ep.42 我が師の恩
『我が師の恩』
私が師と仰ぐ書家がいる。籔内遊雲である。
彼は書家でありながら、こっそりと小説も書いているので、私はその書道の道場に混ぜてもらって、周りが書道をする中、私だけ小説を書いている。
遊雲先生が直接指導っていうわけではないけれど、それなりのアドバイスはいただいている。
私が小説を書き始めて、遊雲先生から勧められたのは、小説家七つ道具である。順に、辞書(広辞苑のような大層なものでもいいし、小学館が出してるような少し易しいものでもいい)を一冊、使い込んでいる、使い込んでいくもの。次に、ストップウォッチ。これは執筆のスピード調整のためで、西尾維新先生も利用しているという。私はアナウンス職志望だったので、ちょうどサウンドプロデューサーという一万五千円ほどした業界用のストップウォッチがあるのでそれを利用している。そのストップウォッチの特徴は、時間の計算ができるというもので、例えば、二時間二五分足す三時間十二分は、という計算がテンキーで押して出てくる、というものだ。ちなみに、計算するつもりはなかったが、答えが気になるので、計算してみた。五時間三十七分であった。まあ、このくらいの計算なら暗算でもできるが、三つ以上の計算になると厳しいのでこれを愛用している。これを遊雲先生に見せたところ、大層感心していた。
次に、万年筆、できれば金ペン(ニブ=ペン先が金でできているもの)が良いという。私はたまたま、セーラー万年筆のプロフェッショナルギアシグマというのを持っていたので間に合った。次に、原稿用紙。満寿屋の二〇〇字詰めのもの。大体五百円で売っている。ちょっと高級な原稿用紙。この万年筆と原稿用紙は気分を高めるためのものであって、実用性はないという。作家気分を味わえるというものだ。それよりも次の、パソコン、これが重要となってくる。できればWindowsのワードが入ってるものがいいが、僕はMacを使っているが、わざわざ買い直さなくても良いということでアップルを使っている。iPhoneとの相性もいいので。今で何個だ。あと二個か。扇子だな。それと手帳。できればほぼ日手帳がいいみたいだ。私も実際に使っている。ただのミーハーだ。その七つ道具をしっかりと大切にしなさいと言われた。
次に具体的なアドバイスとしては、小説には「小道具」が必要だと言われた。その小道具とは、例えば、小説の中でサッカーを話題にするならば、ホイッスル。ホイッスルの金属の響き、などは小道具として使えると遊雲先生は常に言う。
あとはつまらないジョーク、ダジャレなど。そういったものからインスピレーションをもらう、とも言っていた。
遊雲先生に付いて五年。それなりに自分なりに書いてはきたつもりだ。
原稿用紙十枚の短編は小説執筆の上での筋トレだと言われた。筋肉は嘘をつかないと。そうして、これだけは言っておく、と言われたのは、地の文で会話文を書ける小説書きになれ、ということだった。
「鉤括弧」内で喋らせることは誰にだってできる。でも地の文で会話を成り立たせることが小説の真髄でもある、と先生に言われた。
私は何かあるごとに先生の元を訪ねた。先生のアドバイスは的確だった。こちらの聞きたいことを察知して、至極真っ当なアドバイスを呉れる。これが私が五年以上も遊雲先生のところへ通う所以だ。
隻腕の書家、籔内遊雲。
ネットで検索しても出てこない。先生の書いた小説を読みたいと申し出たとき、先生は、すぐに先生の書物を私に差し出してくれた。
一行目、出だしからビビる。
「双腕の夢を見たり。当たり前の景色を見たり。普通ということがいかに素晴らしきこと、これ純情の淡い恋に似たり」
で、始まるのだ。
隻腕の先生が両腕のある夢を見る。それは夢である。もし二つの腕があったなら、それは障がい者ならば誰もが思うことであろう。
それを先生はその一行で見事に表していた。
私は鳥肌が立った。幾千の歴史の営みの中で、隻腕であるが故の不便さ、それを分かり切っての双腕の夢。これは先生にしか書けないし、先生以外の例えば私が書いたならば、フィクションを分かりきった小説そのものが嘘になる。嘘だ、小説なんて所詮は嘘物語だ、そんなものはわかっている。わかっているけれど、隻腕の不便さを私が書いたところで、胡散臭いだけで、ただの御涙頂戴の物語に過ぎない。
私は一人称で迷うことがある。
日本語には一人称が多数ある。私、僕、俺、わい、あたし、あたい、わて、おら、おいら、我輩、我、朕。それだけで誰の発言が大体わかる。俺、と言った場合は親しいものへの発言だし、朕といえば天皇陛下だろう。それか皇帝。
同様に二人称も数多ある。
それだけ日本語というのは豊かなのである。この美しい日本語を紡いでできた小説というものは、これもまた美しい文章の完成形である。
遊雲先生は大きな嚔をする。なんのことない「くしゃみ」のことである。そういった言葉の美しさを先生は見逃さない。
鎮座や、頓挫、参座、など語尾に「ざ」のつく言葉を集めて遊んだりした。
一番私が先生とやった遊びの中で楽しかったのは、ふた文字しりとりというやつです。
ふた文字→もじもじ→門司港→試行錯誤→くご、で詰まったので負け。みたいな遊びです。これは単に遊んでいるわけではなくて、語彙を増やす練習です。だからこの時だけは辞書を引くことを許されています。みんなで辞書を引きながら、あったら見つけた人から順に答えていきます。だから順番に回ってくる普通のしりとりとは違います。緊張感があります。
先生はいろんなゲームを考えてくれました。
紀行ものを書けなければいけない、ということで、日本地図を見ながら、みんなで地名を英語に直す、というのもやりました。北海道はノースシーウェイ、青森はブルーフォレスト、秋田はフォールフィールド、みたいな感じです。そうして先生が前の黒板に書き出すと、逆にそれを日本語にしていく、というのもやりました。ノースシーウェイ、一瞬何のことか分かりません。逆はできたのに、英語を日本語にするところで躓きました。
色についてもかなり丁寧に時間をかけてやりました。
赤だけでも何種類もありました。赤、紅、燕脂、ちょっと今は思い出せませんが、新解さんの類語辞典は役に立ちました。
そのほか、てにをは辞典というのも買いました。辞書はかなり買いました。辞書だけでも十冊はあると思います。
ところが、この数年で様変わりしました。
スマホ一台あれば、今までの七つ道具のほとんどがそれで済まされるのです。ところが、先生は違いました。万年筆と原稿用紙で書く快感を味わえば、これほどのエクスタシーはない、と仰ってました。
私も、確かに万年筆を原稿用紙に認める時は、幾分か緊張しますし、背筋も伸びる思いです。
私はどこか人間臭いところが好きでして、血の通った小説を書きたいと思っております。
彷徨いながら、筆を走らせ、インクの滲みに思いを馳せながら、つらつらと書いている時の時間の有効な使い方。何もかもが一発で答えがでる時代。答えを出すまでに時間がかかってもいいじゃないですか。私はそう思います。
殊、文学賞に関しては提出から結果までに半年ほど要します。それぐらいがちょうどいいんじゃないでしょうか。
何かの文献で読んだ記憶がありますが、今の現代人(一緒か)の一年分が江戸時代に匹敵し、現代人の一年は平安時代の人の一生分と聞いたことがあります。
ですもんね。昔は、筆で書くのに、墨をすって、筆を握って、思いを寄せて書いて、それを相手に渡す、というのに数日を要していました。こんな私ですら、平成の最初の年は中二でしたが、一学年下の女のコに手紙を書いて送りましたが、返事は二日後とか、三日後でした。それが今ならLINEでピョンですもんね。
文体が崩れてしまいました。仕方ないことです。この文章は文学賞を意識せずに、小説のようなエッセーとして書いている文章ですから。
また、あっという間に原稿用紙十枚になってしまいました。今回はこの辺がキリがいいようで、そろそろお別れの時間となりました。
途中、万年筆の件で原稿用紙のメーカーを調べるのに、現物を部屋から探したので、気持ち、書いてみようかなという気分になりました。
何せ高い原稿用紙で、二十枚入りで五百円だったと思います。なかなか簡単に書くわけにはいきません。
でも、不思議と気合が入るもんで、自分でも納得のいく綺麗な字が書けるので、それはいいと思ってます。それではこの辺で。(了)




