をまとっていく。髪の色も変わり、私は燃える赤色に。風太郎の髪は澄んだ空に似た紺碧色に。
メガネっこ、変身完了です!
「『ただす』メガネっこ! メガイインチョー!」
「か、『かける』メガネっこ! メガダッシュ!」
「ふたりはメガネっこ!」
「ふた……え!? 何それ!?」
「ジャ──マ──────!!!」
セミの怪物が絶叫しながら突撃してきました。不意打ちを食らう形になり、私たちは岩礁の影に慌てて退避しました。
「名乗り中ですよ!」
「そりゃ待ってはくれないだろ。まあ、気まずくなるよりかはいいか……」
「どうしました?」
「なんでもないっ! グラスアップ!」
《グラスアップ グラス2に移行します グラスシューズ生成》
メガダッシュが、さっそくグラス2を起動させました。風をまとったガラスの運動靴が現れます。
「ダッシュ、グラス2をためらわないんですね。危険かもしれないのでは?」
「多少のリスクは目をつぶる。負けたら意味ないからな。それにこれは、初変身のときにも試した力だ。あの時だって使えたんだ」
ダッシュは空を飛びながら騒音を撒き散らすセミの怪物を見上げました。
「一度オレも怪物になったからわかる。あの人も苦しんでる。早く助けてあげたいんだ」
「……そうですね。グラスアップ」
《グラスアップ グラス2に移行します イインチョーク生成》
ダッシュが、自慢の脚力で地面を蹴りセミの怪物に向かっていきました。しかし、セミは空中で体勢を変え、ダッシュの攻撃をかわしてしまいました。
「そりゃ避けるかッ──!」
「ヨ────ル────ナ────!!」
爆音が衝撃波となり、空中で自由に動けないダッシュを直撃しました。ダッシュは海水中に一気に叩き落とされてしまいました。
「風太郎!」
慌てて駆け寄ろうとした私にも、セミの衝撃波が飛んできます。イインチョークで壁を……いや、きっと『液体』が防げなかったイインチョークでは、『音』もまた防げない! 炎の壁は、音には有効になりません!
悩む暇もなく、衝撃波は私の足元をえぐり、私も海に投げ出されてしまいました。
「大丈夫か、燈!」
「だ、大丈夫です。それよりこの姿の時は、メガイインチョー、またはイインチョーと呼んでください」
「それこの前も言ってたな。でも今イインチョーも、普通にオレの名前呼んでたぞ」
「え」
うっかりしていました。
「キィ────テ────!!」
蝉の怪物が叫びます。『来て』と言っているのでしょうか? いや、だからそこに行けないんですって。
「オレノ……コエヲ────────!!」
『聞いて、俺の声を』、ですか。
「どこのどなたかはわかりませんが、あの人も、苦しいのですね」
私は立ち上がりました。
「わかります。私も……親に話を聞いてもらえませんから。ですが、見ず知らずの人を傷つけたり、自分自身を傷つけたりはして欲しくないのです!」
「ウル……ウルサイ!! エラソウニ────────!!」
「偉いんじゃないです! 自分がそうなりたくないと! あなたにもそうあって欲しくないと! 私はただ願っているだけ! メガグラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
私は空中に炎のオーロラを描きました。
「メガネっこ・プロミネンスカーテン!!」
「ジャマダ──────────!!」
衝撃波が、カーテンを貫きます。炎の壁に、声を止める力は当然ありません。ですが、衝撃波が炎をゆらめかせ、見えない攻撃が可視化されました。
「そういうことか! こっちだ!」
ダッシュが私の手を取り加速しました。見えてしまえば、ダッシュに避けられないスピードではない! なにせ、うちのダッシュは風より速い!
私たちを狙った攻撃は海にぶつかり、巨大な水しぶきとなりました。水しぶきは炎の幕にぶつかり、一気に蒸気となって周囲に広がっていきます。
「今です! ダッシュ!」
「了解! メガグラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
蒸気の目くらましと怪物自身から放たれている騒音。それが怪物の目と耳を塞いでいます。死角からの攻撃に気がつく余地はありません。地面を蹴って空に舞ったメガダッシュは、そのまま必殺の一撃を怪物に浴びせました。
「メガネっこ・ブルーウィンドブレイク!」
インセグラスが砕けた後、空中から落ちてきたのは不良っぽい金髪の男の方でした。私はその人を受け止めました。意識はまだ、戻っていません。耳元でピアスが光りました。
「メガネが似合わなさそうな人ですね」
「そうかな。案外、真面目な人なのかも知れないぞ」
私は、うんと頷きました。
「そっか。そうですね。その人の見た目と、その人の内面って違いますからね……。風太郎」
「まだ変身といてないから、メガダッシュ、だろ?」
「ああ、そうでした。メガダッシュ! 一緒に戦ってくれてありがとう! うれしかったですよ!」
夕暮れが、街の方に沈んでいきます。
風太郎の顔もほんのりと赤いようでした。
次回予告! 休日に一緒に出かけることになった燈と風太郎! デートか!? いや違う! 姫乃さんも一緒だ!
第8話『デートじゃないから! ラーメン旅だから!』その1
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