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ep.49 俊宏と久美子の6月日記

こんばんは。俊宏シリーズです。

俊宏としひろ久美子くみこの6月日記』



 6月1日(月)。

 今日は月曜日なので、全校朝礼のある日だ。校長が全校生徒の前に立ち、訓示を述べる。

 校長の話す下で緊張の面持おももちでソワソワしているのが、今日朝礼台で発表をすることになっている風紀委員長の池下俊宏だ。

「それでは、続いて、風紀委員長の池下くんよりお話があります」

 朝礼を仕切る生活指導の福永先生が俊宏の名前を呼んだ。

 俊宏は緊張しながらも、堂々と朝礼台に立つ。

「えー、今週から『遅刻ゼロ週間』が始まりました。遅刻する人がゼロになるように、みなさん頑張りましょう」

 おそらく記憶にはないがそういったらしきことを言ったと思う。俊宏は緊張でそれどころではなかった。

 ただ、緊張した中にも、俊宏の中で気になる存在があった。朝礼台から何度も目のあった少女の存在だ。それが五反田ごたんだ久美子だった。


 6月2日(火)。

 昨日から始まった「遅刻ゼロ週間」に合わせて、俊宏は正門前で朝の挨拶当番で登校する生徒に挨拶をしないといけない。だからいつもより早く家を出る。6時半には家を出て、7時半には学校に着く。

 生活指導室に入ると、腕章を取りに行く。後輩の前刀さきとうに腕章の入ったカゴを持たせて、俊宏はハンドスピーカーを持って、正門前の大きな木の下に向かう。

 生徒がちらほら登校してくる。ピークは8時15分ぐらいだ。それまではちらほらで、挨拶もそんなに忙しくはない。

 担任の小林が鞄チェックを行っている。俊宏は第一ボタンまで締めるように、登校してくる生徒に指示を出す。

「うざいなあ」

と、こぼしていく生徒もいる。

 俊宏のやり甲斐は一つだった。それは、久美子が登校してくるのに合わせて、一際ひときわ大きな声で挨拶をすることだった。

 久美子がこちらへくるのが見えた。俊宏はドキドキしながら、久美子に、大きな声で

「おはようございます」と挨拶をした。

 久美子は気圧けおされるように、少しだけはにかんで、

「おはようございます」とだけ返す。

 それだけで十分だった。俊宏にはそれだけで何かときめきのようなものを覚えるのだった。


 6月3日(水)。

 この日は雨だった。雨の日も「遅刻ゼロ週間」は実施される。傘を差しながらの挨拶運動だった。ところが、傘では顔が隠れてしまい、久美子がどの子か分かりにくい。俊宏は一人一人の生徒の顔を覗き込むようにして、挨拶をしている。下から覗き込むように見るので変な体勢だ。それでも俊宏は一人一人挨拶する中から久美子の存在を探した。

 残念ながら、俊宏はこの時、久美子の名前すら知らなかった。ただ、朝礼台から見えた視線のレーザービームが俊宏を突き抜いたのだ。いわゆる一目惚れも一目惚れだった。

 久美子がなかなか来ない。もしかして、もうすでに登校したのだろうか。そんな不安がよぎった。と、その時、久美子が時間ギリギリで慌てながらやってきて、俊宏に

「おはようございます」と小さく挨拶をした。

 俊宏はそれだけで十分嬉しかった。


 授業が終わって、帰り道、目の前を歩く女子生徒の姿に俊宏はドキッとした。後ろ姿が久美子にそっくりな女子生徒がいたからだ。 俊宏は先回りして、顔を確かめた。確かに久美子だ。それでも声をかけようかどうか迷ったが、変に声をかけて怪しまれても、この先どうしていいかわからない。ここは声をかけないことにした。

 偶然、帰りの電車が一緒だった。俊宏はバカだから、同じ帰り道で同じ駅で同じ時間だから、同じ電車であるのは当たり前のことだ。それすら気づかない鈍感というより間抜けな男だ。


 帰りの電車、途中の駅で生徒や他の乗客が降りたので座席が空いた。俊宏は座った。久美子は目の前の座席に座った。目と目があった。というより俊宏がジロジロ見るから偶然に視界に入ったという方が正しい。

 久美子はどこかで見覚えのある顔だな、と思い、そういえば朝礼台で話していた風紀委員長だと気づいた。

 風紀委員長は久美子の学年でも有名で、ファンクラブもあるぐらいだ。そんなことをつゆ知らない俊宏は、鞄の中から英単語帳を取り出し、明日の小テストの範囲を勉強し始めた。

 久美子の方が積極的だった。

「もしかして、風紀委員長の池下さんですか? 違ってたらごめんなさい」

 いきなり声をかけられた池下は驚いて、頓狂とんきょうな声を出して、

「ハイ、ソウデス」と声が裏返った。

 恥ずかしいと思った俊宏は顔を真っ赤っかにして、照れた。

「私、一年S2組の五反田久美子といいます」

 この時、初めて俊宏は久美子の名前を知った。

「あの、なんで僕のことを知ってるんですか?」

 俊宏は素朴そぼくな疑問を投げかけた。

「だって、毎朝、挨拶してくださってますもん。クラスの女子の間では人気者ですよ、池下さんって。ファンクラブもあるぐらいなんですから」

 この時初めて、俊宏にファンクラブがあることを伝えられた。

「そ、そうなんですか」

 それ以上は何もいえなかった。ターミナルステーションに着くまで、俊宏と久美子のあいだには妙なができた。

「それじゃ、私、あっちですので」

 久美子はそういうと別の電車に乗り換えた。

 俊宏は

「ッシャー!」

とガッツポーズを作って、喜んだ。単細胞だ。


 6月4日(木)。

 今日もぐずついた空だ。今にも雨が降りそうな雨催あまもよいだ。

 傘を持って行こう。

 俊宏は入念に今日の時間割の教科書を詰め込むと、朝ごはんを一気にかきこみ、駅へと向かった。

 ターミナルステーションに立って電車を待っていると、

「池下さん」

と、女性の声がした。

 見ると、久美子だった。

「今日も『遅刻ゼロ週間』ですか?」

 久美子の問いかけに、首を縦に振ることしかできなかった。

 俊宏はもう完全に腑抜ふぬけで、久美子にメロメロだ。

「あのね、池下さん」

「何?」

「お願いっていうか、提案があるんですけど」

「お願い? 僕に?」

「はい」

「お願いって何?」

「はい、『遅刻ゼロ週間』じゃない日は一緒に学校まで行ってくれませんか?」

 俊宏のハートはズキューンと撃ち抜かれた。まさか久美子の方からそんなことを言われるなんて。

「いいですよ」

 そりゃそう言うでしょうよ、普通。

 俊宏の胸は弾んで、浮き足立っていた。

「五反田さん、」

「えー、ちょっと他人行儀たにんぎょうぎです。久美子、か久美ちゃんってよんでください」

 こういう時って女子の方が積極的だ。

 俊宏は勇気を出して、

「久美ちゃん」と呼んだ。

「はい、池下さん。ああ、つまんない。下の名前なんて言うんですか?」

「俊宏」

「じゃあ、トシくんか、トシちゃんで」

「でも、トシちゃんって芸能人にいたよね?」

「もしかして田原俊彦?」

「そうそう」

「じゃあ、トシくんの方がいいわね。トシくん、来週からよろしくね」

「今日はなんでこんなに早い時間なん?」

「だって、それは」

 俊宏、こういう時はさっするんだよ。ばか。

「それは、トシくんと一緒に学校にいきたかったからです」

 久美子ははっきりと言った。

 それから、二人は一緒に学校に行く関係になりました。さて、その後、二人は付き合うんでしょうか?(了)

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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