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ep.51 月見草

こんばんは。今回は短めで原稿用紙七枚です。

『月見草』


 誰も見ていないところで咲いている。誰も見ないところで頑張っている。そんなあなたが好きでした。

 わたしは知っています。あなたが夢に向かって頑張っていた姿。誰よりもそばで見てきたつもりです。

 あなたは中学時代、野球部のレギュラーはおろか補欠にも入れず、ずっと玉拾いとボール磨きをしていたこと。

 あなたは必死でボールを探し、時には植え込みの草むらに入って泥だらけになっていました。滑り込みやダイビングキャッチでユニホームを汚すのではなく、玉拾いで汚してました。ボールを磨かせればあなたの右に出るものはいないでしょう。打たれて、打たれて、打たれたボールはボロボロで、それでもあなたが綺麗に磨くから。ボールは新品まではいかないけれど、綺麗で。

 守備の練習もさせてもらえなかったわね。それじゃ上手くなるわけもないわね。

 途中から監督にマネージャーになれ、と言われたけれど、僕は野球がしたいです、と懇願こんがんし、玉拾い、ボール磨きに精を出してました。

 バッティング練習でもそうでしたね。あなたはいつもマシンにボールを入れる方で、打つ方はさせてもらえなかったわね。

 帰ってから、夜の十一時まで素振りの練習をしていたね。スイングはあまりうまいとは言えないけれど、見えないボールに必死にバッティングする姿はわたしにはもうそこはフィールドで、あなたの活躍する姿がまぶたに焼きついていました。

 覚えています。あなたが初めて試合に出させてもらった時のこと。代打でバントのサインが出てたらしいわね。あなたはバットを横に構え、チョコン、っと投手の球にあて、見事に三塁線に転がして、進塁はおろか、セーフティーバントになって、自分も塁上に生きました。中学時代でたった一度の打席が最高の形になりました。

 そんな泥臭い努力が実って、あなたは地元の高校ではなく、強豪校に進学しました。わたしはわかっていました。あなたが強豪校に行ってやること。それは中学の時と全く同じ。玉拾いにボール磨き、選手の練習着の洗濯。それじゃマネージャーと変わりないですが、あなたはやり遂げました。

 あなたはどうしてそこまで野球が好きなんですか? 普通だったらとっくに嫌気がさして辞めてしまうのが、どうして。

 それはわたしにもわかりません。

 強豪校の練習はものすごく厳しいです。その厳しさについていったあなたです。もう十分です。おそらく学校自体は甲子園に行くでしょう。でもあなたはベンチ入りはできないでしょう。記録員としても出れないでしょう。

 あなたは言いました。

 お願い。俊徳しゅんとくで野球をさせて、と。

 わたしは、というよりあなたのお父さんは反対しました。進学校へ行って大学受験を目指して欲しいと。母であるわたしはあなたの夢を応援したいと思いました。それに俊徳高校ならば、偏差値が高い高校だから仮に野球でダメになっても大学進学の道があると思ったからです。

 どこの親が自分の子どもに辛い目に合わせたいと思うでしょう。わたしだって、あなたには公立高校に入って、伸び伸びと野球を楽しんで、やって欲しいと何度も思いました。

 あなただって、地元の公立高校ならレギュラーも取れるかもしれないと思ったでしょう。それでも、レギュラーになるよりも、甲子園に近い強豪校を目指したのですから。わたしは何も言えません。それに私学無償化で家計には響かないので、賛成はしました。

 あなたは愚直ぐちょくですから、自分の思った道は突き進む性格です。それはわたしが一番よく知っています。

 あなたは俊徳に入ってから毎晩十二時近くまで残って練習していましたね。

 そんなあなたは俊徳が夏の大会、地方予選決勝で負けて甲子園に行けなかったこと。自分のことのように悔しがっていました。

 そのあと、他校と、ベンチ入りできないメンバーが集まって、最後の練習試合をする、というチャンスが舞い込んできました。

 あなたは十一番の背番号をもらいましたね。

 あなたがこれまでやってきたことを思う存分発揮できるチャンスでした。

 でも、ベンチスタートでしたね。それでも一際ひときわ大きな声で応援している姿がわたしには一番誇らしいことでした。

 あなたはベンチから声援を送り、仲間の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに拍手を送っていました。

 そうして、いよいよ、最終回、あなたに打席が回ってきました。

 あなたはバントのサインが出ているんだろうな、とわたしは思ってましたが、一球目からフルスイングでした。これは「打て」のサインが出ているのだとさっしました。

 あなたはスリーボール、ツーストライクからフルスイングで三振しました。

 あなたがいつも言う、「見逃し三振よりも空振り三振」という言葉を実践しましたね。

 お母さんにはもう十分ですよ。あなたが三年間、まあ、細かく言うと二年半。よく頑張りました。わたしから敢闘賞かんとうしょうを贈りたいと思います。

 三年間お疲れ様。そして、一緒に夢を見させてくれてありがとう。

 あなたの努力は今後どの世界に行っても役に立つと思います。

 負けない、くじけない、くさらない心でこれまでやってこれました。

 どうぞ、胸を張って生きていってください。

 あなたのお母さんでわたしは大満足です。

 今日の晩御飯はあなたの大好きなハンバーグです。

 本当に、玉拾い、ボール磨き、お疲れ様。(了)


最後までお読みいただきありがとうございました。

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