ただ生まれ変わっただけだなんて、そんなことなかった
「……あれ?」
いつものアレクとの散歩道。
見慣れた庭。
そこに、いつもはいないものがあった。
少し離れたところに立っているのは、一人の男の子。
アレクと同じくらいの年齢に見える。
シルクのように綺麗な銀色のおかっぱ髪。
宝石のような青い瞳。
まるで絵画から抜け出してきたような、とても綺麗な男の子だった。
その男の子は、メイドらしき女性の足にくっつきながら、こちらをじっと見つめている。
そして、その後ろには。騎士が四人。
いかにも絵に描いたような騎士の服を着た男たちが、少し離れたところに控えていた。
「……」
私は、思わず男の子をじっと見つめた。
この子。……なんだろう。
どこかで見たことがあるような、そんな気がする。
でも、どこで見たのかは分からない。
「……?」
考えているうちに、手を繋いでいたアレクが、私より先に声を上げた。
「こにちは!」「え?」
アレクが男の子に向かって、元気よく挨拶していた。
知らない人にも挨拶ができるなんて・・私の弟はなんて素晴らしいのだろう。
……いや、待って。先に挨拶するべきだったのは私では?
慌てて姿勢を正す。
「ご、ごきげんよう」マナーのレッスンで習った通り、ぺこりとお辞儀をする。
すると、銀髪の男の子は、「あー……うー……」とまだ上手く話せないのか、何やら声を出して片手を、ひょいっと上げた。
「……!」返事をしてくれた。こんなに幼いのに、ちゃんと挨拶を返せてえらい。
もう、だめだ。可愛い。私はすっかり母性に目覚めてしまった。
まだ四歳なのに。ハンカチを取り出し、感激でうるうるとした目元を拭う。
そんなことをしている間にいつの間にか、銀髪の男の子がアレクのところまで近づいてきていた。
まるで、自分と同じくらいの年齢の子供を初めて見たかのような、不思議そうな顔をしている。
つん。小さな指で、アレクの頬をつついた。
「?」アレクが目を丸くする。
つんともう一度。
アレクは最初こそ少し驚いたように身体を揺らしたものの。
「へへへ……」やがて、くすぐったかったのか笑い始めた。
なに、この可愛い世界。なんて平和な世界なんだ。
私は思わず顔をだらしなく緩ませて、二人を眺めていた。
「そちらのお方は、我が国の第一王子である、ヴィンセント・バレンタイン様でございます」
「……へ?」いつの間にか、背後に先ほどのメイドが立っていた。
突然背後から声をかけられたことにも驚いた。
「第一……王子……?」
薄々、身分の高い子なのだろうとは思っていた。
だって、メイドが何人もいる、騎士だって四人もついている。
普通の家の子供ではないことくらい、私だって分かる。
でも・・王子・・第一王子・・
「ヴィンセント……バレンタイン……」その名前を、口の中で小さく繰り返す。
なんだろう、まただ。弟が生まれたときと同じ。
頭の奥が、ほんの少しだけざわついた。何かを知っている、そんな気がする。
銀色の髪、青い瞳、ヴィンセント、バレンタイン。
どこかで見た、どこかで聞いた。
でも・・あと少しで思い出せそうなのに。どうしても、その先が出てこない。
「……変なの」
何か、とても大事なことを忘れているようなそんな気がした。
けれど、今の私には、それが何なのか分からなかった。
目の前では、アレクが相変わらず楽しそうに笑っている。
そして銀髪の男の子――ヴィンセント王子も、不思議そうにアレクを見つめている。
「……まあ、いっか」私は小さく呟いた。
このときの私は、まだ知らなかった。
この男の子との出会いが、そして、もうすぐ出会うことになる一人の令嬢が。
私の中に眠っていた前世の記憶を、すべて繋ぎ合わせることになるなんて。
私が頭の中で、前世で好きだった漫画のことを一生懸命思い出していると。
「……ごほんっ」背後から、やけに大きな咳払いが聞こえてきた。
「……?」そこでようやく、私は現実に引き戻された。
そういえば、目の前には王子がいて、その後ろには騎士がいて、
そして、私の背後にはメイドがいる。完全に話の途中だった。
「失礼、思わずぼーっとしてましたわ」
私がそういうと、メイドは何事もなかったかのように、話を続けた。
「王弟殿下が、甥御様であるヴィンセント王子を大変気にかけてくださっておりまして。王弟殿下の側近であるフォンクライスト伯爵に、王子と同い年のお子様がいらっしゃることを知り、王子のご学友にちょうど良いのではないかと。本日、こちらへ参った次第でございます」
「……なるほど」
つまり、お父様は、王弟殿下から面倒ごとを押し付けられたということか。
いや、もちろん王子のご学友という大役なのだから、面倒ごとなんて言ってはいけないのだろう。
でも・・
「だったら、先に言ってくれてもよかったのに……」
私は、報告してくれなかった父を少しだけ恨めしく思った。
だって、突然庭に王子がいるのである、びっくりするに決まっている。
そもそも私は貴族の娘だ。
特に幼い頃は、好き勝手に屋敷の外へ出ることなんてできない。
私自身、過去に一度だけ父に町へ連れて行ってもらったことがあるけれど、アレクに至っては、一度も屋敷の外に出たことがない。当然、友達だっていない。
ましてや、自分と同じくらいの年齢の男の子と関わる機会なんて、これまで一度もなかった。
だからこそ、「ご学友、か……」
私は、改めてアレクと、その隣にいる銀髪の男の子、ヴィンセント王子を見る。
二人は、「うー!」「あー!」と、
何やらお互いに意味の分からない言葉を発しながら、楽しそうに笑っていた。
……うん。仲良くなれそう。
というか、もう仲良くなっている気がする。
私がメイドと話している間に、二人の距離はすっかり縮まっていた。
いつの間にか手まで握り合っている。
「きゃっ、きゃっ」「うー!」
なんて平和な光景なのだろう。
もういい。何だかよく分からないけれど、アレクが楽しそうなら、それでいい。
ついでに。「……王子も、可愛いし」
私は小さく呟いた。
この可愛さなら、少しくらい我が家の平和を分けてあげてもいいだろうとそう思った。
そもそも私はまだ四歳。この国のことだって、ほとんど知らない。
王子が何人いるのかすら、今日までろくに意識したことがなかった。
今、頭の片隅に引っかかっている「何か」についても、まあ、そのうち思い出すでしょ程度に考えることにした。
何かを思い出しかけている、そんな気はする。
けれど、今はそれよりも・・
「アレク、楽しそうねぇ」
「ねーたま!」
目の前の二人のほうが大事だった。
私はすっかり顔を崩しながら、二人を眺めていた。
こうして。前世の漫画のことなど、すっかり頭から抜け落ちてしまったのである。
それからというもの。
ヴィンセント王子は、毎日のように我が家へ遊びに来るようになった。
私も、自分の授業がない時間には、王子とアレクと三人で過ごすことが増えていった。
私が4歳の誕生日を迎えた時から、マナーや歴史についてのレッスンをするようになっていた。
もちろん、ヴィンセントとアレクはまだ二歳なので、二人には、まだ授業なんてものはない。
二人はメイドに絵本を読んでもらったり、お菓子を食べたり、庭を駆け回ったりと、そんな毎日を過ごしていた。
時折、庭のほうから二人の笑い声が聞こえてくる。
その声を聞くと、私だけではなく、メイドたちや庭師、お母様まで自然と顔がほころんでいた。
何だかんだ。
この屋敷の人間は、みんな二人のことが好きになっていたのだと思う。
そして、私がそこへ合流すると。
「ねーね!」「うー!」二人が嬉しそうに駆け寄ってくる。
そして、そのまま私の足に抱きついてくるのだ。
「……っ」
可愛い、可愛すぎる。毎回、魂が天へ召されそうになる。
「……姉さまは、まだ死ねないのよ」
私は二人の頭を撫でながら、何とか現世に踏みとどまっていた。
そして三人で庭へ行く。
だいたいの過ごし方は、花を摘んで、花冠を作ったり・・
天気のいい日は、庭に敷物を広げてピクニックをしたり、お菓子を食べながら、三人でころころと笑ったり。
そんな時間を過ごしていると。「いつまでも、この時間が続けばいいのに」
私は、何度もそう思った。
この頃の私は。この幸せな時間が、いつか終わるなんて考えもしなかった。




