交易と九九
そこに座りなさい
~翌日の朝~
~塩湖と町の中間にある岩場~
『じゃあ交易品はこの日陰に置いておけば良いか?』
『問題無い』
『頻度は10日に一度だ』
『ああ、私もそれで問題無いよ』
『寧ろ助かるぜ』
リザードマンはミーナへ麻の袋を渡す。
ミーナは袋を受け取りながら言う。
『なにこれ?』
『我々からの、お前に対する返礼だ』
『キヌアと干し肉、香草、薬草、塩が入っている』
ミーナは袋の中を覗く。
『マジで!?』
『くれすぎじゃない!?』
『【貰った物はより大きな物で返す】』
『【草原の英雄】の言葉だ』
『お前との関係は、何よりも大きい』
ミーナは恥ずかしそうに頬を掻き、はにかんだ。
そしてミーナは手を差し出し、リザードマンはミーナの手を握り返した。
『またな、英雄共』
『そちらこそ、太陽の戦士』
ミーナはフードを被り、クリオネの肩を抱く。
「町へ帰るぞ、クリオネ」
「女将が待ってる」
「──はい!」
クリオネはミーナの服の裾を、ぎゅっと掴んだ。
~夕方~
~砂漠のナベアツ亭~
ミーナは荷物を降ろし、椅子にドカッと腰を下ろした。
そしてミーナはやって来たセレンへ言う。
「どうだ?クリオネの体は」
「大丈夫よ」
「貴女が日陰のルートを選んでくれたお陰で、熱中症にはならなかったみたい」
「今は裏庭のお風呂に入ってるわ」
「そうか、良かった良かった」
「いやぁ~今回はマジでヤバかった……!」
ミーナは机に突っ伏し、日焼けした顔とその緑色の瞳だけセレンへ向けて言う。
「アンタ……教会の動きについて知ってただろ」
「シトマ経由で知らせてくれたのには感謝するけどさ」
「あらあら……❤️」
「何の事でしょう❤️」
「まぁいいや、終わった事だし」
「アンタにも色々と事情があるんだろう」
「取り敢えず牛ステーキバーガーとレモネード一つずつで」
数分後、ミーナの前に置かれたのは本と紙の山だった。
「はぇ……?」
「ミーナさん」
「うん?」
「クリオネちゃんから聞きましたよ」
「7掛ける6を46と答えたそうですね」
「…………」
ミーナの額に汗が浮かび始める。
そして彼女は荷物を持って立ち上がろうとした。
「そこに座りなさい」
ミーナはセレンのガスコーニュをも超える圧を感じ、大人しくその場に座る。
「はい」
(……嫌な予感しかしねぇ)
セレンは満面の笑顔で、『やさしい九九』と書かれた本をミーナの前に掲げた。
表紙の名前欄には『ドゥーちゃん』と書かれていた。
「1日45分」
「私の所へ来て、お勉強をする事」
「お勉強が終わらなければ、ご飯はありません❤️」
「実質選択肢ナシじゃねーか!」
「私はなぁ、戦場で生き残ってきたんだぞ!」
「今更そんなモン……」
セレンは青いおさげを後ろへ流して言う。
「私やクリオネちゃんに、数字は全て放り投げる気?」
「クリオネちゃんを書類の山で殺したいの?」
「うっ……!」
「今まで手続きや書類はやってあげてたけども、クリオネちゃんが来た以上……」
「甘え続けるのは許しません」
「ふぁい……」
ミーナは気の抜けた返事をし、うなだれた。
セレンはミーナの日焼けした、傷だらけの手に自分の厚い手をそっと重ねて言う。
セレンの手から温かさが、ミーナの手に伝わっていく。
「少しずつ、一歩一歩着実にやっていけば大丈夫よ」
「ご飯を食べる為の準備だと思って、やっていきましょうね」
ミーナは赤い髪をかき分けながら答える。
「……分かった」
「こっちでも頑張ってみるよ」
「もう逃げないと決めたしな」
「えらい❤️」
セレンはミーナの頭を撫で回した。
その時、クリオネが風呂から上がって酒場に戻って来た。
「あ!セレンさん!」
「お風呂ありがとうございました!」
セレンは立ち上がり、エプロンを取る。
「ふふ。気持ちよかったでしょ?」
「天然温泉なのよ❤️」
「ダウジングが得意な元傭兵の人に見つけて貰ったの❤️」
そしてエプロンの紐を結びながら、湯上りぽかぽかのクリオネへ言う。
「すこーしお願いがあるんだけども、大丈夫?クリオネちゃん」
「はい!セレンさんのお願いなら!」
ミーナは『やさしい九九』の本を開きながら、頬杖をついてクリオネへ言う。
「私とエラい態度違うじゃねーか、おーぅ?」
「セレンさんはとてもしっかりしてらっしゃいますから……」
「ミーナさんは家の掃除もロクにしてなくて、生態系が出来上がってるじゃないですか」
「そして46の件です。もうお分かりですね?あと、それと……」
クリオネは細い腰に手を当て、指でミーナの所業を数え始めた。
「お分かりだから、もう止めてくれ」
ミーナはクリオネの言葉から逃げるように鉛筆を持ちながら、練習帳へ数字を書き込んでいく。
セレンは火を焚きながら、クリオネへ言う。
「ちょっとミーナちゃんのお勉強を見ててくれるかしら」
「その間にご飯の準備をするわ」
「はい!分かりました!」
12歳に面倒見てて貰う28歳とか前代未聞だろ。
頭を抱えながら九九のドリルをこなしていくミーナを、クリオネは優しさを感じる青い瞳で見つめた。
~10分後~
「ぐがぁ~~……」
(もう寝てる……!!)
クリオネは、鼻提灯を作っていたミーナの肩を突いて起こす。
ミーナはよだれを垂らしながら、半開きの眼でクリオネを見る。
「んぁ……途中で起こすな……」
「勉強の途中ですよね」
「……はっ!」
ミーナは慌てて宿題に戻って鉛筆を持つが、向きが逆だった。
クリオネはため息を付き、ミーナの『成果』とやらを確認し始める。
「じ、字が汚すぎる……!書き順もメチャクチャ……!」
「も、文字の書き取りも必要かも……」
それでもクリオネはなんとか内容を読み取って行き、答えを確認していく。
ミーナは暇そうに、鉛筆をクルクルと回していた。
クリオネはあるページをミーナへ見せて言う。
「1章の小テストですが、0点です」
「10問中、正解はゼロです」
「ウソだろオイ」
「じゃあなんで3 × 5が18になるんですか?」
「……説明してみて下さい」
「いつも大体それぐらいになるから」
クリオネは長い銀髪と共に、首を横に振る。
「算術で大体はダメです」
「全てが正確な……」
そして、彼女は何かに気づく。
「──やり方を変えましょう」
「例えば、ミーナさんが1日に3つのチキンバーガーを食べられるとします」
「ミーナさんは、5日でどれだけのチキンバーガーを食べられる事になりますか?」
「えっと……」
「2日で6個、3日で9個、4日で12個、5日で15……あっ!」
「15個だ!15個!」
「正解です!ミーナさん!」
「『数字は数字そのものじゃなく、好きな物に置き換える』んです!」
勉強の重圧に支配されていたミーナの顔が、パーっと明るくなり始めた。
ミーナは『やさしい九九』を手に取って、クリオネへ言う。
「だったらよ!」
「その考え方、もっと大きな掛け算や割り算へ使える、って事か!?」
「ヤベェ!町がチキンバーガーで埋まっちまうぜ!」
クリオネは、目をキラ付かせるミーナを見て言う。
「また5分後に答え合わせをします」
「出来そうですか?」
「おう!任せろ!」
~5分後~
「出来たぞ!」
「今度こそカンペキだぜ!」
クリオネはミーナの解答を採点していく。
「……凄いですよ!ミーナさん!」
「10門中9問正解です!」
「ぃよっしゃぁっ!!」
ミーナは立ち上がり、叫びながらガッツポーズをキメた。
そして彼女は椅子に座り直し、再び鉛筆を握る。
「この調子で平らげてやるぜ!!」
~30分後~
クリオネは心の底から驚いていた。
目の前の赤いヒャッハー女が、ドリルの3分の1を30分でこなした事に。
(とんでもない集中力……!)
(やっぱりミーナさんは凄い!)
ミーナは鉛筆を放り出し、机を叩き始める。
「女将!勉強終わったぞ!」
「メシだ!メ~~シ~~!」
「はいはい❤️」
セレンはミーナの注文通り、牛ステーキバーガーとレモネードを持って来る。
そして、オレンジと梨の付け盛りを後から持って来た。
「えーっと……一品多いぜ、女将」
「頑張ったご褒美❤️」
「強盗団の頭を捕まえても、こんなご褒美なんか出なかったのに……」
ミーナの身体が震い、緑色の瞳が潤んで行く。
セレンは彼女の隣に座り、青いハンカチで彼女の目頭を拭ってやる。
「泣いたら美人が台無しですよ、ミーナちゃん」
「そして……お帰りなさい」
「……ただいま……」
女将は何も言わず、ミーナを抱き締めた。
はい。
クリオネによるミーナちゃん28歳の教育が始まりました。
セレンのミーナ育成計画、出だしは順調そうです。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
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「クリオネ、教えるの上手いな……」「ミーナの成長具合が凄い」「女将からは愛情を感じる」
「お帰りなさい」
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