210.駄々っ子彼女と温もりデート パート2
「湊はあっち! わたくしはこっちなの! ついて来ては駄目よ?」
「行かねーっての!」
「き、来てくれないの?」
「行けるわけないだろうが! 更衣室に入ったら俺は連行確実だ!」
「湊に見ていて欲しいのに……駄目なの?」
「可愛くお願いして、俺を処刑するつもりか?」
「しょ、しょうがない人ね。いいわ、一人で着替えて来るわ! あなたも早く着替えて来なさい」
駄々っ子お嬢様ことさよりは、俺を二人きりデートに誘い学校から連れ出した時点で、既に甘々なさよりと化していた。
時すでに遅しだったと気付いたのは、まさに更衣室のくだりである。
以前屋内プールに来た時、浅海たちに色々と邪魔された経験があり、それがさよりにとってのトラウマになっているらしく、あろうことか着替えを見て欲しいと言い出した。
本来であれば嬉しい申し出と言っていいが、公共の屋内プールでそんなことをしてしまえば、通報の後にどこかへ連れて行かれてしまうだろう。
「ふふっ、相変わらずだね、湊」
さよりがこの場からいなくなり、自分自身は速攻で着替えを終えて適当な所で立っていると、水着美少女が声をかけて来た。
しかしソイツは見慣れた男の娘だった。
「……お前、学校は? 肝心な時に護衛にいなくて、どうして今なんだよ? 浅海」
「湊が溺れたら、キスを……じゃなくて人工呼吸をしないとダメかなって」
「止せ、ヤメロ」
さよりが近くにいない時だけ俺の前に姿を見せる浅海は、スタイル抜群な男の娘姿で現れた。
平日の午後であまり一般客がいないといっても、浅海の線の細さはもはや神秘的なことから、野郎の視線がかなり来ている。
「彼女とどうなるつもりでここに?」
「さよりが嬉しそうにしていたからな。裏切らない行動を取っているだけだ」
「栢森の指示だから?」
「別にそれだけじゃない……何だよ? 随分突っかかって来るな」
「俺は湊が心配なだけだよ。優しさを出しまくるのは良くも悪くもあるし、好きな人が別にいるのにどうしてなのかなって」
仮の彼女として指示を受けて付き合っているのは確かだ。だけど、さよりは友達だ。
隣近所で付き合いもあるし、可愛げがある美少女でもある。
好きをもう一度確かめる為にも、さよりと長く一緒にいたいと思っているのに、浅海はそれが気に入らないようだ。
「悪いが邪魔をしないでくれないか? 浅海が俺を護衛してくれるのは有り難いけど、今は近くにいなくていい」
「……そっか、ごめん。そこまで言うってことは、鮫浜の影が消えたってことだよね?」
「今は関係ない」
「うん、分かった。ごめん、邪魔するつもりは無かったよ。だけど、俺がここにいるってことは、一人で来たわけじゃないってことも気付いている?」
浅海だけが来ているわけじゃなく、恐らく嵐花とルリも来ているのだろう。それこそ、以前と似た状況にしようとしているのはバレバレだ。
嵐花とルリと浅海で、俺とさよりに接触をするということなのだろう。
浅海が俺の所に来たということは、今頃さよりには嵐花とルリが話しかけているのか?
「浅海! 俺はこれから処刑覚悟で行って来る。この間に帰っていいからな!」
「……そうか、湊は傾きつつあるんだね。そういうことなら、止めて来るよ。じゃあね、湊」
「ん? じゃあな、浅海」
さよりと甘々なプールなひと時……というわけでもないが、以前の自分と違って、浅海には邪魔をして欲しくないと思って強く言ってしまった。
たとえ仮の彼女でも今のさよりには、不安は与えたくないと思えた。
さて、もしかしたらさよりと嵐花たちで言い争っている可能性があるが、女子更衣室に突入してみるとする。
監視カメラに見られている時点で、通報確定である。
「さ、さより、いるか?」
返事が無い……もしかして嵐花に言い負かされて、泣いているとかじゃないよな。
「は、入りますよ? すみません、怪しい者じゃありません……僕の彼女がそこにいまして――」
「そこに誰かいますの? 申し訳ないのだけれど、髪を束ねるためのゴムを取っていただけないかしら?」
更衣室に人の気配は無く、聞こえて来ているのはさよりの声だったりする。
しかも見知らぬ人に髪留めのゴムを取ってくれとか、中々図々しい奴だ。
後ろ姿なのに、以前拝んだ時よりも色気が増しているように見えているし、日焼けの無い白い肌には、ドキッとさせられる。
「……どうして鏡が無いのかしらね? あなたもそう思わない?」
「エエ、ソウオモイマス(裏声)」
「よしっと! これで長い髪を一つにまとめられたわ。どなたか存じませんけれど、ありが――」
「よ、よぉ……」
「み……みな――んんんっ!?」
「声を張り上げるなって!」
「ムームームームー!!」
咄嗟にさよりの口を塞いでしまったが、誰もいないのだから声を張り上げられても良かったか?
しかし浅海の言い方では、ここには嵐花とルリが来ている筈だったのに、ここには水着のさよりしか見えないし、他の客の姿も無い。
「あ、悪い、苦しいよな」
「み……」
あぁ、しくった。
さよりにぶたれ、直後は連行される運命が待ち受けているのか。
「完全に俺の早とちりだ。ごめんな、さより」




