第14話『ふたりでメガネっこ!』その1
「グラスアップ!」
《グラスアップ グラス2に移行します グラスシューズ生成》
変身した風太郎が、グラスシューズで地下の扉を蹴破った。垂直の穴が顔を開けた。メガダッシュが穴に飛び込み、ついで完全防備のネルネも飛び込む。
「最下層だ! ふうたろ!」
「了解! 突っ込むぞ、ネルネ!」
穴の底に着地する寸前、ダッシュは靴から烈風を吹き出し衝撃を殺した。だけでなく、その烈風で最下層の扉を弾き開けた。ネルネもまた、逆噴射のバーニアで軟着陸する。
最下層を進むと、そこは巨大な柱が林立していた。天井には、巨大な琥珀色の繭があり、糸の支柱が幾重にも柱に絡みついている。
ネルネが言った。
「反応はあの中だ! あかりの!」
指をさしたネルネが、次の瞬間にはいなかった。ダッシュが気がつくと、真横にグラスホッパーが立っていた。ネルネは、はるか彼方の柱に叩きつけられて呻いていた。バーニアの破片が、柱の周辺に散乱していた。
「ネルネ! 不意打ちかよ、あんた!?」
ダッシュがグラスホッパーをにらみつけた。
「いい加減、制裁を加えられるべきだと思ったまでだ。お前ならわかるはずだな、メガダッシュ。あの少女が来なければ、お前もお前の大切な友人も、こんな危険に巻き込まれることはなかった」
メガダッシュは、至近距離からホッパーに蹴りを放つ。ホッパーは跳ね飛んで距離をとった。
「ネルネと言ったか? お前に問おう。お前は、わかっていてやっているのか? お前の姉がしでかしたことを!」
「なんの話してる!」
「お前の世界を滅ぼしたのは、他でもない。第一王女ルルイアの実験だ。あの女の作り上げた『メガネ』は、お前たちオクトポリス人の手には余る代物だった」
「違う! ねーねは言った! お前らが来て壊した! だからネルネは」
「それもあの女がお前に吹き込んだことだろう! 我々が求めているのは恒久的な平和だ! 断じて世界の消滅ではない! お前の姉は、世界の平和より自身の研究を優先したのだ!」
「そんなはずない……そんなはずは……」
ネルネが両目に涙をため、かぶりを振った。
グラスホッパーは今度はメガダッシュを見る。
「お前たちの戦いに、大義などはない。そのオクトポリス人の恨みは、逆恨みもいいところだ。これ以上戦いに首をつっこむのはよせ。傷つくだけだ」
ダッシュはネルネに近づいた。
「あんたに言われなくてもわかってる。オレだって、この子が現れなければいいのにって最初は思った。この子の言ってることも、どこまで本当なのかって、正直疑ってた」
風太郎は近づいて腰をかがめ、肩を震わせる彼女を抱き寄せた。
「でも。これだけは信じられる。大切な人を失うのは、悲しいんだって」
ダッシュは再び立ち上がり、ネルネに下がっているよう促した。その姿を見て、グラスホッパーは語気を荒げた。
「なぜだ! まだ我々と戦う気か!」
「ネルネのためじゃない。オレはオレのために! オレの大切な人を守る!」
「ならば今度こそ! 二度と戦えないようにするまでだ!」
メガダッシュとグラスホッパー、両者とも足に力を込め一気に距離を詰めた。
ーーーー
いろいろな生き方が世の中にはあるけれど、その中で自分が選べる選択肢は最初から限られている。
選びたかった選択肢すら選べない。そのことに私は気がついてしまっていました。
誰のせいでもない、私自身のせいで。
家に帰ると、床の間に明かりがついていました。
「燈。お前のやっていることは、お前がやるべきではないことだ」
床の間から父の声が聞こえます。
「勉強だけしろ、とは言わない。しかしお前は……止めないと、際限なくやるだろう。それに自分が追いつかないとしても。勉強だってそうだ、本来ならそこまで疲れ切っているなら休んでしまえばよかったじゃないか」
「……はい……」
いつだってそうです。父の前では、私は『はい』としか答えられない。父の言っていることはいつだって正しくて、そして私は、いつの間にかその『正しさ』を身につけているのです。
『正す』メガネっこ・メガイインチョー。私は自分で自分を、無意識にそう呼んでしまっていました。しかし考えれば考えるほど、自分がいかに『正しくない』人間なのか、憧れていた正義のヒロインたちからかけ離れている存在なのかに目がいってしまうのです。
正義のヒロインは、自分がそうなりたいからという理由で危険に身を晒しません。
自分や誰かの日常を守るために戦うのであって、非日常を積極的に求めるのは間違いだと思うのです。
正義の味方になることを求めるということは、すなわち『悪』の存在を待ち望むこと。戦いを心の中で願うこと。
それになりたいと願い続けてきた私は、その時点で『正義の味方』失格でした。
家の形が解かれて、輝く琥珀の糸に変わっていきます。糸を手繰るのは姫乃さんでした。
「なれますわ。正義の味方に。あなたならきっと」
黄金の糸が、私に絡みついていきます。
「だから、一緒になりましょう。全ての世界を、悪から救うのです」
糸が絡みついた部分から、鱗のようなものが私の体に広がっていきます。
「なぜ……なぜ、姫乃さんはそこまで正義を信じられるんですか? あなたたちにとって、悪って何なの?」
「悪とはこの世界そのものです。競争し、喰らいあわなければいけない生命の不条理そのものです」
「だとしてもなぜ……? なんで他の世界まで……?」
「好きだから、ですわ。皆さんのことが」
姫乃コハクさんが、力強く言い切りました。
「それ以外に理由が必要かしら?」
ーーーー
空中戦だった。
ダッシュとホッパーの戦いは、林立した柱を足がかりに空中に移行していた。攻撃を当てている回数だけで言えばメガダッシュが優勢と言えたが、ホッパーの攻撃がかすめる度、メガダッシュには無視できないダメージが蓄積していた。
「あんたたちの目的はわかってる! 燈のことも、あんたたちの仲間に引き込む気だろ!」
「それの何が悪いのだ! 我々と共になることの何を拒む! 平和と調和は、お前たちニンゲンにとっても望ましいものだろう!」
ホッパーの一撃で、ダッシュは空中から撃墜された。
落ちたダッシュに、ネルネが駆け寄る。
「だいじょぶか!? ふうたろ!」
ホッパーが、柱の上から見下した。
「心配するそぶりか? オクトポリス人! お前が心配しているのは、その少年ではなく自分の目的だろう!」
「それは……」
目を伏せるネルネ。ダッシュはホッパーをにらみつけた。
「それの何が悪いんだ。相手の心配は、自分の心配だろ。だけど、自分の心配がいつの間にか、相手の心配になったりもするじゃんか……」
ダッシュは、いや風太郎は拳を握りしめた。
風太郎は、燈のためにと体を張ってきた、つもりだった。無茶な彼女は自分が守ると。
だけどそれは違ったのだ。燈は彼に守られる人ではない。
彼が、隣にいたいと望む人だ。
「自分の気持ちと相手の気持ち……オレには正直、もうよくわかってない。でも、オレは自分を押し殺してなんて生きたくない! それは燈だって同じだって思う! オレはグラスセクトにはならない! なった方がいいのだとしても、なりたくないものはなりたくないっ! 燈をグラスセクトにもさせない!」
ダッシュはメガネに手をかけた。
「オレは何よりオレのために! あんたを倒して! 燈を取り戻す! メガグラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
柱を一気に駆け上り、繭に向かって突き進んでいく。
「メガネっこ・ブルーウィンドバレット!」
ダッシュは繭に向かって必殺の一撃を放った。
まさか自分以外を狙うとはと、グラスホッパーは一瞬虚を突かれたが、しかしすぐに跳躍し、空中でダッシュの上を取った。
「はぁあ!!」
グラスホッパーがメガダッシュを蹴り落とし、ダッシュはそのまま柱に激突。衝撃で柱が二つに折れ、その上部が落下していく。
──しかし、ダッシュの放った烈風は、ダッシュの足元を離れそのまま繭に衝突した。繭の糸が部分的に剥がれ、昏睡する燈の姿が露わになる。
破片とともに落下しながら、ダッシュが叫ぶ。
「燈!! 聞いてくれ! オレは……オレは昔から! 無茶をする燈が好きだった! 燈は確かに、正義の味方ってガラじゃない。それでも、いつだってオレの『憧れ』だった!」
破片たちが地面に落下していく。剥がれた繭も、すぐに元の形に修復されていく。
グラスホッパーは地面に仰向けに墜落したダッシュを見て、残念げに呟いた。
「味方に想いを託して散っていくのか? お前が私を倒すのではなかったのか? いささか残念だが、その信念は見届けた」
跳躍し、ダッシュに向かって最後の一撃を放った。
「さらばだ、メガダッシュ!」
グラスホッパーの蹴りは、もはや目視できるものではなかった。まして、柱の倒壊の粉塵が混じっているとなればなおさらのことだった。
だからありえないはずだった。その攻撃を、横たわったままのメガダッシュがわずか数センチのところで避けるなどということは。
「メガグラスアップ!!」
「バカなッ」
「メガネっこ・ブルーウィンド……ブレイク!!」
風圧を自身の背後に発生させ、一気にメガダッシュが上体を起こす。右足に風のエネルギーを乗せ放たれたカポエラのような上段蹴りは、ホッパーのバングラスを正確に捉えた。回避が間に合わなかったホッパーは、メガグラスアップの直撃を受けてよろめいた。
バングラスに、ひび割れが広がっていく。
「どういう、ことだ! ……なぜ私の攻撃を……」
「……信じてみたんだ、あんたを。あんたが不要な犠牲を嫌うやつなら、きっと最後の攻撃はオレのメガネを狙うだろうって。その一点だけにかけて、攻撃を誘った」
「ふふ……ははは! 完全に油断していたぞ! メガグラスアップの二度目もな!」
バングラスの崩壊とともに、グラスホッパーの姿も揺らいでいく。
メガダッシュもまた、メガネから青い火花が散り、その変身が強制的に解除された。満身創痍になりながら、その場に倒れこむ。
「見事だった」
グラスホッパーの体が消えていく。その姿を見て、風太郎は一抹の罪悪感を覚えた。
「あんたの名前は、何て言うんだ」
「グラスホッパーだ」
「覚えておくよ」
その言葉を最後に、バングラスは完全に壊れた。緑の武人・グラスホッパーの姿は完全に消滅した。
「やばいな……これが二度目の反動か……」
満足に動かない体に苛立ちながら、風太郎が天井の繭を見上げた。風太郎にネルネが駆け寄っていった。
ーーーー
繭にほころびができた時、私は風太郎の姿を見ました。
『オレは昔から! 無茶をする燈が好きだった!』
私の鼓動が早くなります。心に熱いものが湧いてきます。
勇気。
そうだ、確かそういう名前の気持ち。
風太郎、あなたがいつも私にくれているものがそれです。
「本当に……かっこいいです、あなたたちは」
「メガダッシュ、やはり来ましたわね。……たち?」
「あなたもです、姫乃さん。いえ、プリンセス・グラスセクトの方がいいですか」
「『コハクさん♡』と名前で呼んでいただけるとうれしいですわ」
「好きを好きと言えることが、かっこよくて、うらやましい。だから私も……そうでありたい」
姫乃さんが口を尖らせました。それを見て、私は少し可笑しな気持ちになりました。
「あなたたちと同じように! 私も、私の好きを追います! 私は、私のなりたい私を目指します!」
体表の鱗が、私の拒絶とともに剥がれていきます。体の内側から、赤熱する力が迸っていきます。
「たとえ裸眼でも、私は『メガネっこ』です!! グラスアップ!!」
姫乃さんの服の胸元から、赤い一条の光が私の頭に飛びました。それは私の眼前で無限の記号を描き、炎のフレームのメガネに変わりました。
炎は私の体を覆い、その姿を変身させていきます。
真紅の手袋、燃える炎のスカート。燃え広がったポニーテールをはためかせ、ピンク色のインナーが露出しています。元々トレードマークだったブレザーは、袖の部分で腰に巻かれて後ろにはためいていました。
これが私の、明鏡燈としてのなりたい姿!
イインチョーであることを一枚脱いだ、変身した私!
「何ですの、その破廉恥な姿は!? なぜ上着を着ていないのですか!!」
体に炎を走らせて、周囲の糸を燃やし尽くしていきます。炎は一気に燃え広がり、繭本体すら焼き尽くしました。
「私の名前は! 『ひかる』メガネっこ! メガイインチョー・プロミネンスです!」
次回予告! 今度こそ正真正銘! 最終決戦です!
次回 第15話『『ふたりでメガネっこ!』その2
毎週土曜と日曜日あさ8時30分更新!




