交易と闇商人と酒(後編-④)
私もこの通りだ
今回は勘弁してくれないかね?
~早朝~
~お屋敷・主の部屋~
「旦那様。朝食の用意が調いましてございます」
クーヤは綺麗に整えた白い髪を整え、主人の部屋を2回ノックした。
「入りなさい、クーヤ」
「はい。旦那様」
クーヤは静かに扉を開け、頭を一度しっかり下げてから主人の部屋に入る。
窓際には、安楽椅子に座りながら窓の外を眺める長身の老旦那が、その澄んだ青い瞳を彼女へ向けていた。
「最近、この屋敷が急に賑やかになった気がするが……」
「随分と元気な新人が入ったようだな、クーヤ」
クーヤは指で額を押さえながら、老主人の言葉に答える。
「……元気過ぎて私の手には余りそうです、旦那様」
「アレは暴れ馬ならぬ、暴れメイドです」
「手が掛かりすぎて、参りそうです」
「ははは……!」
「その割には穏やかな表情じゃないか、クーヤ」
クーヤはドキッとし、老主人の顔を見上げる。
老主人は窓の外を見ながら言う。
「窓から見ていたよ、あの赤髪の姉妹とお前のやり取りを」
「お前の自然な笑顔を見るのは、実に久しぶりだった」
「……いつも苦労をかけて済まなかったな」
「い、いえ!そんな、旦那様……!」
そして老主人はクーヤの方へ向き直る。
そして、彼はクーヤのスカートと足を見ながら言う。
「もう……そのナイフを使う機会は無いだろう」
「私は【教会】の暗部と交渉し、お前を奴隷の身分から自由市民にし、任務から解放する様掛け合った」
「今日はその答えが返ってくる日だ」
クーヤの灰色の瞳が収縮する。
老主人は言葉を続ける。
「あの赤髪の大きな方……たしかミーナと言ったか」
「彼女がお前を真に自由な人間にしてくれる、そんな気がしているのだ」
クーヤはその薄い桃色の唇を震わせながら言う。
「……私はもうお役御免という事ですか?」
「私にはこの屋敷と暗闇以外で、生きていく術など……」
老主人は杖を付きながら立ち上がる。
「クーヤ」
「お前にはその術が既に備わっておるよ」
「お前には人を纏め、動かす力がある。それはどの世界でも応用が利く物だ」
「ミーナという暴れメイドを躾けられるのなら、お前に制御出来ない人間などこの世に居ない」
「旦那様、まさかミーナ達を臨時でお雇いになったのは……」
「お前を運命から解放する為に、古い知人に相談していたんだ」
「そして彼女は私の希望通りの人材を寄越してくれた。だからこそ、この機会を逃したくは無かった」
「旦那様……」
「まさかご結婚なされて無いのは……」
老主人は葉巻を取り出し、火を点ける。
その灰色のオールバックが、淡い炎に照らされた。
「彼女に惚れてしまったら、最早並の女では物足りんのだよ」
「彼女に惚れている男は星の数程居るが、彼女をモノに出来たのはたった一人の男だけだった」
「それでも頼まれたら言う事を聞いてしまう……彼女とは男女を越えた絆が出来てしまう、そんな女なんだ」
老主人は煙を吐き出し、額縁に納められた小さい絵葉書を取り出す。
そこには若きセレンと、中年の老主人が描かれていた。
「とても……綺麗な人ですね、旦那様」
「ああ、彼女の為ならどんな危険を冒してでも、隊商や船団を組んだものだ」
「まるで砂漠の中に湧く巨大なオアシスの如く……傭兵団の皆にとってそんな存在だった」
老主人は額縁を懐へ仕舞い、杖を突きながら食堂へ向かって歩き始める。
~食堂~
老主人が扉を開けると、そこには既に温かい食事が並べられ、ミーナが机に突っ伏して寝ていた。
クーヤはミーナを小突き、腕を組みながら言う。
「貴女、何をやっているワケ??」
目覚めたミーナは立ち上がりながら、クーヤの言葉に答える。
「何って……」
「朝飯の用意を……あっ」
老主人は椅子に座ってミーナへ言う。
「涎が垂れているな」
「随分と早起きしたのか、それとも腹が減っているのか」
《グゥ~~ギュルルルッグググッグゥ~~……》
その時、ミーナの腹からはしたない音が鳴り、クーヤの眉と唇の端がピクつく。
しかし老主人は笑い、クーヤへ言う。
「クーヤ」
「起きている使用人全員分の食事をここへ」
「だ、旦那様!」
「いいじゃないか」
「偶には皆で楽しむのも」
「か、かしこまりました……!」
ミーナは頬杖をつき、イタズラっぽい笑みをクーヤへ向ける。
「良かったな、クーヤ」
「朝からご馳走にありつけて」
「今日みたいな日だからこそ、良いモン食ってバシッと気合入れようぜ!」
クーヤはミーナの頬を両手で挟んで言う。
「人前ではメ・イ・ド・長!!」
「そう呼べと何度も言ったわよね!?このダメイドミーナ!」
「あと敬語忘れてるわよ!!」
「ひゅ、ひゅあい」
クーヤは老主人からの視線に気づき、赤面して喉を鳴らした。
ミーナはクーヤの手を引き剝がそうとしたが、彼女の手に触れた瞬間何かに気付き、彼女の手を取った。
「……お前、これナイフだこ……」
「……っ!!」
次の瞬間、ミーナの頭にゲンコツが落ち、彼女はクーヤに引きずられて行った。
~30分後~
「……うっま!」
「このベーコンエッグうっま!」
ミーナはベーコンエッグを、口の限界ギリギリまで頬張って行く。
クーヤのヒールが、ミーナのつま先に直撃する。
「はしたないわ、ダメイドミーナ」
「ぃ~~っ……!」
メイドと老主人達はその光景を見て、静かに笑う。
クーヤはナプキンを取り出し、ミーナの口周りを拭く。
「全く、まるで子供みたいなんだから……!」
クリオネは紅茶を飲みながら、その光景へ僅かに頬を膨らませる。
「……姉と随分と仲が宜しいですね、メイド長」
クーヤはハッとし、両手を振ってヘタな笑顔で誤魔化したが、もう後の祭りだった。
「そっ、それはそれ!」
「これはこれよ!リオ!」
(誤魔化すのヘタだなぁ、この人……)
クリオネは大豆と玉ねぎのスープを、半ば呆れながら飲み込んだ。
朝日が射し始め、食卓は賑やかになって行く。
「でさー」
「ラクダの唾を躱す遊びをしていたら、依頼主の顔に唾が直撃して激おこされたワケよ」
「あのラクダの気まずそうな顔、爺さんにも見せてやりたかったぜー!」
老主人はミーナの話に大笑いする。
「それは災難だったな!ラクダも!」
「で、依頼主からギルド経由で女将に話が繋がって、めでたく私の頭にもコブが出来たってワケ!」
メイド達の中には腹を抱えて笑う者まで出ていた。
その時、食堂の扉が門番によってノックされる。
「旦那様、教会のキオト支部からの使者でございます」
「通せ」
門番によって扉が開かれ、僧服とツバがない硬く四角い帽子を被った神父が現れる。
クーヤを含むメイド達は全員立ち上がり、クリオネも様子を見ながら立ち上がる。
しかし、ミーナだけは一瞥しただけで朝食を食べ続けていた。
「こ、こらミーナ……!」
クーヤはミーナへ立つよう促したが、ミーナは紅茶を飲み干して言う。
「こちとら朝メシ中だぜ?」
「寧ろ食事中に配慮させる方がおかしいだろ」
老主人も杖を神父に見せて言う。
「私もこの通りだ」
「今回は勘弁してくれないかね?」
神父は表情を崩さず、従僕に手紙を差し出させる。
しかし、神父の藍色の瞳は明らかにミーナを睨み付けていた。
老主人は手を叩き、二人のメイドが隣室に用意してあった箱を持って来る。
「トスカニーニの醸造所から直接仕入れたワインとビネガーだ」
「是非持ち帰って、支部の皆様で味わって頂きたい」
神父の目の色が変わる。
「これはこれは……!」
(流石はキオト一の富豪……!)
老主人は土産物に夢中になってる神父を余所に、ミーナに笑い掛けた。
ミーナも彼へイタズラっぽい笑みを返す。
そして老主人はクーヤへ手紙を渡した。
「旦那様……」
「今までご苦労だったな、クーヤ」
「今日のパーティが終われば晴れて自由市民の身だ」
老主人は懐から小切手を取り出し、クーヤへ渡す。
「これを当面の生活費の足しにしてくれ」
「今まで良く私に尽くしてくれた」
クーヤが小切手を見ると、そこには生活費20年分は軽く超える分の額が記されていた。
クーヤの灰色の瞳から涙が溢れる。
「旦那様……!」
彼女は老主人に抱き着き、老主人は彼女の背中を撫でた。
ミーナは二人に向かって笑顔で親指を立て、メイド達も泣きながら拍手していた。
そしてクーヤは封蝋を切って手紙を開く。
彼女はそこに書かれていた文字を目にした瞬間、石のように固まった。
「え──」
【キオト教会所属奴隷クーヤは聖騎士ウエスギの令により、その奴隷期間を10年延長するものとする】
【異論がある場合は所定の手続きに基づき、審理費用金貨20枚を教会へ納めた上で申し立てを行う事】
彼女は膝から崩れ落ち、老主人は手紙を拾う。
老主人の顔つきが、修羅場を超えた豪商そのものになっていく。
「──神父」
「なんだね、これは」
「君はこの内容を知っていて、ここに来たのか?」
「だとしたら大した度胸だ」
神父は老主人の凄まじい威圧感に目を白黒させ、キョドり出す。
「い、いえ私は手紙を持って行く任を引き受けただけで……」
「手紙そのものは聖騎士ウエスギ殿が……」
老主人は椅子にもたれ掛かり、怒りを吐き出す様に言う。
「あの女か──」
「ガスコーニュ卿ならばこんな手紙、間違っても寄越さないだろう」
「そして……こちらからも言伝を貴殿に頼もう、神父」
「は、はい……!」
「『その挑戦、受けて立つ』、とな」
「これから教会はキオト周辺で軍事・商業・徴税活動は一切出来ないと思え」
神父は顔を汗だくにしながら言う。
「そ、それは教会に対する反逆で……」
「反逆ではない」
「これはタダの喧嘩だ」
「ウエスギ卿と私とのな」
老主人は厳然と杖を床に付き、両手を乗せて言い放った。
クーヤは小切手を震える手で老主人の前に置き、顔を見せずに窓から逃げ出した。
ミーナはパンを懐に仕舞い、窓枠に足を掛けて老主人に大きな声で言う。
「不肖メイドミーナ、これから休暇中のメイド長に会いに行きます!!」
「付きましては、臨時休暇を頂きます!!」
「──許可する」
「クーヤを……頼む」
老人の深く青い瞳と、ミーナの鮮やかな緑色の瞳が交錯する。
そしてミーナは窓から飛び降り、駆け出して行った。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「泣いた」
「暴れメイドは草」「奴隷兼アサシンだったのか、クーヤさん……」
「女将、マジで魔性の女だな……」「早起き出来てえらい!」
「はいはい、ごちそうさまでした(クリオネ感)」「俗な神父だな」「クーヤさんが可哀想過ぎる……」
「老主人がマジでカッコ良い……」「老豪商の本気を感じた」「追い付け!ミーナ!」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。




