リザードマン達の名誉
ミーナさんは逃げてなんか居ない!
逃げてなんかないんです……!!
~草の生えた巨岩群~
ミーナとクリオネが乗る馬は、ガスコーニュの部隊から逃れる様に隘路へと駆け込んでいく。
しかし、彼女達の目前には岩山が立ちはだかるように、行く先を囲んでいた。
その時、岩の裂け目から飛び出した木が、ミーナの緑色の瞳に映った。
「──これだ!!」
「【レッドデビルズソード】!!」
ミーナの抜き放った赤い蛇腹剣はひとりでに伸び、木の幹に巻き付いた。
彼女はクリオネを抱えて叫ぶ。
「《収縮》!!」
蛇腹剣がミーナとクリオネを引き上げていく。
ガスコーニュは即座に後続の兵士へサインを出し、兵士達はUターンしながら迂回路を探しに隘路を引き返して行く。
ガスコーニュ自身は馬の腹を蹴り、加速する。
「この俺の追撃から逃げられると思っているのか!!!」
「《ウィンドスロープ》!!」
強烈な突風が戦馬とガスコーニュの巨体を持ち上げ、木に掴まったミーナへ一直線に向かって来る。
ミーナはクリオネを抱いて、木から岩場へ飛び移る。
「──マジかよ!?」
ガスコーニュと戦馬は更に風で舞い上がり、ミーナ達の前へと軽やかに着地した。
ガスコーニュは巨大なランスをミーナへ向けて言う。
「【レイス姫】を渡せ」
「二度は言わない」
ミーナはその圧倒的な圧に、声を出す事すら出来なかった。
そこにあったのは、数々の運命を屠って来た『黒い死』であった。
しかし、ミーナはクリオネを抱き寄せながら不敵に微笑む。
「相棒を渡せと言われて渡す傭兵が、この世の何処に居んだよ」
クリオネは震える手でミーナの腰にしがみつき、青い瞳でガスコーニュを睨んでいた。
「……俺の追跡は逆効果だったか」
「ならば言い方を変えよう」
「【レイス王国第一王女クリオネ・レイス】、貴女を《ジャンヌ・ド・ユクセル枢機卿》の命で捕縛しに来た」
ミーナの顔から血の気が引いていく。
「まさか、【聖少女】の勅命なのかよ……!」
「テメェら!!クリオネを何に使う積もりだ!!」
「それは【聖少女】のみが与り知る事だ」
ガスコーニュはランスの先端を一ミリも反らさず答えた。
クリオネは膝を震わせながらミーナへ言う。
「……私も名前だけは知っています」
「その名はレイス王国の宮廷まで響いていましたから……」
「どんな人物までかは知らないですけど……」
ミーナは赤い蛇腹剣を構え、ガスコーニュを睨みながら言う。
「……生まれ付き神聖魔術と治癒魔術が使える、神に選ばれしバケモノだよ」
「【聖少女】が生まれてから、神聖魔術と治癒魔術の数は倍になったと言われているくらいだ」
「その功績の甲斐あって、ユクセルは僅か17で枢機卿の地位に就いた」
「17……!?」
「私と5つしか……」
「え!?クリオネお前12歳だったのかよ!?」
「通りで可愛すぎるワケじゃん!」
「思春期食べ頃真っ盛りじゃん!?」
ミーナはクリオネを抱き上げ、笑顔で頬をくっつけた。
「ちょっ、ちょっとミーナさん!」
「今そんな場合ですか!?」
「命より重要な事実だぜ、それは!!」
「そして俄然、お前を護らないと行けなくなったぜ!!」
ミーナの鮮やかな緑色の瞳へ力が戻り始める。
クリオネは自分の心臓が高鳴り、身体の震えが治まって行くのを感じた。
ガスコーニュは息を吐き、クリオネを見下ろして言う。
「北方連合は今や、レイス王国第二王位継承者である《クルピンスキー公》の手に落ちた」
「あの強欲な魔導鎧使いは、世界の富全てを我が物にしようと教会領と各都市を狙っている」
「貴女は奴のクーデターにより、その身を追われたのだ」
クリオネは唇を震わせながら口を開く。
ミーナは彼女の恐怖と怒りを感じ取り、剣を強く握る。
「……だ、だから……貴方達教会は……」
「この機に私を改宗させ担いで、北方侵攻の手先にしようと……」
「それはない」
「例え【聖少女】の目論見がそうでも、俺がそうはさせない」
「大戦の地獄を見てきた俺が、この身を賭けて保証する」
ミーナはクリオネの前に出て、馬上のガスコーニュを見上げて眉間に皺を寄せながら言う。
「もう止めとけよ、黒騎士のオッサン」
「12歳の華奢な妖精ちゃんにはテメェの圧はキツすぎんだよ」
ミーナは赤い蛇腹剣を抜いた。
ガスコーニュの鷹の様な黄色い瞳が鈍く光る。
「──決闘か」
「傭兵ミーナ、お前にはその資格すら無い」
「お前は田舎町で子供でもこさえながら、無難に生きるのが似合っている」
──そうだ。
私はこれ以上を失う事を恐れて、何もかもから逃げていた。
1人で生きていた気になっていて、誰かに甘えてこの5年を過ごして来た……
「でも……」
「今度はたった一つだけど、最後まで護りたいんだ」
「誰かが甘えられる自分を取り戻したいんだ」
「──良いだろう」
「お前の挑戦、受けてやる」
「傭兵ミーナ、お前の事は死ぬまで忘れない」
クリオネは大粒の涙を流し、ミーナの後ろから言う。
「ミーナさんは逃げてなんか居ない!」
「逃げてなんかないんです……!!」
嬉しいコト言ってくれるじゃないか、クリオネ。
マトモな社会や生活からも、戦場からも逃げて来たけど……これで逃げられなくなっちまった。
全く、大した相棒だぜ。
「さっさと掛かって来いよ、黒騎士のオッサン」
「テメェは童貞じゃないだろ?待ってる女にハジかかす気か?」
返答は微塵の容赦も無い、巨大ランスによる刺突だった。
ミーナはそれを紙一重で躱すと、馬の足に向かって蛇腹剣を放った。
「──甘い!」
ガスコーニュは人馬一体の動きで馬を竿立ちさせ、剣による斬撃を躱した。
ミーナはすかさず、馬の腹に向けてリボルバーを撃った。
ガスコーニュはすかさず、魔術を発動させる。
「《アーマーライト》!!」
馬の腹へ神聖魔術の文字列が纏わり付いて銃弾を弾いた。
ミーナはガスコーニュの手首に飛びつき、腕十字を極めようとした。
だが、ランスは彼の手から落ちなかった。
「俺に格闘戦を挑む気か?」
「舐めるな!!」
ガスコーニュは反対側の手でミーナの片足を強引に外し、掴んで彼女を振り回す。
そして、ミーナを岩場に叩き付けた。
「ぐぅっ!?」
ミーナの身体に凄まじい衝撃が走り、一瞬動けなくなった。
だが、彼女は膝を震わせながらも立ち上がる。
何故なら、同じ痛みを抱えてうずくまるクリオネが居たからだった。
「アリス、お前の置き土産……今ココで5年ぶりに使わせて貰うぜ……!」
ミーナはスペードのエースが書かれたトランプを、ポケットから取り出した。
「空間魔術仮発動!」
「《シャッフルドロー》!」
トランプは燃えながら閃光を放った。
次の瞬間、ミーナと馬の位置が入れ替わり、彼女はガスコーニュを担ぐ形になった。
「そうら!!」
ミーナのバックドロップにより、ガスコーニュは後頭部から落とされる。
甲冑を着ていたとは言え、凄まじい衝撃は彼の首から脳に伝わり、視界が揺れる。
「……!」
ミーナはすかさず倒れた彼に対し、ナイフで甲冑の隙間を刺した。
そして一刺しした後、後方宙返りで跳んでランスとの距離を取った。
「……なるほどな」
ガスコーニュは起き上がり、バイザーを上げて笑う。
そしてナイフを構えるミーナに向かって言う。
「お前もあの地獄を生き抜いて来たのか」
「屍が積み重なり、魔導砲弾が飛び交い、魔術の業火が砂漠と雪原を焼き尽くしたあの地獄を……」
「正直……アンタの前に敵として立つ方が、余程地獄だぜ」
「ライテンルトの戦いで重騎兵部隊を率い、敵の陣地をガンガン踏み潰してたあの光景は、まだ脳裏に焼き付いてる……」
「──見ていたのか」
「戦場の片隅でな……」
「まさか、踏み潰される方になるとは思ってなかったよ」
ガスコーニュはランスをミーナへ向け直す。
「こんな逸材を見逃していたとは……俺も若かった、という事か」
「本当に惜しい……」
「……その割にはランスがこっち向いてるぜ、聖騎士サマ」
あのナイフ……全く効いてねぇぜ、チクショウ。
ガスコーニュはバイザーを再び下ろす。
「……フン」
「お前の様な油断のならない女には、これくらいが丁度良い」
その時、クリオネは岩の間に見え隠れする影に気付く。
彼女はセレンから預かった荷物をミーナへ見せ、叫ぶ。
「これ!」
「投げても良いですか!?ミーナさん!」
「!!」
「投げろ!クリオネ!」
クリオネは躊躇わず、岩の間に向かって荷物を力一杯放り投げた。
放り投げられた荷物を、鱗で覆われた四本の指が掴み、それを開いた。
荷物は引っ込む。
『『『私は死ぬ! 私は死ぬ!』』』
『『『私は生きる! 私は生きる!』』』
リザードマン達が自分の鱗を叩きながら、岩陰の間から出て来た。
ガスコーニュはミーナ達から目を逸らさずに、彼等の威嚇と敬意を受け取り続ける。
リザードマン達は片膝を付き、自分達の力こぶを思い切り叩いて叫ぶ。
『『『私は死ぬ! 私は死ぬ!』』』
『『『私は生きる! 私は生きる!』』』
『『『この硬い鱗の男が……』』』
リザードマンの【ハーン】が集団より一歩前に出て、一しきり唸る。
そして、彼等はまるで全員が一人の戦士かのように、一糸乱れず鉤爪の付いた足で岩場を踏み鳴らし始めた。
『『『太陽を再び輝かせた女によって……』』』
『『『一歩前へ、さらに一歩前へ!!』』』
『『『太陽が輝く!!』』』
『『『ハァッ!!』』』
クリオネは岩場何処か砂漠全体を震わせるような、リザードマン達の雄々しい掛け声に圧倒された。
ミーナは笑顔で膝を付き、自分の腕を叩いてリザードマン達へ叫ぶ。
『待たせたな!!』
それに対し、リザードマン達は喉を鳴らす様な、低い咆哮を響かせた。
ガスコーニュは黒い甲冑の中で、ほんの少しだけ口元を吊り上げた。
「……これは仕切り直しだな」
「ここまでされたら、俺の負けだ」
ガスコーニュはランスを下げ、黒い戦馬に飛び乗った。
そして彼は笑顔のミーナへ言う。
「その命、次の戦場まで預けておく」
「もし死んでいたら、今度こそ地獄まで追い掛ける」
ミーナはガスコーニュの方を振り返って言う。
「……聖少女サマのお使いは良いのかよ」
「レイス姫を捕まえろ、リザードマン達を討伐しろ、とまでは言われたが……」
「俺の目の前には両者とも見当たらない」
「そして、期限も決められていない」
「……流石はベテランだな」
「『上』のいなし方も見事だぜ」
「さらばだ、荒野の女戦士」
ガスコーニュは馬を竿立ちさせると、見事な手綱捌きで崖を駆け下りて行った。
今回のリザードマン達の動きの元ネタは、ニュージーランドの伝統舞踊であるハカです。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「期待している」「ガスコーニュが色んな意味で強くて完成されてる」「ミーナの戦い方好きだ」
「聖少女とかまた不穏な……」「思春期食べ頃真っ盛りじゃん!?」「クリオネが本当にヒロイン」
「ここでリザードマン!」「迫力スゲェ……」「ガスコーニュのおっさん好きになった」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。




