第13話『グラスハートは砕けない』その2
ものものしいエレベーターに乗せられ、どれだけ下ったでしょうか。私が今いるのは、おそらく町の地下深く。サングラスのアリたちによって掘られたらしい、地底の迷宮でした。
エレベーターの扉が開くと、まぶしさに私は目を細めました。
「ようこそ、イインチョーさん。ここがわたくしの庭ですわ」
そこは、地底にあるとは思えない草原でした。鳥がさえずり、見たことのない巨大な羽虫が空を飛び、そればかりか青空さえ広がっているのです。
「何のつもりですか。私をこんなところに拉致して」
「……あなたは騙されているのです」
姫乃コハク、いえ、その姿を被ったアリの怪人プリンセス・グラスセクトが言いました。彼女が手をかざすと、チョウチョがその指先にとまりました。
「そして勘違いなさっている。あなたはわたくしたちのことを、恐るべき侵略者か何かだと思っているのではありませんか? それは心外ですわ。わたくしたちは、平和を求めているのです。この宇宙で誰よりも」
「……一見正しそうな物言いをしても、騙されないですよ。あなたたちはネルネさんのふるさとを滅ぼして、今はこの世界の人たちを苦しめてる」
「誤解です」
「まだ言いますか」
「オクトポリスを滅ぼしたのは、彼女たち自身の過ちです」
姫乃さんが指を鳴らすと、青空が一転水中に変わりました。ネルネによく似た、しかしより長い触手の白衣の少女が建物の上に立っていました。
少女が自身のメガネをあげると、彼女の頭上に巨大な穴が穿たれ周囲を力場が襲いました。海水が、都市が、そして少女の同胞であるはずのオクトポリス人たちまでもが、その穴になすすべなく吸い込まれていきました。
それを、少女は恍惚の表情で見上げているのです。
「オクトポリスの第一王女ルルイア。あなたたちの知る第二王女ネルネの姉です。その実験に全平行宇宙を巻き込みかけた『悪魔の科学者』ですわ。あの女は、自身の技術の発展のためならば他の何をも顧みることがありませんでした。自分たちの世界はもちろん、他の平行宇宙も。わたくしたちの目的は彼女の目論見を阻止しオクトポリスを救うことだったのです。……介入が一歩遅れてしまいましたが」
ひどく残念そうに姫乃さんが呟くと、空は元の青空に戻りました。投影された、人工的な青空です。
「あなたのそのメガネは、第一王女ルルイアによって作られたもの。妹経由であなたの手に渡ったようですね。あなたは騙されているのですわ。そのメガネは、世界を守るためのものなどではありません。単なる兵器ですらありません。それはルルイアが実験のために作ったもの。そのメガネはいずれ、世界すら滅ぼしてしまうでしょう」
ひどく混乱していました。騙されていた? ネルネに? いや、それともネルネも騙されていたのでしょうか? 彼女の姉に。彼女の姉は、目的を偽って妹にメガネグラスを託した?
あるいは別の可能性もあります。グラスセクトが私を騙し、取り入ろうとしているという可能性。
「メガイインチョー、あなたは悪に加担すべきではありません。平和と調和、正義こそがあなたにふさわしい!」
姫乃さんが、懐から金色のフレームのサングラス──というよりは色眼鏡でしょうか──を取り出しました。
上気した頬で、姫乃さんがゆっくりと近づいてきます。
「これは、わたくし達専用に開発した『バングラス・ゴールド』ですわ。どうかその……私の対になってほしい。あなたと一緒に、世界を救いたいのです」
私のメガネのつるに姫乃さんが左手をかけました。その手に、私の右手で待ったをかけます。
「まだ、肝心なことを聞いていません」
そのサングラスで、この女が私の身近な人に対して何をしてきたか。忘れたわけではありません。
「あなたのいう『世界を救う』というのは、何のことですか」
「イインチョーさん、あなたにはまだ実感が薄いかもしれませんけれど……全ての文明は、やがて自滅の道を辿るのです。オクトポリスのように。なぜだかわかりますか? 競争があるからです。なぜ競争が起こると思いますか? 違う『生き物』だからですわ」
誇らしげに、姫乃さんはバングラスを掲げました。
「だからこそ、全ての生命が『グラスセクト』となれば争いはなくなるのです。それが『正しい』世界であり、我々の創造する『メガネのくに』ですわ。共に導いていきましょう、メガイインチョー……♡」
「お断りします。グラスアップ!」
姫乃さんの眼前でメガイインチョーに変身します。変身の余波の炎が、周囲の映像を揺らめかせました。草原は消え、荒々しい岩肌が露出します。姫乃さんが、悲しげに私を見つめます。
「なぜですの。あなたも正義の味方に憧れていたはず」
「かもしれません。ですが少なくとも、あなたは私の敵です」
「……話し合いでは解決できないのですわね」
姫乃さんはいつもの黒ぶちのメガネを外し、手に持っていた金色のフレームのサングラスに付け替えた。
「では見せて差し上げましょう。『正義の力』というものを! 『グラスアップ』!」
姫乃さんがグラスを押し上げると、金色の光が彼女を包みました。その光の繭がほどけると、姫乃さんもまた『変身』していました。
黒く艶やかな鱗に覆われた四肢、琥珀色のまばゆいドレス、黄金の王冠をいただき、黒髪からは昆虫の触覚が伸びる。その姿は、半人半虫のまばゆいプリンセスでした。
「なぜ……人間に」
「せっかくなので、あなたとお揃いの鎧にしてみたのですわ! ねえ、いかがでしょう? これは、あなたの目から見てもかわいいですか!?」
「え!? あ、うん……かわいいです……?」
子供のように、ドレスをはためかせてはしゃぐ敵の姿に、どのように反応すべきか完全に失念しました。
「さあ! はじめますわよ! 『正す』メガネっこ、メガグラスセクト! 推して参りますわ!」
宣言とともに、メガグラスセクトが飛びかかってきました。
その拳を受け止めるも、衝撃を殺しきれず背後の岩肌まで叩きつけられます。岩が砕け、私の形のくぼみを造りました。一瞬で、近接で戦ってはいけない相手と悟りました。
「グラスアップ!」
《グラスアップ グラス2に移行します イインチョーク生成》
イインチョークで空中に弧を描きます。炎の弓です。それを握りしめ、イインチョークを弓をひくように弧から引き寄せます。
「フレイム・アロー!」
炎の矢をメガグラスセクトに放ちます。
「ではこちらも、グラスアップ、ですわ」
メガグラスセクトがサングラスをあげると、その目の前の地面から柱が突き出しました。彼女がそれを掴むと、柱が砕け中から水晶の杖が顕現します。杖の先端には、ガラスのハートマークが造形されていました。
「グラスハートロッド!」
杖をふるい、私の矢をかき消していきます。
もちろん、その様子を黙って見ているわけにはいきません。もともと致命打を与えるための矢でもなし、隙を見て距離をとります。ダッシュと違い、私には近接で有効な攻撃がありません。私の大出力攻撃は、一歩間違えば自分すら危険にさらしかねないものです。
「フレイム・ウェーブ!」
今度は圧縮した矢ではなく、炎の波を放ちます。この熱波、先ほどと同じ攻撃では防げません。出方を見ます。
メガグラスセクトは高々とグラスハートロッドを掲げました。彼女が杖を振るうと、呼応するように周囲の地面がせり上がり熱波の壁となりました。
なるほど、あの杖には地面を操る力があるのですね。私の炎のチョークとの相性は、正直最悪です。しかしあれを砕ければ、あるいは勝機もあるのかもしれません。
やるしかない。
「フレイム・トルネード!」
今度は炎の渦。
「どうしたんですの、メガイインチョー! 小手調べばかりですか?」
四方から攻める炎を前に、メガグラスセクトが杖を振るいました。彼女の周囲三六〇度を、円形に土の壁が守ります。たとえ周囲を三六〇度覆ったとしても、『覆えていない場所』があります。勝機は今、この瞬間しかありません!
「メガグラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
再び弧を描き、炎の弓を実態化させます。そのつるを固くひきしぼり、先ほどよりも鋭く研ぎ澄ませた矢を放ちました。狙うは一点。
「メガネっこ・フルフレイムアロー!」
衝撃波とともに放たれた矢は、まっすぐとメガグラスセクトに向かって飛んでいきます。
「甘いですわ! グラスハァァトロッド!」
メガグラスセクトが杖を高々と掲げると、先ほどより分厚い岩の壁がせり上がってきました。
そうだろうと読んでいましたとも! イインチョークを振り上げ、炎の矢の一部を炸裂させます。爆破の衝撃で、矢は大きく軌道を上にそらし、メガグラスセクトの真上の天井に突き刺さりました。
そして再びイインチョークを振り下ろします。第二の爆破! グラスセクトの頭上の岩は、彼女めがけて崩落を始めました。
その岩は真っ先に、彼女の杖を直撃したはずです。
崩落の衝撃と粉塵が洞窟内を埋め尽くしていきます。……当然、まだメガグラスセクト本人は健在のはず。決着をつけるには、バングラスの破壊以外にないでしょう。起き上がられる前に、距離を詰めました。
──甘かった。
粉塵の中から、鋭い一撃が私の腹部を直撃しました。その痛みの中で、私は自身の見込みの甘さを思い知りました。私に打撃を見舞ったそれは、グラスハートロッドでした。
「なるほど、確かにわたくしの防壁は地面から生成するもの。上が無防備だというのはいい着眼点でしたわね。この杖を狙ったのでしょう? ですが残念でしたわね」
地面に伏した私に、メガグラスセクトが超然とした余裕をたたえて言いました。
「この杖は、いわばわたくしの信念の結晶。正義は決して! 砕けない!」
メガグラスセクトが間髪入れず、自身のメガネを押し上げました。
「メガグラスアップ」
そのサングラスから琥珀の閃光が彼女を包み、やがてそれはグラスハートロッドに集約していきます。そしてグラスハートロッドが、勢いよく地面に突き立てられました。
「グラスハァァト・アースクエイク!!」
琥珀の輝きが稲光のごとく地面に走り、遅れて衝撃波と粉塵の壁が迫ってきました。
迷っていられる状況ではありません。衝撃波を、最大出力の技で相殺するしかない。
立ち上がり、ブリッジに手をかけます。
「メガ、グラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
二度目のメガグラスアップの反動が、私自身の体を襲います。向こうの技の直撃を喰らうよりはマシと思うしかない。
「メガネっこ・イマジナリィィィブレイズ!!」
今描ける最大の炎を描き、爆炎の不死鳥を解き放ちます。
衝撃波と真正面からぶつかり、その力は拮抗しました。不死鳥にぶつからなかった部分の衝撃波の壁だけが、そのまま後方へと流れて地面をえぐり取っていきます。
轟音が洞窟内に反響する中、ついに不死鳥は衝撃波を完全に相殺し、消滅しました。
精力を使い果たし、膝をつきます。
「メガグラスアップ」
メガグラスセクトがその一言を言い放った時、彼女はいつの間にか私のすぐ目の前にいました。
黄金の一撃が、容赦無く私を地面に叩きつけます。
「か……うぁ」
呼吸すら苦しい。
《メガネグラスへの過負荷を検知しました システムを終了します》
変身が強制的に解除されてしまった私を、やはり変身を解除した姫乃さんが抱き起こします。
「大丈夫ですの? お怪我はありませんか?」
よく言いますね。
姫乃さんは、私の顔からメガネを外しました。
「これはもうあなたには必要ありません。さあ、今は休みましょう……」
姫乃さんの指から、ベッコウ色の糸が私に絡みつく様に伸びて、私を包んでいきます。
「私は『メガネっこ』です!」
次回 第14話『『ふたりでメガネっこ!』その1
残り3話です。次回更新は5月1日金曜日!




