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ep.52 俺たちLEEの解散ライブ

こんばんは。今日も元気にやってまいりましょう。

『解散ライブ』


 嵐と時を同じくして、俺たちLEEも解散ライブを開催することになった。といってもあちらは全国のドームツアー。こちらは狭い小屋で300人も入れば御の字だ。

 でも、俺たちには根強いファンがいる。そのファンのためにもちゃんと「さよなら」と言える機会が欲しい。今回の解散ライブはそういう意味でも意義がある。

 嵐は配信するらしい。俺たちだって、当日はYouTubeの生配信を行う。が、精精せいぜいアクセス数は数百もあればいい方だろう。

 俺たちLEEは95年に結成して、今年で31年目になる。昨年は30周年記念ライブとして、全国10大都市ライブを開催した。キャパはそれでも200名ぐらいだ。

 俺たちのラストナンバーは決まっていた。

『プロポーズ』だ。

 一応オリコンのデイリーで72位を取ったことがある、最初にして最後のヒット曲だ。

 当時は小室哲哉が全盛期で、ダウンタウンの浜田雅功が歌う『WOW WAR TONIGHT』が世間を賑わせていた。彼らはミリオン、ダブルミリオンを連発し、俺たちはそんな陰で手売りで一枚一枚、キャンペーンと称されるドサ周りで売っていった。

 ビールケースを裏返して、そこにベニヤ板を乗せて、ステージにした。照明なんてものはない。ドラムを置く場所がないから、キーボードのドラムでポンポンとキーボードを叩いてドラムの音を出した。ギターはギリギリ接続できたが、満足のいく音は出せなかった。それでも俺たちLEEは声の限りに歌い続けた。

 中には嘲笑ちょうしょうしていくやつもいた。酒に酔った酔っぱらいに絡まれたこともあった。それも今となってはいい思い出話だ。

 思い出話といえば、こんなことがあった。

 ある日、女性が一人で俺たちの路上ライブを見てくれていた。その女性が、『プロポーズ』の歌を聞いて泣いてくれた。訳を聞くと、プロポーズを受けたばかりで、感極かんきわまったらしい。

 俺たちはまさしくそんな音楽を目指していた。日本の、あるいは世界の、誰か一人に刺さる歌。俺は嬉しかった。彼女が泣いてくれたことが。ミュージシャン冥利みょうりに尽きる、ってやつだ。

 きっと、彼女も俺たちの解散ライブ配信を見てくれる一人だろうと信じたい。


 解散ライブ前日。

 最後のリハが始まった。ギターのサトシは音を出した。ドラムス、ニシとベースのチャーリーのリズム隊がベース音を出す。

 そして、ボーカルの俺、トシキが声を出す。 いつものようでいつもではない、何か特別な今日だけはずっとこうしていたいと思った。

 ドラムス、ニシがスティックを回しながら、ファンの一番盛り上がるドラムソロを叩き始めた。俺は初めてニシの笑顔を見た。楽しそうに叩いている。本当に音楽が好きなんだな、そう思う。

 ギターのサトシはチューニングを念入りに始めた。ギターのサウンドで変わってしまうからな。

 そしてボーカルの俺、トシキはのど飴をめる。生姜しょうがを絞った汁を飲む。おおよそ、喉にいいことはほとんど試した。この生姜汁が一番きく。これに炭酸を割ればジンジャーエールだからな。

 ベースのチャーリーだけは一番心配した。というのも、先週まで新型コロナで病院に入院していたからだ。この解散ライブ間際に危ういところだった。でもなんとか間に合った。これも俺たちLEEらしいといえばLEEらしい。

 俺は悔いた。解散の原因は俺にある。

 俺は覚醒剤で二度逮捕歴がある。一度目は『プロポーズ』がオリコンランクインして、次の曲を書くのに焦っていた時。その次は、言いたくない。どうしても聞きたければ、俺に浴びるほどの酒をくれ。酒なしで素面しらふでは語れるかよ。

 今、俺はダルクという覚醒剤の依存症いそんしょうの回復施設にいる。そこでリーダーをしている。

 主にやっていることはミーティングだ。そこではアルコールも禁止されていて、買い物も絶対二人以上で行かなければならない。一人で行くとアルコールを買ってしまう可能性もあるからだ。それから醤油や味醂みりんなどでもアルコールが少しでも入っていればそれは買ってはならない。だから、最近では食品表示まで細かく見るようになった。

 ノンアルのビールも本当は厳しくいえばビールに属するからダメなんだろうけど、ノンアルだけは認められている。

 ミーティングではなぜ自分が薬に手を出したかをみんなで車座くるまざになって、話し合う。中には言い出すまでに一時間かかる利用者もいる。みんなそれぞれ苦しい思いを抱いているのだ。

 俺はダルクのリーダーとして、薬だけはしちゃダメだと思う。でも、本当は苦しくて、毎日が勝負なんだ。今日大丈夫だったから明日も大丈夫じゃなくて、今日大丈夫だった。そして次の日も今日は大丈夫だった、って毎日がそれの繰り返しだ。

 あんまりダルクの話ばっかりになってもあれだから、俺たちメンバーの自己紹介でもしておこう。

 まずは、俺、リーダーのボーカルのトシキ。本名は非公開。年齢は52。中年まっしぐら。腹の肉もみっともないぜ。小学校の頃から歌だけはうまかったな。中学では学年代表に選ばれてオーケストラと一緒に、校歌を録音した。高校時代は特にスポーツをするわけでもなく、同級生と初めてバンドを組んだ。でも、文化祭で発表するとかはなく、ただ組んでスタジオで練習して終わった。俺が変声期のような声があまり出なかったので、うまくいかなかった。メンバーとも仲分かれした。

 ギターのサトシ。54歳。メンバーの中で一番年上。でも、一番甘えん坊。やっぱり末っ子も影響してるんだろうか。『プロポーズ』の作曲を担当。ちなみに歌詞は俺が作った。二人の共同合作。

 ベースのチャーリーは52、俺と同い年の同じ大学の連れ。

 大学は関西の大学に進んだ。そこで俺はチャーリーと出会って、語学が一緒で、音楽をやっているとの自己紹介から俺が声をかけた。一浪していたこともあって、すぐに意気投合いきとうごう

 最後、ドラムスのニシは51。メンバー最年少。なんだけど、長男だからか、一番のしっかり者。会計を担当させれば間違いなし。円単位で細かく会計してくれる。機材の交渉ネゴ担当でもある。

 そんな、バラバラな俺たちが、一つのバンドを組み、いわゆるヒット曲というのは出なかったけれど、コツコツと頑張ってきた。

 生計を立てるため、アルバイトで稼ぎ、そのほとんどを有線放送のリクエストに充てた。

 毎週、週間ベスト100に自分たちの曲がかけられるようにメンバーがそれぞれ給料を使い果たすほど、リクエストをかける。

 もう、有線放送のリクエストの電話番号はソラで言えるほどかけまくった。

 当時は携帯もなかったから、10円を積み上げて、公衆電話でリクエストをする。地元では有名な電話ボックスマンだった。

「今週のリクエスト第28位はLEEの『プロポーズ』」とコールされたときはどんだけ嬉しかったか。もう、あちこちのコンビニに入って、自分たちの歌ってる声を聞いた時の嬉しかったこと、本当に。

「夕日の赤があまりに鮮やかすぎて。みにくいこの街を俺が笑い、星空にそっと口付けするとそのまま明日に消えてしまう」

 スピーカーに耳をダンボにして、聞く。

 それが終わったら、また公衆電話から有線放送のリクエストに電話する。

 ラジオ番組にもハガキを送ったことがある。当時、関西では802が流行っていたので、それにハガキを書いた。

 そして、初ライブは忘れもしない、Zepp大阪のライブハウス。

 みんなワンドリンクで、当時2500円だったか、即完売で。

 やっぱり有線放送のリクエストと802の影響が大きかったかな。


 そうそう、今、リハの途中でそんなことを思い出した。

 さあ、本番まであと少し。今日は眠れないだろうな。でも寝ないと声が出なくなるのも困るし。今日はマスクをして寝よう。首にタオルを巻いて寝よう。

 チケットは完売らしい。こんなの95年以来だよ。

 サトシ、チャーリー、ニシ、聞いてるかい。いよいよラストだ。

 ラストナンバーいくぜ!

 ラストナンバーいくぜ!

 おお、いえい、お前ら、わかってるよな。

 全員で、全員でかかってこい、

 かかってこい、

 このあおりは、LUNA SEAにならっている。

 みんな、明日、待ってるぜ。(了)

最後までお読みいただきありがとうございました。

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