209.駄々っ子彼女と温もりデート パート1
おかしいことが起きている。
嵐花からバトンタッチを受けたさよりなわけだが、ただひたすらに無言を貫いたまま、俺の前を歩き続けているのはどう考えても異常だ。
いつものさよりなら、エンドレス説教が続いているはずなのに、五分くらい経過してもウンともスンとも言って来ない。
向かっている先は予想通りだが、自分たちの教室ではなく、この時点で俺のサボりは確定である。
「な、なぁ……さよ――」
「湊……」
「お、おぅ?」
「そろそろ雨ばかり降り出す季節になるわよね」
「ん? あ、あぁ……梅雨の時期か。それがどうかしたのか?」
俺の方を振り向くでもなく、長い髪を揺らし後ろで手を組みながら、お嬢様のような雰囲気を出している。
改めて見直すまでもなく、さよりは一応、令嬢に間違いはないが、今までそうしたおしとやかな素振りを見せて来なかっただけに、思わず見惚れてしまいそうになった。
「ねえ、久しぶりに行ってみましょ?」
「どこに?」
「わたくしと湊が、夢中で動き回った場所よ」
「へ? い、いや、さよりは昨日だけかもしれないが、俺は今日も出席を取られていないし、二日連続のサボり扱いになるのはさすがに……」
無言を貫いていたのは、単純に計画を企んでいたようだが、ハッキリとした答えを言わずに誘うところは、さよりの悪い所だ。
「どこに行くかは知らんけど、遅刻したけど一応学校には歩いて来たわけだし、疲れが半端ないんだが……」
「い、行くの!」
「だからどこにだよ!」
「去年湊と遊びに行った屋内プールだってば!」
「屋内プール? 何でまたこんな時に……しかも何気に遠いだろ。どうやって行くつもりだよ」
「行くったら行くの!! 湊、右手を出して!」
右手を出す、すなわち嫌がる前に俺の手を握って離さずに、そのまま外に行くつもりなのだろう。
さっきまでおしとやかな令嬢と思っていたのに、駄々っ子が発動するとか早すぎないか。
何の考えを持って行動するのかは、さよりの脳の中身を分析するほか無いが、嵐花から距離を取ってさよりの言うことを聞いてみるのも悪くない。
「……さよりの言うことは分かったから、手はお預けだ」
「も、もうっ!」
比べてはいけないことだが、鮫浜との会話で感じた不安を、コイツから感じることがない。
昨日と今日で疲れたことが起きたのは確かだし、素直に言うことを聞いてみるのも悪くないか。
昼休み時間が終わる頃に差し掛かっていたこともあり、外に向かって行く生徒がいないのは幸運かもしれない。
「お前、カバンは?」
「お前じゃないって何百回言わせるつもりがあるというの!?」
頬を膨らませ怒ったような口調で言いながらも、永遠に繰り返されるであろうやり取りに対して、さよりは嬉しそうにしているらしい。
「カバンなら大したモノは入っていないわ。そんなのが無くなった所で、悲しむことなどないもの」
「いや、勉強しろよ」
「ふふん、サボり湊よりはしているわ。期末試験が楽しみね!」
「それはこっちのセリフだ!」
「うんっ! 楽しみにしているわね!」
こんなに彼女しているさよりは初めてかもしれない。
現実に彼女【仮】ではあるが、どうしてこんなにも落ち着けるのだろう。
「――すでに連絡していたのか? サボりって分かるだろうに……」
「運転手はそこまで深入りしないものよ。あなたが気にすることでもないわ」
玄関を出ると、すでに連絡していたと思っても仕方がないタイミングで、迎えの車が停まっていた。
「だといいが、俺にそこまで気を遣うことをしなくてもいいんだぞ? 何かを嵐花から聞いたかもしれんけど……」
「……とにかくお乗りなさい。湊は助手席……ではなく、後部座席でわたくしの隣を務めなさい」
「へいへい」
「返事は一度でいいの!」
嵐花の家の黒塗りすぎる高級車と違い、池谷家が使用している車は、何てことの無い普通の乗用車だ。
もちろん、一般的な車よりはタクシーに近いくらいの乗り心地にはなっているが、真のお嬢様向けな車ではない為、さよりと俺は居合わせた乗客のような形で座っている。
「……着替えはあるのか?」
「当然だわ。湊の水着も常に――」
「は? お前それはおかしいだろ」
「い、いざっていう時の為の準備であって、決して変なことに使うつもりなど無いの!」
「サイズとか合わなかったらどうするんだよ?」
「伸縮性があるから問題ないもん……」
「いや、もん……って」
「大丈夫って言ったら、大丈夫なの! 間違いないの!」
駄々っ子倍増ですか、そうですか。
お抱えの運転手さん、苦笑である。
「何でさよりはそんなにアレなんだよ……」
「アレって何かしら?」
「分からん。忘れていいぞ」
「何で!? 本っ当に、ムカつく奴ね! もう~~!」
「今すぐ降ろしてくれてもいいぞ」
「駄目! 行くって言ったでしょ! 行くったら行くって決めたの!」
コイツにおしとやかなご令嬢を求めるのは、金輪際やめよう。
それに駄々っ子お嬢様な状態で、可愛いなどと間違って口を滑らせてしまおうものなら、完全に甘々なさよりと化してしまう恐れがある。
俺の水着はともかくとして屋内プールということは、去年見た、一部をのぞいてスタイル抜群なさよりを拝むことになるのか。
そう思うと、本当にどうしてコイツは俺なのかと、頭にはてなマークがぐるぐると回転しまくってしまうが、それはともかくとして、泳げるようになったのかは確かめておくことにする。
まずはそこからだ。
「つ、着いたわ。さぁ、降りて」
「……彼女さん、お手を」
「ひゃっ!? て、ててて……」
「どうされました? お手を僕に差し出して頂けないのですか?」
「し、しもべではなく、あなたはわたくしの彼氏! そう、彼氏さんなのだわ」
「それはすみませんでした」
「ま、待って! 手を引っ込めては駄目なの……駄目」
「はいはい」
「はいは一度!」
「はいよ」




