ep.47 大村さんの補聴器
久しぶりにふざけずに書けました。スマホのメモで三枚分ほど書いて、あとはMacBook Proで続きを書きました。いつもと少しテイストの違う作品ですが、よかったらご覧ください。
補聴器
僕は学生時代、地元のメガネ屋さんでアルバイトをしていた。その店に置いてあるメガネは、ほとんどが福井県の鯖江市産だった。僕の両親が福井県出身なんで、メガネのフレームといえばすぐに鯖江のことが思い出される。
アルバイトなんで、店内の清掃や、お客様が試着したメガネをせっせせっせと磨くのが主な業務だった。
「いらっしゃいませ」と元気よく挨拶をする。大体一日十人も来れば良い方だった。
メガネのお客様がほとんどで、メンテナンスをしにやってくる。メンテナンスは僕もさせてもらって、洗浄液につけて、クロスで磨き、鼻あての汚れを拭いたり、ネジの緩みを直したりする。
綺麗好きな僕にとって洗浄の仕事が一番楽しかった。汚れが浮いて落ちる時の快感。これはやった人にしかわからないだろうな。
丁度、歯に詰まった鶏肉が、取れた時の感覚に似ている。スッキリするのだ。
常連の西山さんは、綺麗好きで、毎日来店される。メガネ屋さんにとっては、メガネを買ってもらう方が売り上げに繋がるのだが、メンテナンスでお客様を離さないことが、大事になってくる。割引の葉書を送ったり、誕生日のキャンペーンの葉書を送ると、大体買ってくれる。大事なお客様である。
来店されると、夏だとまず麦茶を出す。冬だとホットコーヒーを出す。あとは雑談だ。
大体一ヶ月に一度、顔を出す老婦人がいる。二丁目の大村さんだ。補聴器の具合を確かめにくる。丁寧に補聴器を取り外し、耳垢など付いていたら、クロスで拭いてあげる。その後はほとんど雑談タイムだ。
大村さんは、思い出話をよくしてくれる。この前は修学旅行の話で盛り上がった。大村さんは地方出身で、東京へ行くのに、テーブルマナーを勉強したらしい。ナイフとフォークの使い方。みんなで体育館に集まって、練習をしたらしいが、いざ東京へ行ったら、メニューがカレーライスで、スプーンで食べた、というオチまでついていた。
大村さんについて少し話すと、個人情報なのであまりおおっぴらには出来ないけど、六つ年上の旦那さんと息子さんと3人で住んでいるらしい。
大村さんは一時期、歌手を目指していたことがあるそうで、田舎から歌手が誕生することを周りの親戚も皆、楽しみにしたそうである。
大阪の山村善斎という師匠のもとで住み込みでレッスンを受けたらしい。山村善斎とはあまり聞き慣れない名前だけれど、あの船村徹や市川昭介とも交流があり、かなり大阪では、無名だが実力があると言われた浪速百合の『心斎橋』という歌などが代表曲である。
善斎の善は法善寺横丁の『善』を、善斎の斎は心斎橋の『斎』から取った名前らしい。無論、筆名である。
善斎は、演歌歌手に主に曲を提供していたが、あまり売れなかったため、細々と、当時ベビーブームで新設された学校の校歌を作曲する仕事がメインであったらしい。
そんな山村善斎に弟子入りした大村さんは、石川県出身だったことから『加賀みなみ』という芸名をもらったらしい。
発声練習はかなり基礎からやったらしく、メトロノームを使って、「あ、い、う、え、お、あ、お」とテンポに合わせて練習したらしい。
そんな、内弟子時代の話をするときの大村さんが一番目が輝くときだ。
ほかにも、課題曲というのを与えられて、それを練習すると言っていた。
最初にもらった課題曲が、ペギー葉山の『南国土佐を後にして』という曲らしい。
残念ながら学生だった僕はどんな歌かも分からず、YouTubeで検索してようやく知ったほどだ。
課題曲をテープに吹き込んでいったという。
「そのテープ、まだ残ってないですか?」
と、僕が大村さんに質問すると、
「うちにあるよ」と言ったので、
「聞きたいです」
というと、「じゃあ、次回持ってくるよ」と約束して、その日の雑談はそこで終わった。
次の日、と言っても僕はアルバイトで週に三回しか入ってないので、月曜日の次は木曜日なんだけど、その木曜日、大村さんが珍しく短いスパンでやってきた。一ヶ月に一度しか来ない大村さんが三日ぶりにやってきたのだ。
「お兄ちゃん、テープ持ってきたよ」
そう言って、大村さんはカセットテープとポータブルのカセットレコーダーを持ってきてくれた。
早速僕がセットして、再生ボタンを押してみる。
「南国土佐を後にして、都へ来てから幾年ぞ」
それを聞いた僕は身震いがして、
「大村さん、めっちゃうまいじゃないですか」
と、褒めると、照れたように、
「いや、まあ、昔の話だよ」と笑った。
大村さんの破顔の笑みを初めて見たような気がする。
いつも、孫の話をする時も嬉しそうだが、このテープを聴いている時の大村さんは別人だ。
「大村さん、本気で歌手目指してたんですね」
「ええ、まあ、下手の横好きというか。でも、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ってほど歌の世界は甘くはなかったね」
ほんの少しだけ遠い目をした。そこには確かにステージが見えていた。
「大村さん、で、結局どうなったんですか?
続きが聞きたいです」
僕の言葉に上機嫌になった大村さんは、
「一応、これでも全国津々浦々で開催されたのど自慢大会には出たものよ。高知県の県主催ののど自慢大会では、高知市長賞をもらったわよ」
「すごいじゃないですか。それ、もう本物ですよ」
と、僕がいうと、
「でも後でプロが混じってたんじゃないか、って疑いかけられてね。私はまだ練習生だったから、それはギリギリセーフだったわ。レコードでも出してたもんなら剥奪物だったかもしれないわね」
と、照れて最後は頬を赤くした。
大村さんって今でもチャーミングだけど、若い時って綺麗だったんだろうな、って思わせる。だって、吉永小百合にそっくりだもん。全然年齢を感じさせない。若さが確かにそこにある。
「大村さん。若さの秘訣ってなんですか?」
僕は思わず聞いた。
「さあ、主人の悪口を言ってる時かしら。あはは」
大村さんは大きく口を開けて、手をパンパン叩いて笑った。こんなに笑ったのは初めてだ。
というのも初めて大村さんが来た時、まあ、僕の方がアルバイトだから、僕の方が後なんだけど、初めて接した時、あまり笑顔を見せないで無表情だったから、余計に今の笑顔が印象的だ。僕もこんな歳の取り方をしたいな、って思った。
「そろそろ、冬服も終わりね。学生さんを見てればわかるわ。セーラー服が白くなってるもんね」
大村さんが唐突にそう呟いた。
「本当ですね。この部屋はエアコンが効いてるので分からないんですが、外は相当暑いんでしょうね」
と、僕は返事をした。
「暑いなんてもんじゃないわよ。もう10メートルも歩いてごらんなさい。汗はだくだく。息ははあはあ。大変なんだから。特に年寄りはね」
「大村さんに年寄りとは思わないですよ、誰も」
「いやねえ、お上手を覚えるのが上手くなったわね」
大村さんは頬を赤らめて照れた。
かわいいな。
僕は六十歳も年上の大村さんにそんな感情が芽生えた。きっとご主人が優しいんだろうな、だからこんなに若々しくいられるんだろうな。
そう思うと、僕も田舎のお婆ちゃんに、孝行しないといけないとな、と思った。
「孫はね、そのまま生きてるだけで尊いの」
大村さんが前に言ってくれた言葉だ。確かに、そうなのかもしれない。でも直接お婆ちゃんに聞いたわけでもないから、大村さんが思うのとお婆ちゃんが思うのと違うかもしれないけど。
そういうと、
「おおかた、孫ってそんなものよ。そういう存在なのよ」
と、大村さんは孫娘の写真を見せてくれた。
僕と年恰好はそんなに変わらない。正直、かわいいと思った。この前、大村さんに思ったかわいいとは違って、タイプだった。
「孫が彼氏を紹介してくれてね」
ズコッ。勝負する前から負けてるよ。でも、また今度大村さんが来たら、いろんな話をしよう。でも僕もあと少しで大学を卒業する。(了)
最後までお読みいただきありがとうございました。また会える日を楽しみにしています。




