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ep.48 1995 to 2004

今回は思い出を辿るメモみたいな感じで書きました。かなり個人的な思い入れもあります。

ほとんどの人にはつまらないかも。あんなこともあったな、ぐらいで読んでいただければ。

 1995年。1月17日。神戸を中心とした阪神大震災が起こる。

 同じ年、オウム真理教による東京の地下鉄サリン事件が起きる。

「起こる」と「起きる」の差だが、中身は全く違う。

 この年、選抜高校野球では鳴物が自粛され、PL学園が拍手や声で応援し、評価を受けた。

 この年の甲子園ではPL学園の福留が2本塁打を放った。僕は塾の生徒を引率して見に行ったが、2本とも生徒をトイレに連れていったので見ていない。

 この年、プリント倶楽部、通称プリクラができた年でもある。

 塾の教え子たちと機械の前にスタンバイして、ボタンを押した。

 HEY!HEY!HEY!時にはおこせよ、ムーブメント。

 1996年にはスピッツの『チェリー』が発表された。

 この『チェリー』はギターをやっていたことがある同じ世代のギタリストなら一度は通る道だろう。初心者向けのギター教則本には必ずと言っていいほど載っているのがこの『チェリー』である。

 未来を描いたネコ型ロボットの物語といえば、ドラえもん。その作者である藤子・F・不二雄氏が亡くなったのもこの年である。

 僕は大学2回生(2年生)になった。

 それまでの机上の学問からフィールドへ出ての調査が始まった。僕はエリア・マーケティングを学び、マーケティングの父と言われるフィリップ・コトラーのマーケティングの本を読みふけった。米田清紀の『エリアマーケティング』という黄色の表紙の本は今でも自室の本棚にある、はずだが、あれ? 見当たらないなあ。

 この年の漢字は「食」だった。

 1997年。

 僕は大学の3回生になっていた。ゼミが始まった。海外留学組が帰ってくる。同じゼミに所属する可愛い子が帰ってくる、と話題になったが、のちにCAになったMさんが可愛くて男子学生のテンションが上がる。そんな馬鹿なことも本気で考えられるのが大学生のいいところだった。

 この年、僕は入院することになる。精神科病院への医療保護入院。半ば強制だ。

 X JAPANが解散することになるのを病室で母親から聞いて知った。

 シャープから新しいMDポータブルプレーヤーが発売されて、それを買ってもらった。転院した地元の病院内で、そのMDに入った曲、『幸せな結末(大瀧詠一)』、『RUNNER(爆風スランプ)』、『365コの夜(光GENJI)』の3曲を妹が入れてくれたので、エンドレスリピートで聴きまくった。

 GLAYとジュディマリが全盛期だった。

 1998年は長野オリンピックがあった。みんなで病棟内のテレビのあるデイルームで見た。原田の大ジャンプを興奮しながら見た。モーグルも見た。

 この年はKiroroが流行っていたと思う。

「長い間待たせてごめん」

 テレビから何度も何度もこのフレーズが流れてきた。自然と覚えた。

 若い頃というのは歌が自然に覚えられた。

 今はミセスグリーンアップルが何度も流れてきても覚えられない。単に物覚えが悪くなったとも思えない。なぜなら、10年前に歌えなかった歌が、いい曲は何度もかかるので、自然と覚えている。だからあと10年すればミセスの歌も歌えるのだろう。

 この年、『タイタニック』の映画が上映された。船のデッキでデカプリオの真似をするカップルがいたとか。いないとか。いや、いた。

 GLAYが叫ぶ。「華麗な歴史はお前が作る」

 1999年。

 予定であれば、ノストラダムスの予言の通り、地球が滅亡する年。何も起こらなかった。いや、怒った奴はいただろう。

「地球が滅亡するから貯金全部使ったやろ!」って。信じる方がバカだ。

 就職活動をしていた。宇多田ヒカルがそのやり場のない氷河期世代の就活生を励ました。

 7回目のベル。もっと早く出ろ。新卒の時に上司から言われた。ベルがなると同時に電話を取れ、と。

 狭い中をクネクネと動く宇多田ヒカル。

 彼女が日本の音楽シーンを大きく変えた。小室哲哉は彼女の出現で自分の時代じゃないことを悟ったらしい。

 1999年9月9日。9並びの日。

 モーニング娘。が『LOVEマシーン』を発表した。

「日本の未来は。誰もがうらやむ」

 本当だろうか、こんな未来を。

 2000年。

「2000年問題」で銀行のトップなどは戦々恐々とした。ひっくり返せば、何も起こらなかった。こういうのを杞憂きゆうというのだろうか。

 守礼門が描かれた二千円札が発行された。

 僕はこの年、新卒としてある企業に就職した。

 入社式、ホテルの会場で、社長が挨拶をする。通称「キックオフ」と呼ばれたその入社式で僕は戦略を練る。

 司会のアナウンサーが

「では、今からは自由です。話したい相手に向かってください」と言った。みんなが社長の元に一心に走って行った。

 僕は社長の元には向かわず、これからお世話になる部長の元に駆け寄った。

 後から部長が嬉しそうに、「Mだけだよ、俺のところに来てくれたの」と語っていた。

 でも一年たたずにこの会社を辞める。

 2001年。

 21世紀の到来。激動の20世紀が終わった。20世紀梨はそのままの名前で、20世紀フォックスも変わらなかった。20世紀少年もそのままだった。

 僕らは自由だね。

 この年は、僕は派遣社員としてケーブルテレビで働いていた。

 しょうもない訪問販売だった。半ば詐欺に近い方法で。

 この年、大阪ではユニバーサル・スタジオ・ジャパンがオープンした。

 親戚と行った。まあ、割と面白かった。それから一人で何回か、新しいアトラクションができるたびに、行ってる。と言っても、ハリー・ポッターとニンテンドーエリアの時だけだけど。ちょっと高いな。

 アメリカでテロがあった。

 近鉄の北川が、代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランを打った。

 2002年。

 日韓ワールドカップが開催されたこの年、サッカーが盛り上がる。日本はまだこの時、弱かった。今ではワールドカップに出て当たり前のような空気になっているが、この時のサッカーはただボールを回してるだけでシュートはしないし、守ってる側にはボールは回ってこないわ、で見ていてつまらなかった。サッカーをやっていた(とはいえ中学校の弱小チームだが)身の僕がつまらないんだから、相当つまらないと思う。

 今は違う。勝てるチームになっている。ジャイアントキリングもあって。下剋上かな、日本語で言う。面白い、ただ、普段Jリーグは見ないが、ワールドカップだけは見る。

 この年、ブロードバンド、光ファイバーが我が家にやってきた。初期費用が3万円かかったが、引きたくて、払った。

 向こうの不手際でサービス開始が遅れたので、一ヶ月分無料にしてくれた。

 2003年。

 この年、僕はアップルコンピュータに契約社員として入社する。

 本社はビルの最上階の64階。富士山だって見えた。大阪出身の僕からして東京は大都会だった。新宿のホテルから本社まで歩いて通勤した。もともと大学指定でMacを使っていたし、何より研修が楽しかった。ゲームをしているような、感じだった。実際ゲームだった。オールスター感謝祭のようなゲームをした。成績優秀者になった僕は宇宙でもかけるボールペン、アップルのロゴ入りをもらった。よく考えると下から上を向いて使っているイメージがあるけど、上から下にすれば普通のボールペンでも書けるんじゃない?

 給料が入ってびっくりした。研修とちょろっと現場に入っただけで40数万振り込まれていた。

 思えば、一番楽しい時期だったかもしれない。ちょうどテレビ電話ができた年だ。

 2004年。

 アテネオリンピックの年。僕はセントラルのジムに通っていた。冨田が所属する。

「小学校の頃、ソウルオリンピックを見て、自分もオリンピックでメダルを取りたいと夢を持った冨田。冨田が冨田であることを証明すれば、日本は勝ちます。離れ技はコールマン、よし、これさえ取れば、あとは伸身の新月面。着地に向かう、伸身の深月面が描く、、放物線は、、、栄光への、架け橋だ。取った、日本金メダル。(中略)小西さん、どうぞ、泣いてください」

 アナウンサー志望であった僕は夢が敗れた後も、この実況だけは丸暗記している。名実況というよりはみんなの耳に残っているんじゃないか。でも、少しでもアナウンスをかじった人間として言わせれば、最後の「小西さん、どうぞ、泣いてください」が1番のこの実況のポイントだと思う。(了)


最後までお付き合いいただきありがとうございました。これ以外にも色々と書いてますので、お目目汚しにどうぞ。

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