ep.43 桃次郎
僕が小説を書くきっかけとなったのには二つある。二つあるのにはあるが大きく影響を与えたのは、隣のおじいさんが作家だったこと。そんなに有名な文豪とかベストセラー作家とかではなく、しがないモノ書きという感じだった。
僕の家は厳格な父と古風な母、そして活発な姉とその婿さんと娘、そして僕と妹と、もし姉の子が男の子ならサザエさん一家のような家で、お隣は伊佐坂先生といった感じだろうか。
そんな感じで身近に小説家がいたから、文章を書くのは遊びの一つだった。
作家のおじいさんの家に遊びにいくと、昔の遊びをよく教えてくれた。お正月には独楽回し、凧揚げ、羽子板、福笑いなど。おおよそ今では絶滅してしまった遊びである。そして僕がおじいさん先生の遊びでいちばん楽しみにしていたのが、文章教室だった。特に教えてくれるとか、型にはまることはせず、自由に書けるのが嬉しかった。
僕が最初に書いた物語は、先生から題材としてあげられた「桃次郎」だった。もちろん、お察しの通り「桃太郎」のパロディーというか「桃太郎」をモチーフにした物語だった。そして先生はことあるごとに、何か創作で行き詰まったら原点に帰って「桃次郎」を書きなさい、と教えてくれた。教えてくれたことといえばそれぐらいだった。あとは自由。
昔、昔、昭和50年ごろ。第二次ベビーブームの頃。
という書き出しで始まる(僕は今、当時書いたざら半紙の物語を見ている)。
あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。(ここまでは普通の「桃太郎」と同じような書き出しで始まる)
おじいさんは瓦屋根を葺きに田舎町の山田さんの家に行きました。おばあさんはおじいさんが出かけてから少し寝ていました。
(小学生の発想なんで、ところどころ無理があるのと、さして笑えない冗談が多く入っている)
おじいさんは重労働だったので、お昼前にはお腹が減ってきました。そこで、お昼ご飯におばあさんが作ってくれたおむすびを食べることにしました。
おむすびを食べると、ガリ。石が入っていました(昔のお米は自分の家で精米すると石が入っていてよく歯がガリッとなったというのを表現しています)。おじいさんは
「また石が入ってたな」
そういって、石をつまんで土の上に蒔きました。
おばあさんは昼まで寝ていたので、すっかり洗濯に行くことを忘れていました。
(ちなみに、僕もこの時、すっかりストーリーを展開させるのを忘れてました)
おばあさんは昼過ぎに起きてきて、川に洗濯に行きました(ところが、すでに洗濯機などが普及していた僕の世代になぜ川に洗濯に行くか全くわかりませんでしたが本家「桃太郎」がそうだから、そういったストーリー展開にしました)。
すると、川上の方から桃がドンブラっこ、ドンブラっこと流れてきたではありませんか。
「まあ、なんと大きな桃だこと。これはおじいさんに持って帰って、食べさせてあげよう。うんしょ、うんしょ。でも桃は大きすぎておばあさんではどうしようもありません。
そこにたまたま隣の源平爺さんが通りかかりました。
「ああ、源平爺さん、すまんけど、この桃を持って帰りたいんだけど、重たくて手に負えないんで、一緒に手伝ってくれんけの。そのかわり半分譲るんで」
そうすると、源平爺さんは持っていた縄をくるくると回して、桃をめがけて投げました。どうでしょう。桃に見事に引っかかり、岸まで持ってくることができました。
おばあさんと源平爺さんで桃を一緒に抱えて持って帰ることにしました。
家に持って帰るとおじいさんもその頃には家に帰ってました。
「おお、なんとまあこれは大きな桃じゃこと。きっと甘くて美味しいに違いない。包丁を持ってきてくださいな、おばあさんや」
おばあさんは台所から大きな包丁を持ってきました。
パッカーン。
桃は二つに割れました。
大きな桃には種が入っていました。
「これを蒔いたらまた大きな桃ができるのかな?」
おばあさんはおじいさんにそう言いました。
おじいさんが、
「この種を食べたらどうなるだろう」と言って、種の一粒を口に入れました。
すると、元気がモリモリ湧いてきて、だんだんみるみるうちに若くなっていきました。
おばあさんが、「これは若返りの種じゃ」と言って自分も一つ種を口にして食べました。
すると、みるみる肌はツヤツヤになり、唇はプリンとして艶っぽくなり、おじいさんはそのおばあさんのおっぱいに目が点になりました。
「これは、おばあさんや、なんという美しいおっぱいじゃ。久しぶりに揉みたくなってきたぞ」
「おじいさんの胡瓜も立派じゃのう」
あとは読者の想像に任せます。
おばあさんはしばらくするとお腹がみるみるうちに大きくなっていきました。
まるで大きな桃がそのまま入ったようなものでした。
おばあさんが産婦人科に行くと、ご懐妊していると医者から言われました。
そうです。おじいさんの凸がおばあさんの凹(膣)にクイッと入り、自然と子供ができたのです。
十月十日、おばあさんはお腹を大事に大事にしました。
生まれる、その瞬間、おじいさんは涙が出ました。おばあさんは我が子を抱きしめた瞬間、これまで自分たちには子供がいなかったけれど、これは神様からの授かりものだ、と大喜びしました。
名前を決める時、おじいさんは悩みました。
「ウルトラマンタロウにちなんで、ウルトラマンジロウはどうだろ?」
と、おばあさんに言うと、
「却下!」と即答でした。
「桃から生まれたのが桃太郎だから、桃次郎がどうかしら?」
おばあさんがそう聞くと、
「おばあさん、それは名案じゃ、桃次郎、強そうでいいじゃないか」
と、おじいさんは興奮気味に話しました。
と言うわけで桃次郎になったはいいが、鬼退治に行くというストーリーを作ろうと思いまたが、ここで僕は悩みました。昔、広告で「僕のお父さんは桃太郎ってやつに殺されました」というのがあったのを思い出したのです。
今は平和が一番。鬼退治と言っても、鬼は何も悪いことはしていません。
節分だって、鬼は外、と言われて可哀想だと思ったのです。
おじいさんは、おばあさんに、
「もう一人子供を作らないか?」と提案しました。
おばあさんは、一人で十分だと言いました。
おじいさんの胡瓜は暴れ出しました。おじいさんはそこらじゅうでコキコキするようになり、周りの住民から避けられるようになりました。
おっと、危ない。変な方向に話が進みそうになった。
その隣の小説家先生が言うには、何か書くことに詰まったときには初めて書いた物語を思い出しなさい、ということだったので、僕はこの『桃次郎』のことを思い出すのでした。(了)




