第12話『グラスハートは砕けない』その1
旧神社。風太郎が項垂れながら、メガネグラス・ブルーをネルネに差し出しました。
「オレにはもう、これを使う自信がない……」
ネルネは首を振りました。
「もってる方がいい。やつらまた、ふうたろ狙うかもしれない。あかりも」
「私は、元々手放す気なんてないです」
「なんでだよ……」
風太郎が泣きそうな声を出し、私を睨みました。
「燈だってわかるだろ! 限界じゃんか、オレたち……! その倒れそうな体でまた変身して戦ったら、今度こそどうなるかわからない! オレがなんとかしたかったけど、このざまだ……。終わりにしなきゃだめなんだよ、もう……オレたちの、『正義の味方ごっこ』は……」
「私は、正義の味方じゃありません」
言ってることがわからないという様子の風太郎を一人残し、門限だからと神社を後にしました。
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第12話『グラスハートは砕けない』その1
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自室に戻り、体を布団に投げ出しました。天井を仰ぎながら、メガネのブリッジを押し上げます。
「グラス、アップ」
変身した自分の手をかざしあげ、私はゆっくりと瞼を閉じます。
「なぜ変身した」
声に気がついて目を開けると、ネルネが私の顔を覗き込んでいました。
「なぜですかね……。変身したかったから、かな」
「だから、あかりはメガネを手に取ったのか?」
ネルネが、大きな瞳で私を見ました。
「……ネルネにはわかない。なぜあかりが変身してくれるのか。なぜふうたろが戦ってくれるのか。わかなくても、やってくれるならいい……とおもてた」
「今は違うんですか?」
「わかんない。でも、知りたくなった。ニンゲンは、ほかのニンゲンのために動けるのか?」
「ネルネさんも、お姉さんのためにこの世界に来たんじゃないですか」
「ねーねのため、ちがう。やつら倒しても、ねーねは戻らない。復讐は、ネルネのためだ」
この幼女は──いえ幼女なのでしょうか、案外オクトポリス人の平均的な年齢なのかもしれませんが──見た目以上に割り切った子だと思いました。
「他のヒトのために、か。そうなれたら良かったな」
私はいつだって、自分のことばっかりですからね。風太郎みたいに、周りのことを考えるとかができない……。
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授業終了後、教室の入り口に宮内律先輩が来ていました。教室内をきょろきょろと見回していました。
「あの、風太郎を探しているんですか?」
声をかけると、宮内先輩が意外そうに答えました。
「いや? 冬馬がいないから、こっちに来てるんじゃないかと思って来てみたんだ。見てない?」
「いえ……」
「加賀美もいないの?」
「知りません。どこかにはいると思いますけど……」
「……そうか。邪魔したね」
宮内先輩は何か言いたげに私を見てから、結局口をつぐんで去っていきました。
「風太郎さんと、喧嘩でもされたのですか?」
姫乃さんが、不意に私の前に現れました。
「別にそう言うわけではないです」
それともこれは喧嘩なのでしょうか。風太郎の正論に、私がだだをこねているだけなのではないでしょうか……。結局今日一日風太郎とはあまり話せていません。
「イインチョーさん、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
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美術部部室。頭を抱えてスケッチブックに向かい合う風太郎を前に、南雲八子は内心頭を抱えていた。後輩のいたことのない八子にとって、風太郎はいわば未知の存在であった。
「わかんないんすよ……」
風太郎はメガネグラス・ブルーを目の前でじっと掲げていた。南雲八子にとっては、自分のメガネを見つめているだけにしか見えず、不可解そのものだった。
「何か悩んでいるの……ですか?」
「その、例えばなんすけど、友達にやりたいことがあるみたいで……あ、描きたい絵とかでもいいんすけど。でもそのやりたいことは、他の人は反対することで……。オレは応援していいのか、やっぱり止めた方がいいのか……」
八子は、しばらく言い淀んだのち、風太郎に答えた。
「加賀美さんは、どうしたいんでしょうか」
「……わかんないんすよ、それが……。第一、なんであんなにがんばれるのか、オレにはわからなくて……」
八子は自分の絵に向き合った。
「そう、ですね……。私の絵も、私が本当に描きたい絵も、どうやら他の人には評価されない絵のようです。だから、そういう絵は描いちゃだめなんだって……思ってました」
悪夢の中のことを八子は思い出す。自分には描けないと、描けるはずがないと、自分で自分を色眼鏡をかけて見ていた。
「今でも、怖いままです。本当の自分の絵を見せるのは。……でも、隠しながら生きるのは、とっても苦しくて……そんなのがずっと続くのは、嫌だなって……思ったんです」
八子は続けた。
「ごめんなさい、何に悩んでいるのかわからないので、あまり言えないですが……。自分自身の本当の気持ちは、やはり大切……だと思います……」
「オレの本当の気持ち……」
ガタン、と勢いよく風太郎は立ち上がった。八子が思わず縮み上がった。
「ごめんなさいっす先輩! オレ、行かないといけないところがあって!」
「は、はあ」
「先輩のおかげです!」
「はあ」
「ありがとうございましおわあ!!」
勢いよく部室の扉を開くと、宮内律が立っていた。
「あぶないな! ぶつかるとこだったぞ!」
そう言いながら、律が胸を押さえた。
「いや、そっちこそなんで急にいるんだよ! 言っとくけど、冬馬との決闘なら当面やるつもりは──」
「その冬馬を探してる! 見当たらないんだ、さっきから」
「冬馬がいない? ああ、うーん……しょーがない、そっちを先片付ける! まったく、世話の焼けるやつ……」
嵐のように去っていた二人を見送り、半ば放心状態で八子は座っていた。
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「あの、姫乃さん? どこへ向かっているんですか?」
校舎の中を、まるで目的地が決まっているかのように歩を進める姫乃さんについていきながら、私は尋ねました。姫乃さんは、微笑みながら返しました。
「二人きりになれる場所、ですわ」
「ふた……」
思わず顔が火照ります。人形のように端正な顔たちの姫乃さんに言われると、女の私でも照れてしまうのはなぜでしょう。
階段を上がり、姫乃さんは屋上のドアを開きました。
「あれ……鍵空いてましたっけ」
「──イインチョーさん、何か悩んでいらっしゃいますの?」
唐突に、姫乃さんが尋ねて来ました。
「そう見えましたか」
「そうですね。わたくし、相手の目を見ればなんとなくわかるんですわ。この国の言葉にもありますわね。『目は口ほどに物を言う』と。いい言葉ではありますが実際のところ、言葉より瞳の方がより雄弁に語るものです」
澄んだ琥珀色の瞳に見据えられ、私は後ろめたい気分になりました。
堂々と屋上を進んでいく彼女の後ろを、一抹の罪悪感を感じながらついていきます。
「憧れの人がいたんです。いや……人たちですかね。その人たちは、どんな悪にも困難にも屈することなく……自分たちの大切な日常を守る、私の憧れでした」
メガキュア。メガキュアシリーズの一作目のことであり、シリーズの通称。少女二人が女神の戦士メガキュアに変身し(ここら辺はシリーズごとに若干の設定違いはあるにせよ)悪と戦う変身ヒロインもの。自分でも子供っぽい憧れだとわかっています。なろうなんて考えたことも(少なくとも小学校高学年以降は)なかった。ちゃんと勉強をして、そういうのを作っている会社に入れれば私も関われるかもしれない。それくらいの気持ちでした。でも、いざ目の前に「なれる力」が現れたら。私は迷わず掴んでしまった。
屋上のフェンスに手をかけ、遠くの空に目をやります。例の気球が、未だに空に浮いていました。探査機(『気球が見えるヒトが見えるくん』)……ネルネが打ち上げた、メガネのシカク者を探すための機械。あれが次のシカク者を探し出したら、私はもう変身しなくてもよくなってしまうのでしょうか。
「素敵な方々ですわね」
「はい。でも……私では、どう転んでもなれないと気がついてしまったんです」
「そんなことありませんわ! イインチョーさんは、すばらしい方です!」
「何も知らないじゃないですか! 私は、自分のためだけに周りの人の気持ちを裏切るような女ですよ!」
言ってしまってから、私は慌てて姫乃さんを見ました。
「すみません、私……」
「よく存じておりますわ。あなたがどれだけ勇敢なヒトか。メガイインチョー」
一瞬、聞き間違いを疑いました。
「今なんて?」
「メガイインチョー。この世界で一人目のメガネのシカク者……!」
背筋が冷えました。なぜそれを姫乃さんが。以前、姫乃さんがグラスセクトに囚われた時? でもあのときは気絶していたはず。
いや。
そうじゃない。
なんで気が付かなかったのだろう? この子の喋り方を、私はよく知っていたはずなのに──
「はああ♡ やっと嘘をつかずに、あなたと語れますわね。わたくしです。わかりませんでしたか? わたくしの本当の名前は、プリンセスグラスセクト・グルヴェイグ。グラスセクトの王女ですわ」
目の前の高貴な少女と、幾度となく私の前に現れたアリの姫の立ち振る舞いが唐突に一致し、私は慌ててメガネグラスのブリッジに手をかけました。
「グラスア──」
変身しようとしたとその時、上空から爆発音がしました。ネルネの探査機が、煙を上げながら林へ墜落していっていました。探査機を墜落させた主が、ちらりと林の中に降りていくのが見えました。巨大なカマキリ、グラスマンティスですか。
「本日は戦いに来たわけではありませんの」
「それは助かります。先に倒さないといけないやつもできましたから」
「行かせてさしあげる、とも言っておりませんわ」
アリに似たサングラスの怪人たちが私を取り囲むように現れました。
「ご同行願いたいのです。ここで戦って、ご学友を傷つけたくはないでしょう?」
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「どこいったんだ、あいつ! 私たちに心配させやがって」
苛立たしげに探し回る宮内律の後ろで、風太郎は異変に気がついた。ネルネの打ち上げていた気球が撃墜されたのだ。
「なあ! 冬馬は、いつからいないんだ?」
「部室にカバンがあった。……あー、トイレか? なんか探すのがバカらしくなってきた……」
悪い予感を悟られまいと平静を装いながら風太郎は律に言った。
「多分そうじゃないの? きっとひょっこり戻ってくるって。オレは自分の用事があるからさ、あとはお願い」
風太郎は、手に持ったメガネグラス・ブルーを装着しながら駆け出した。
校舎の陰に走った後、すぐに風太郎は変身した。どこからともなく、ネルネが慌てた様子で近寄ってきた。
「たへんだ! ふうたろ! あかりがさらわれた!」
「は!? 燈が!?」
「やつら、ニンゲンに化けてた!」
風太郎は頭をかき乱した。
「ああーもう! いろいろ起こりすぎだろ! 気球をやったやつもほっとけないってのに!」
「最後の観測データだと、カマキリだ! でも罠だ! ふうたろをおびき出すための!」
「わかってるよ! でもいかないとヤバイ気がするんだ!」
気球が墜落した林の中。たどり着いてみればやはり、緑の怪人が待っていた。バッタの怪人グラスホッパーである。
「本当に来るとはな」
「オレを呼び出すために、こんなことをしたんじゃなかったのか?」
「いや、それは姫だ。私は……正直、お前はもう変身できないだろうと、そう思っていた」
確かにそうだったかもしれない、と風太郎は思った。自分がここに立てていることを不思議に思った。
「何にせよ、再び向かってくるとなれば、道は一つしかない。お前の相手は」
「グラスアップ!」
《グラスアップ グラス2に移行します グラスシューズ生成》
風の靴を身にまとい、一気にホッパーとの距離を詰める。寸前、ホッパーが身をかわした。メガダッシュは返す体で回し蹴りを放つが、それもホッパーに止められた。
「話は最後まで聞くのだな。お前の相手は私ではない。『彼』だ……」
そう言って消えるホッパーと交代するように、林の中から巨体が姿を見せた。銀に輝く二本の鎌。三角形の頭部には鋭いW型のサングラスをつけ、細長い巨大な体躯は翼を広げてより大きく見せていた
カマキリの怪物、グラスマンティスだ。
「タタカエ!! カガミィ──!!」
ダッシュが振り下ろされた鎌をよけて後ずさる。鎌の一撃は地面を割った。ダッシュが思わず拳を握りしめる。自分の名を呼んだ怪物を前に、ダッシュは確信する。
「やっぱりそうなんだな……! わざわざオレの友達を……!」
「それは偶然だ。彼には素質があった」
「オレハ……オマエヲコエル!」
グラスマンティスが林の木々を切り飛ばしながらダッシュに迫る。一撃一撃が必殺であり、まともに正面から戦っていい相手ではないことがダッシュにも分かった。グラスマンティスは、地面に落下していく枝すら執拗に切り刻んでいた。
「脳筋すぎだろ!? 冬馬!」
《敵の戦闘能力を解析 最高速、一撃の威力ともにこちらを凌駕しています 撤退を推奨します》
「そんなこと、したくはないんだが!」
と言いつつダッシュには身をかわし引いていくことしかできていない。
いつまでも逃げるわけにはいかないと覚悟を決め、ダッシュは一気にグラスマンティスの背後にまわりこんだ。小回りだけで言えば、グラスマンティスを越えているようだ。
「おとなしくしろバカ!」
背面へ蹴りをお見舞いするも、グラスマンティスはひるむことなく振り向きざまに鎌をふるった。両断を覚悟したダッシュだったが、体表面の見えないベールのようなもので最悪の事態だけは間逃れ、ダッシュは衝撃で茂みの中に投げ飛ばされた。しかしそれでも、腹部のコスチュームは横一文に裂け、うっすらと血が滲んできている。
「オレノマエカラキエルナ!」
木の葉を、グラスマンティスが手当たり次第に切り刻んでいる。
「あいつ、オレが見えてないのか? なんでだ?」
舞い散る木の葉。動いていないメガダッシュ。
「オレノマエヲハシレ!」
そうか──と風太郎は気がついた。
冬馬は、目標を見失ってしまったのだ。風太郎が目の前から消えたことによって。彼のように走りたいと思っていた相手が消えてしまった。その喪失感が暴走したのがグラスマンティスなのだ。
「悪かったな、いきなり消えて……」
ダッシュが立ち上がる。それに反応し、グラスマンティスが鎌を上段に構えた。
「でも仕方ないだろ。勝手に憧れられたって、オレだって勝手に生きてるんだから。でもそれで、置いてきぼりにされるのは辛いよな……」
風太郎はメガネのブリッジに手をかけた。
「でも、オレはオレの人生だし、燈も燈の人生だし、冬馬だって、冬馬の人生だろ! メガグラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
メガダッシュの足元から、暴風が吹き荒れた。周辺の木々の葉や、枯れた枝を空中に無数に舞い上げる。宙を舞うそれらを、グラスマンティスが切り刻んでいく。その間を、あえて悠々とメガダッシュが歩いていく。
「オレがいるのは台風の目ってやつだ。やっぱり、動いてるもの優先なんだな」
グラスマンティスの目前でクラウチングスタートの体勢となり、一気に飛び上がる。それでも、身にまとった乱気流の方が速い。グラスマンティスにはメガダッシュが映っていない。
「目に焼き付けとけ! メガネっこ・タイフーンキック!」
サングラス前までくれば、さすがのマンティスも気がついた。が、もう遅かった。ダッシュの蹴りがサングラスを跳ね上げ、乱気流に飲まれたサングラスは粉砕された。
「少しは搦め手も使うようになったか、メガダッシュ! だがしかし、こちらも陽動は十分だ」
そう言って、満足げにホッパーが去っていった。
ダッシュの着地とともに、グラスマンティスは元の北川冬馬少年に戻った。
「ほら! 冬馬起きろ! 律っつんも心配してたぞ!」
ダッシュは冬馬の頬を叩いた。
うっすらと、冬馬が目を開く。
「……あんた、は……!?」
冬馬の目が覚めてから、ダッシュは自分がメガダッシュに変身したままであることに気がついた。
「あ、えー、あー、通りすがりのスーパーヒーローだ! 目が覚めたなら、さっさと帰るんだな!」
変身後の強力な脚力で、風太郎は林の中を脱していった。
らんらんと目を輝かせる冬馬を置いて。
林を抜けてなおかけ続けるダッシュの元へ、宇宙服に身を包んだネルネがバーニアを背負って飛んできた。
「話が違う! 変身したら姿が見えなくなるんじゃなかったの!?」
「ふつうそう! でもバングラスの影響か……もしくはもともと素質が少しあったか、見えるようになたみたい!」
ようやっと、メガダッシュが立ち止まった。
「とにかく、次は燈だ! 居場所はわかる!?」
「メガネグラス、ハシンキついてる!」
「さすが! じゃあ今すぐ行かないと!」
「すぐはムリだ! ……ハシンキあっても、ジュシンキが壊された! タンサキにつんでたやつだ! だから今から、ジュシンキなおす! ふうたろも手伝え!」
そう言って、ネルネが先行して飛んでいく。
「手伝うって!? オレに機械の修理は無理だけど!?」
次回予告! グラスセクトのかかげる理想の世界。ついに激突する、メガイインチョーとプリンセス・グラスセクト。最終決戦の幕が上がる!
第13話『グラスハートは砕けない』その2
毎週土曜と日曜日あさ8時30分更新!




