ep.44 井の中のカワズ
こんばんは。まあ、またつまらないものを。どうぞ。
「恋愛は井の中の蛙だよ」
俺の恋愛指南役だった智彦は僕の腕時計の時間をチラ見しながら呟いた。
「結局、大海を知らない、ってことか」
所詮俺の恋愛なんて世間知らずってことだよな、って智彦に返した。
「いや。続きがあるんよ。井の中の蛙、大海を知らず。されど空の深さ(青さ)を知る。ってね。好きな人がいたら、その人だけをまっすぐに見ていればいいんだよ。あ、優作!」
何やら諺らしきことを僕に言ったあと、教室に入ってきた優作の元へと去っていった。
「空の深さを知る、かあ」
スクールバッグを枕に机にひれ伏していた俺はボソリと呟いた。
チャイムが鳴り、教室に担任が入ってきた。
「はい、学級委員」
担任の声に学級委員の雷太が
「起立」というと全員がだるそうに立ち上がり、担任に礼をする。
「えー、と。皆さんに連絡事項です。今日の英語の時間は国語と入れ替わりになります」
出席簿を抱きかかえながら英語の担当教師が交通機関の乱れで遅れていることを伝えた。
朝のホームルームが終わると、また智彦が俺の席に近づいてきた。
「よっ、カワズ!」
「なんだよ。その言い方」
「いいから、今日からお前はカワズな」
「そんな変なあだ名やめてくれよ。最近じゃ小学生のあだ名禁止って学校も多いってヤフーニュースで上がってたぜ」
最近はテレビのニュースを見ないから情報はほとんどネットになっている。
「臆病者の蛙の話、知ってるか?」
「ん? なんだよ、それ」
「ある時な、蛙の子供がお母さんに『今日、すごく大きな動物を見たよ』っていうんだよ。そしたら、お母さんがお腹を膨らませて『このくらいかい?』っていうから子供は『もっと』って。そして『このくらいかい』って言って『もっと』っていううちに破裂して死ぬ、っていう悲劇なんだ」
智彦が訳のわからないエピソードをぶっこんでくる。
「でもさ、蛙の子供ってオタマジャクシじゃないの?」
「まあ、その辺の細かいことは置いといて。お前、今、好きなやついるんだろう?」
図星だ。え? なんでわかる。
「そしたらさ、そのコにラブレターを書いてみろよ」
「なんでだよ。ラブレターなんて昭和かよ。LINEでいいだろ」
俺はそんな面倒臭いものは心底ごめん被りたかった。
「馬鹿だなあ。今、ラブレターがまた流行ってんだよ。気持ちを手書き文字に乗せて贈るんだよ」
「馬鹿でもなんでもいいけど、さっきのオタマジャクシとお母さんの蛙の話は何だったんだよ」
「ああ、あれは、小説家(水少納言)の字稼ぎだよ」
智彦が便箋を一枚用意してくれた。
「これに、思いのたけを書くんだ。いいな、カワズ」
「だ、か、ら、そのカワズっていうのやめてくれよな」
俺は教室の隅っこの自分の机の上で、智彦からもらった便箋に好きな人への思いを書くことにした。
「一つ年下のgirlへ
僕は普段、サッカー部で必死にボールを追いかけてゴールを目指して頑張っています。
この前、バレーボール部の女子がシューズを履き替えているときにMさんのことを見て、少しだけ気になりました。こんな僕でよかったら返事いただけませんか?」
「書いたぞ」
俺は智彦に告げると、智彦が
「一つ年下のgirlへ、ってキザやなあ」
「言われると思ったわ。返して、出すんやめる」
「いや、もう出すから」
智彦が後からナイスと言える行動をこのときに取る。
智彦は女子バレーボール部の同じクラスの高田にそのラブレターを渡した。こういう時って案外他人の方が気楽なんだな、と俺は思った。俺だったらよう頼みはしない。
いいなあ。手紙。LINEだったら即行アウトだろうけど、手紙だと返事までが長いからドキドキする。何この令和の時代にこのドキドキ感。
俺は時々思う。すべてのネットワークが止まったらと。でも、それだと今の社会だと成り立たなくなるんだろうな。
俺、親父に聞いたことがあるんだけど、昔は受験会場に公衆電話が何台も設置されて、合格を家族に知らせた、って。今じゃスマホだもんな。
デジタルネイティブなんて言われてるけど、実際、スマホがなかったら、何にもできないと思っていたけれど、意外とそれもいいもんだな。あのよく最近テレビでやってる昭和を振り返る番組があるけど、オカンに聞いたらあれが普通やって。たとえば、昔はどこでもタバコが吸えたらしい。駅とかでも。今じゃ考えられないよな。それにテレビで未成年がタバコを咥えるシーンが出てきたらしいけど、今じゃコンプライアンスで放送できないらしい。だから、今、その関係で再放送できないアニメとかがあって。昔はよかったのかな。俺は今の時代の方がいいかな、って思ったり、昔の方が良かったな、って思ったり。でもこれってないものねだりだよね。
ね、こうして書いてる間にもまだ返事は来ないでしょ?
この待つ時間のドキドキがたまんない。そりゃ、LINEだって既読がつくつかないでドキドキするんだけど、それとはまた違うドキドキ。オカンが言ってたな、彼氏と言っても、半年経っても手も握らない、ってまるで松田聖子の『赤いスイートピー』みたいなことが本当にあったんだな、って。
「宮下! 来たぞ」
ホームルームの前の休み時間、机に突っ伏して寝ていると、智彦が興奮気味にやってきた。
「Mちゃんから手紙返ってきたで」
「ありがとう」
「ホイよ」
俺は手紙を受け取ると、大事にそれをカバンにしまおうとした。
「おい」
智彦が呼ぶ。
「何?」
「何、って返事、読まへんのか?」
智彦はそうはいうが、そういうのは一人の時にゆっくり読みたい。
そういうと、智彦が
「ケチくさいな」
と言って手紙をしゃくりとった。
「俺が代わりに読むわ」
智彦がそんなことを言うものだから俺は恥ずかしくて、手紙を取り戻した。
家で一人で読む。
「M先輩へ。手紙、ありがとうございました。なんだか、スマホの時代に手紙って照れますね。でも逆に新鮮かも。しかも書き直せないっていうこの緊張間、あ、早速間違えちゃった。緊張感がたまりませんね。お返事ですけど、もし良かったら今度映画でも行きませんか? お返事待ってます」
ウォーーーーーーーーーーーーーーー!
そうか、そうか、これか、これがおかんの言ってた、タイムラグの間の恋愛って。そりゃ、手を繋ぐのに半年以上かかるわけだ、だって、手紙を出してからもう三日も経ってるんだもんな。こんなのLINEじゃ既読ついて終わりか、スタンプだもんな。
ウォーーーーーーーーーーーーーーー!
昭和か平成も悪くはないな。
智彦が次の日、早速俺の席に近寄ってきて、
「返事どうやった?」
「まあね」
「なんやねん、教えろや」
「映画行こうて」
「おお、それってOKってことやん」
「まあな」
「カワズ、すごいな」
「だからそのカワズってのやめろって」
「いやいや、頑張れよ、応援してるで」
智彦のやつ、俺のことを貶してるのか、応援してるのか。
まあ、いいや、これから始まる愛の物語。
(了)
最後までお読みいただきありがとうございます。




