第11話『メガネっこ解散ですか!?』その2
私は昔からそうなんです。思いつきで風太郎を巻き込んで、自分の体力を無視してあちこちに連れ出して……
『あかりのおばあちゃん、どうしよう……! あかり、すごい熱があって……!』
『だいじょぶれす……わたしはだいじょうぶ……』
『それの……それのどこが大丈夫だ! 燈!!』
そういえば、あのときの父が一番怒っていましたっけ──
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旧神社。私は今日も懲りずに来ていました。父には悪いと思う。けれど他に、行くあてもなかったのです。
それに、もしかしたら風太郎も来ているかもしれない。そう期待しました。期待外れだったようですが。
ため息をついて、神社の境内の半分朽ちた木のベンチに座ります。
「……昨日は大変だったみたいね」
下のカフェのマスターでした。
「ごめんね、カフェの窓から見えちゃったからさ。あれ、明鏡さんでしょ。君のお父さんの」
「……すみません、お騒がせしましたか」
「そんなことはないけどさ。でもいろいろと大変なのかなって思って。厳しいお家なのかな?」
「いえ、そんなことないです。普通、だと思います……」
そう、普通。ずっと得体の知れない父親だと怖がってきましたが、なんてことはない、子供を心配する普通の父でした。父の心配も、風太郎の心配も、どこまでも『正しい』。『正しい』とするなら、私はこのまま手を引くべきなのでしょうか。
カフェのマスターは喋ってはくれません。きっとそれは、私の心に過剰に干渉しないようにしているから。この人は大人で、わきまえているから。
だとしたら、知りたいことは自分で聞かなくてはいけません。
「……反対されてしまったんです。私がやりたいことを、お父さんにも、風太郎にも。二人の言ってることは正しくて……そんなとき、もしマスターなら、どうしますか」
カフェのマスターは、少し考え込んだ後、境内の大木を見ました。
「大きい木でしょ、これ」
「え? あ、はい」
「何千年も前からここにあるみたいよ。おじさんが小さい頃にも、ここにあった。おじさんもね、昔よくここで遊んでたんだよね」
何の話なのでしょう。
「大学生の時だったよ。親友と大げんかしちゃってさ。おじさんの進路のことで。おじさん、こう見えても昔はけっこう優等生だったのさ。だから親友は、僕に安定した大企業に行って欲しかったらしいんだ。そのほうが絶対、お前のためになるはずだって……僕のこと、あいつなりに心から心配してたんだよな。言うことが何でもかんでも正しいやつだったなぁ」
「それで……マスターはどうしたんですか?」
おじさんは両手を広げた。
「ま、この通りさ! おじさんは街の片隅の、ちっちゃなお店のマスター。でもさ、仕方ない。それがおじさんが、心からやりたいって思っていたことなんだから。それに、これだってすごいだろう?」
私は、マスターのことが眩しくて思わず目をそらしました。
「マスターは、きっと、マスターが向いていたんですね……」
「そうかもなぁー。おじさんこう見えて器用だものね~。でもさ、やってみなきゃわかんなかったよ。ただの若者がさ、やる前から何でもかんでも分かってたらそれこそ変じゃない」
からりと笑いながら言います。
「最初から諦めるつもりだったらさ、ここには来ないし、人に相談もしない。それをするってことは、君にもなりたい自分が見えちゃってるんだろ?」
「なりたい自分が……見える?」
「本当になれるかどうかはわからないし、こんなこと言うのは無責任かもしれないけどさ。君は昔の僕よりも若いんだから、やってみてダメでしたでもいいじゃないの?」
マスターは去って行きます。
「……大人にだって、何が正しいのかわかんなくなる時があるのよ。いや、ほんとは誰にも、『正しいこと』なんてわかっちゃいないさ。だから神頼みだってしたくなるもんなのよ。おじさんも時々ここにきて、この木の前に立ったりするんだよね。『あいつ』もそうなんだよな、きっと」
去り際の言葉は意図がよくわかりませんでした。
大人も悩むんでしょうか。父も悩んだんでしょうか。私みたいに?
正直、私は悩んでばかりです。好きなものを好きでいることを迷い、友達に本心を言うことを迷い、今だってそう……『正しい安全』と『正しくない危険』を天秤にかけている。
マスターは、私がやろうとしていることが命の危険があるとわかったら、何と言うのでしょうか? きっと、その時は止めてくれるのでしょう。大人として。そんなこと想像もしていないから、背中を押してくれている。だとすれば、マスターの言葉を図々しく使って足を踏み出すのは、マスターに対する明確な裏切りになってしまわないでしょうか。
悶々としながら、時間ばかりが過ぎていきます。だけど、何かをしなくては気が済まないのも確かでした。
ーーーー
田園のあぜ道。踏切が足止めをした。
着信が鳴った。風太郎が携帯を見ると、燈だった。
「もしもし……」
『私です』
「燈」
少しだけ、風太郎の声が弾んだ。そういえば、今日は声を聞けてなかった──そう彼は思った。
夕暮れの踏切に、各駅停車の電車が入ってきた。
『あなたが私を心から心配してくれていること……私にもわかっています。その気持ち、痛いほど伝わっています。だから、私の気持ちもわかるはずです。私も、あなた一人で戦わせたくない』
風太郎は答えなかった。当然知っていたのだ。
電車が走りすぎていく。遮断機が上がる。
「……今度ゆっくり話そう。また明日、学校で」
『ふう──』
風太郎は携帯をしまい、顔を上げた。
「直接来るとは思ってなかったな。でも、そうか。オレの顔は最初から知っているもんな」
サングラスのアリ、プリンセス・グラスセクト、そしてバッタの武人グラスホッパー。二体が、踏切の向こうに立っていた。
「今日は怪物同伴じゃないのか」
「争いに来たわけではありませんから。今日はご相談に参ったのですわ」
「そんな言葉、素直に信じると思うのかよ? グラスアップ!」
風太郎はメガダッシュに変身した。そしてプリンセス・グラスセクトに殴り込む。攻撃を片手で軽くいなし、プリンセスは言った。
「まっすぐなのはあなたの長所ではありますけれど、こう血の気が多くては話し合いになりませんわね。ホッパー、少し大人しくさせなさい」
「はっ」
グラスホッパーが前に出て、するどい蹴りをダッシュに放った。ダッシュはかろうじてその攻撃をかわし、急いでホッパーから距離をとる。
「そっちも足技がメインか! 実はこっちもだ! グラスアップ!」
《グラス2に移行します グラスシューズ生成》
風の靴を身にまとい、ダッシュは再びホッパーに突撃する。右から攻める、とフェイントを入れて左に跳躍し、ホッパーの陰から回し蹴りを繰り出した。ホッパーの左の上の手に、攻撃が当たった。
ホッパーには、昆虫同様の6本の手足があった。うち2本は人間同様足として使われている。
「動きが良くなっているな、メガダッシュ。着実に成長しているようだ。だが」
ホッパーの右の『下』の手が、ダッシュの足首をつかんだ。そして空中に放り投げられ、かわすことのできない状態で蹴りが炸裂した。
「ぐう!!」
弾き飛ばされ、砂利道に突っ込む。ダッシュのセーラー服をイメージしたコスチュームに装甲はない。鋭い衝撃に、ダッシュは腹を抱えて呻くしかない。
「動きが硬い。お前の攻撃は予想がつく」
「……かもな……オレは頭が硬いみたいだからさ……それでも!」
呻きながらも立ち上がる。ホッパーが困惑し、プリンセスはそれをうれしそうに見ていた。
「まだ立てるか!」
そこへ、少女が息を切らしながら駆けつけた。
ーーーー
「ダッシュ……ダッシュ!!」
胸騒ぎを感じて風太郎を探していました。踏切の音からきっとここだろうと、目星の場所に私がたどり着いた時、風太郎はすでにボロボロの状態でした。全身は土まみれで、左手は腹をかばうように抑えていました。
「グラス──」
「変身しないでくれ!」
私の手がとっさに止まります。
「なぜ……無茶です! 風太郎っ!!」
「見てて欲しいんだ。オレだけでもけっこうやれるってところをさ……。じゃないと燈は、納得してくれないだろ! メガグラスアップ!」
《メガグラスアップ 承認しました》
ダッシュが空中に飛び上がります。ホッパーはそれを油断なく見据えていました。ダメ! 私は制止を振り切り変身しました。しかし私が変身完了したと同時に、ダッシュの攻撃は発動してしまいました。
「メガネっこ・ブルーウィンド・トルネード!!」
青い竜巻となって、ダッシュがホッパーに急降下していきました。
その竜巻の中心を、ホッパーのするどい蹴りが貫きます。しかし風はそのまま大気に溶け、風圧の余波がホッパーの足元に砂煙を立たせました。
「む!?」
風太郎が、いやダッシュが、風に紛れてホッパーの裏を取りました! 今のメガグラスアップ自体が囮だったのです!
「今だ! メガグラスアップ!!」
ダッシュがメガネのブリッジを押し上げました。2回目のメガグラスアップ! 私と同じ無茶を!
しかし、様子が変です。風太郎の表情が困惑を隠しきれていません。
「……発動、しない……?」
「はあっ!」
ホッパーも一瞬困惑していましたが、しかしいつまでも棒立ちでいるほど甘くはなく、回し蹴りでダッシュを捉えました。そしてダッシュは、その場に叩きつけるように倒されます。
「なん……で……なんでだよ……!?」
「残念ながら、それがあなたの限界ということですわ、メガダッシュ……」
静かに、さとすような声でアリの怪人が言います。
「メガダッシュ、あなたは素晴らしい方です。現実をありのままに見つめる、とても美しくて素直な瞳。……あなたを悲しませてしまうのは、心が苦しいわね。ですが、伝えなくてはいけません」
アリの怪人はそっと膝を折り、ダッシュのそばに跪きました。
「どうか、メガイインチョーから手を引いてください。ご自身でも気がついていらっしゃるのでしょう? 自分が、メガイインチョーと並べる人ではないということに」
怒りがこみ上げてきました。あなたにダッシュの──風太郎の!──いったい何がわかるというの! 私はダッシュへ駆け寄ろうとしました。彼が私を見ました。
涙を溜めた、悲しい瞳で──
私は、それ以上進めなくなってしまいました。なぜ、なぜ否定しないのですか。それを……それをあなたが認めてしまったら……。
「メガイインチョーであれば、たとえ自分の身が焼けようとも二度目のメガグラスアップをホッパーに当てたでしょう。あなたにはできなかった。あなたは賢いから、気がついていたのですね。自分には、二回目は扱いきれないという現実に……」
ダッシュは黙ったまま、うつむいたまま、答えません。
「あなたは限界を踏み越えられる人ではありません……それは決して悪いことではありませんわ。ただ、あなたではメガイインチョーに相応しくないのです。メガネっこに変身するのは、もうおやめなさい」
アリの怪人が何かをしたわけではないのに、その瞬間、風太郎の変身がほどけるように消えてしまいました。
アリの怪人は完全に戦意を喪失した風太郎を、こともあろうか慰めるように撫でてから、立ち上がり私の方を見ました。
「あなたとも、お話がしたいと思っておりましたの」
「風太郎から離れてください」
「ずいぶん怒っていらっしゃるようですね。それも無理はないことですが」
アリの怪人がメガネをあげました。その姿が次第に薄まって、薄暮に消えていきます。
「今日のところはひきましょう。頭に血が上っていては、話し合いも難しいでしょうから。近いうちにまた伺いますわ。ごきげんよう」
怪人たちは去り、あたりは夕闇に沈んでいきました。
次回予告。燈の前に現れた姫乃コハクは、ついに自らをプリンセス・グラスセクトであると明かす……!
第12話『グラスハートは砕けない』その1
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