第5話『かけるメガネっこ!』その3
「いえ……今はもう、風太郎さんではありませんわね。グラスグランビートル! それがあなたの新しい名前! あなたの、いえあなたたちの力を、私に見せてくださいな!」
そう言うと、二体の怪人が私の視界から消えました。
瞬間移動? まだ近くにいるの?
でも今は! 風太郎を助けないと!
カタツムリの殻、だと思っていた場所からその怪物は顔を覗かせました。
細長い顔からはみ出した漆黒のサングラス、ずんぐりとした胴体に六本の足。図鑑で名前だけは知っていました。オサムシ……マイマイカブリです。
「ボクハ……ハシレナイ」
怪物が低く唸るように言いました。
「ボクハ……トベナイ……」
怪物が自分の、閉じてしまった背中を見ます。オサムシは……翅が退化した、飛べない昆虫……。
「ボクハ! ナンニモスキニナレナイ!」
怪物が、いや、風太郎が、その腕で木を薙ぎ払いました。砕かれた木の破片が私に飛んできます。
「グラスアップ!」
《グラスアップ グラス2に移行します イインチョーク生成》
炎のチョーク『イインチョーク』で、私は目の前に火の壁を描きました。木の破片は私に直撃する前に燃え尽きました。
「私の声、聞こえますか! 風太郎!」
風太郎に向かって走っていきます。私を見つけた風太郎は、口から何かの液体を私に噴射してきました。慌てて壁を描きますが、壁に当たった液体の蒸気までは防ぎきれませんでした。
「あっつい!!」
体が燃えるように熱い! 炎を纏っても平気な体なのに!
《化学的な反応を検知 これは熱ではありません 熱傷を起こす薬品と推測されます》
あんなものをまともに食らえば、体が溶けてしまいかねません!
「ナンニモガンバレナイ ボクナンテ……」
風太郎の周りを、黒い壁が覆っていきます。カタツムリのような殻! あれを纏うことも、あの怪物の能力ということですか!?
「待って……殻の中にこもらないで! 風太郎っ!!」
思わず殻の中に飛び込みました。
ーーーー
暗闇の中。何も見えません。
「ハイッテ……クルナ!!」
どこからか響く拒絶の叫び。それと共に私の周りに液体が満ち始めました。燃えるような激痛が、体を襲ってくる。でも……今ここで私が負けるわけにはいかないんですよ!
「あなたは変身することを……戦うことを、危険だって言ってくれた。けど! あなたを助けられるなら、私は何でもできます! できなきゃいけないんです!」
決意を固め、私はもう一度メガネのブリッジを上げました。
「グラスアップ!」
《グラスアップ グラス3に移行します》
機械音ともに、私の体が赤熱していきます。体から湧き上がる炎が、周囲の液体を触れる前に消滅させています。しかし──
「ああ……あああああああ!!」
今度は逆に、私の炎が私を焼いて来る……! きっとこの熱量は、変身状態でも耐えきれないほど大きいのです。この姿でずっといれば、私は自分の炎に焼かれて消えてしまうのでしょう。
《警告 想定外の熱量です グラス3の解除を進言します》
「ナンデ……ナンデ!? ナンデソコマデ、ダレカヲ!?」
「誰かをじゃない……あなただからですっ」
私は無理やり立ち上がりながら、暗闇のどこかにいるその人に向かって語りかけました。ここはきっとその人の中。だからきっと、私の言葉は届くはず。
「ちいさい頃……初めてあなたが私を『明鏡のお家の子』ではなく、一人の戦いごっこが好きな女の子として接してくれました……それがとてもうれしかった……!」
もう、立っていられません。でもグラス3をやめれば、この消化液の中に溶けてしまうだけ……。
「転校なんてしたくなかった……私が一番私でいられるのは、風太郎の前だから……でもだからこそ、中学でまた会えて……昔みたいに、私を友達として接してくれて……うれしかった……! 昨日は『あなたには関係ない』なんて言ってしまってごめんなさい……。私にも分かった……だって今日、同じ言葉を言われて……本当に悲しかったから……」
もう、ダメだ……助けたかった、のに……。
「すみません、あなたの言った通り、無茶でした……でもどうか……風太郎、自分のことを責めないで……私、後悔してません……大切な友達のために、変身できたこと。だからこれからも……ずっと……あなたの友達でいたい……」
ーーーー
嫌だ。
嫌だ……!
嫌だ! こんなのは!
大切な友達が、尊敬している女の子が
俺の手で消えるなんて、そんなのは絶対にいやだ!
心の中で、加賀美風太郎は叫んでいた。心の中で彼女に向かって走っていた。
「燈! あかり!! 心を閉ざしてごめん! 相談しなくてごめん! でも俺、怖かったんだ……! 燈がいなくなるのが……! 燈に失望されるのが……!!」
走っても走っても届かない。燈はもう倒れそうだ。倒れてしまえば変身が解けてしまえば、彼女はきっと……。
「お願いだ……届け……届けよおおおおおおおおおおお!!!」
願うだけで奇跡が起こるわけがない。叫ぶだけで友を救えるわけがない。
しかしその絶叫は、一人の幼女にはしかと届いていた。
「ふうたろ! 意識あるか!」
タコの幼女ネルネだった。彼女は宇宙服のようなものを水着の上から身にまとっていた。宇宙服の計器は全て危険信号を発している。
「ネルネ……」
「よくきけ! 今あかりを失うわけにはいかない! ふうたろもだ! メガネのシカク者はそう簡単に見つからない! そんなに簡単なら、ネルネがなってる!」
ネルネは紺碧のメガネを風太郎に差し出した。
風太郎は、それに迷わず手を伸ばした。
「スタートアップワードは!」
「もう知ってるよ。グラスアップ!!」
ーーーー
さよなら風太郎、さよなら人生と目を閉じた時、青い疾風が私を攫いました。その風は空間に穴を穿ち、私たちは神社の境内に投げ出されました。
「ごめん。迷惑かけた」
私はどうやら、お姫様だっこをされているようでした。私の変身はもう解けてしまっています。きっと間一髪だった。
彼は、私をそっと神木に寄りかからせました。背後に、宇宙服のようなものを身にまとったネルネもいました。
「かっこ……いいですね!」
「えっと……ありがとう」
青い風を身にまとった戦うメガネっこ。澄んだ空に似た紺碧色の髪。白のセーラ服は、各所に青色のワンポイントがあります。見た目こそ大きく変わっていましたが、私が見間違うはずがない。
風太郎も、変身したのです!
《名前を設定してください》
「そうだな。せっかくだから……燈に合わせる。オレの名前は! 『メガダッシュ』!」
青と白のメガネっこ、メガダッシュが誕生です!
「ボクハ……ボクハアアアアアアアアアアア!!」
オサムシの怪物は、まだ動いていました。
「てっきり、オレが抜ければあれも消えるんだと思った」
「抜け殻のようなもの! でもふうたろの力が強かったから、まだ動ける!」
メガダッシュに、怪物グラスグランビートルが足を振り下ろしました。メガダッシュはそれを造作もなく避けます。
「ボクハ……トベナインダ!!」
「……だな。それは否定しない」
メガダッシュは、するどい蹴りを怪物の腹に浴びせます。怪物が吹き飛ばされ、私から距離が開きました。変身が解けた私をかばってくれているのです。
「ボクハ……ハシレナイ!!」
「……それは……ちょっと違う……」
怪物が、例の消化液を噴射しました。メガダッシュは、もう一度ブリッジを上げます。
「グラスアップ!」
《グラスアップ グラス2に移行します》
青い閃光がダッシュの足元に結実し、ガラスのランニングシューズに変わりました。
《グラスシューズ 装着》
「ガラスの靴……ってことか」
ダッシュが地面を蹴ると、私にはダッシュの姿が消えたように感じました。次の瞬間、ダッシュは攻撃の真反対にいました。当然虚空を切る消化液。スピードの差は歴然です。目にも止まらない風の靴……それがメガダッシュの武器なのですね!
「走ること以外で、何かの一番になったことがなかったんだ。だから、逃げたんだ……走ることに……」
ダッシュはグラスシューズで怪物を空に蹴り上げました。疾風の渦が。怪物は空中に拘束しました。
「お前はさ、オレの心から生まれたんだよな。だからお前に嘘はつかない。燈にも、聞いてほしいな……」
風太郎はしゃがみこみ、ガラスの靴を撫でました。
「人より速く走れたから、走ってただけなんだ。でも……オレはあんまり身長とか伸びなくて……。それに、恥ずかしくなってきた。走るのが好きってやつの前で、中途半端さを隠し続けるのが……」
風太郎の顔は、私からは背になっていて見えませんが、はっきりと肩が震えているのが分かりました。
「オレはなんだってそうなんだよ。なんでも最初はうまくできる。でもそこまでで、本当にそれだけが好きなやつには敵わないんだ。ほんと……どうしようもないよ、オレ」
「違います。あなたはどうしようもなくなんかありません!」
最後の力を振り絞り、私は立ち上がりました。
「逆です! あなたは現実を正しく見つめられる人だからです! 私、これでもちょっと嫉妬してるんですよ。私はあなたみたいに器用じゃないし、他の人の気持ちだってよくわからないし……」
「燈がオレに……嫉妬?」
風太郎が──メガダッシュがこちらを見ました。頷きました。
「私が困っている時に、いつも助け舟を出してくれていたのは誰ですか。危なっかしい私を、いつも見抜いてくれたのは誰ですか。……本当の私を、いつも見ていてくれたのは誰ですか」
私は風太郎の隣に立ちました。
「無茶な私のために、今同じように命をかけてくれているのは? いつもあなただった、風太郎。だから私は! あなたの隣にいたいって思っているんです!」
「……なんだよ……燈は本当、空気を読まないよな……戦闘中だぞ……」
ど正論ですね……。
本当にそうだなと思い、私は空を見上げました。風太郎の風は、まだあの怪物を捉えていました。抜群の吸引力ですね。
「燈。オレ、燈のことをずっと尊敬してるんだ。頭が良くて、行動力があって……ちょっと頭のネジとんでるとこもあるけど」
風太郎は涙をぬぐい、私をまっすぐ見つめて言いました。
「だから決めた! オレは! このこの一回だけの変身だけじゃなくて! これからも燈と一緒に変身したい! オレも、燈の隣に立っていたい! だから、今はここで見ててくれ! あの怪物は、オレが倒す!」
はい、と力強く頷き、一歩下がりました。風太郎は、いやメガダッシュは両手のひらを地面につきました。でもそれはけっして、絶望で地に伏したわけじゃない!
「ウルサイ!! ウルサイウルサイウルサイ!! ボクニハ ナンニモナイ!!」
「今はそうかもしれない! でも! 全力を出したいことは見つけたんだっ!」
ダッシュが腰を上げ、グラスシューズに全力を込めます! クラウチングスタートは、今まさに!!
「オレは、『かけるメガネっこ』メガダッシュだ!!」
メガダッシュが、天に飛び立ちました。一気に怪物との距離を詰めます。
「メガグラスアップ!!」
《メガグラスアップ 承認しました》
「メガネっこ・ブルーウィンドブレイク!!」
青い風をその足にまとい、竜巻のようなキックがかつての風太郎自身に直撃しました。
そして、怪物のサングラスは粉々に打ち砕かれたのです。
ーーーー
すっかり日のくれた校庭。北川冬馬はまだ、その真ん中で仁王立ちしていた。
「まだ待ってたのか……」
風太郎は自分で戻ってきておきながら、冬馬が残っているかどうかは半信半疑だった。
「正直言うと、今日はもうこないものと諦めかけてたぜ。だけど律っつんが、もう少し待ってみろって言うからよ」
宮内律が、制服に着替えた状態でグラウンドを歩いてきた。
「っておい!? てめー自分で言っておいてなんで自分は帰り支度終わってんだよ!?」
「別に残っていただけ感謝してほしいぐらいなんだが? だいたい競争するの私じゃないでしょ。それに」
宮内律はかぶりを振って風太郎を見た。
「私としては、ここに加賀美が来てくれただけでもういいんだ。冬馬の無茶を押し付けて悪かった。あの子が伝えてくれたのか? 今も一緒に来ているのか?」
「燈のことか? 燈ならもう帰ったよ、あそこ門限厳しいから」
「そうか。あとで私が感謝してたと伝えといて」
「オレの保護者か何かか、あんたらは……」
風太郎は、しっかりと冬馬を見た。
「五〇m走」
「え」
「決闘を言い出したのは冬馬だろ! 着替えてくるから、準備しといてくれ!」
「……望むところだぜ! 加賀美!」
校庭に改めて引かれた白線。律はゴールで、ストップウォッチとスタートピストルの両方を構えていた。
風太郎が勝てば陸上部に入部。
冬馬が勝てば、入部しなくても良い。
「準備はいい、二人とも!」
「上等だぜ!」「できてる!」
「用意!!」
発砲と同時に走り出した二人。勝負が互角、に見えたのはほんのわずかな一瞬だけだった。
ゴールラインを、冬馬が駆け抜けていく。
数歩遅れてゴールをきった風太郎が、疲労でその場にへたりこんだ。
「……勝ったのか……? 俺が? え、なんで……?」
「当然だろ……オレは走ることから逃げちゃってたし……その間も冬馬は走ることと向き合い続けた……追いつけるわけない……。けどなあ。もう少し食らいつきたかったなあ」
勝ったはずの冬馬が困惑し、負けたはずの風太郎はどこかすがすがしい顔で笑っていた。
「ああ、勝負ありだ。勝ったのは冬馬、お前だよ。私も……あれだけ努力してたお前が負けるわけないと、思ってた」
律が、放心状態の冬馬に声を掛けた。だが返事はなかった。
「……ごめん、でも、ありがとう加賀美。来てくれてうれしかった。入部のことは、忘れてくれ」
冬馬が風太郎の腕を掴んだ。
「待てよ……待ってくれよ! 俺が勝ったって言っても、そんなに大きな差はついてなかったぜ! 練習しないでそれなんだから、練習すれば加賀美が勝ってたかもしれない! だから──」
「ごめん、冬馬。律っつん。オレさ……他に、どうしてもやりたいことができたんだ!」
そう言って頭を下げた。風太郎は背を向けてかけだした。決意していた。
オレが何なら一番になれるかなんてわからない。何かの一番になれる自信もない。
だけど、オレが今、一番大事にしたいことなら見つけた!
校門を出ていく風太郎の後ろ姿を律と冬馬は見送っていた。
「ありゃ青春だね」
「ちくしょー!! 俺はまだあきらめてねーぞ! 加賀美ーー!!」
次回予告! 燈と風太郎のクラスに、謎の転校生がやってくる! 特に何にも怪しくない、その謎のお嬢様の正体とは!?
第6話『輝く瞳! アリのお姫様!?』その1
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