ただ生まれ変わっただけだなんて、そんなことなかった
よく転生して、赤ちゃんの頃から前世の記憶があって――なんて話があるけれど。
そんな都合のいい話なんて、そうそうあるものではない。
大人になってから突然、何かのきっかけで前世を思い出して――なんて話もある。
けれど、私の場合はそのどちらでもなかった。
二歳になる頃には、私――ライザ・フォンクライストは、それが前世の記憶なのか、それともただの妄想なのか、自分でも分からなくなるくらい、うっすらと現代には存在しない世界のことを思い出し始めていた。
具体的に、自分が前世でどんな人間だったのか。
どこで暮らし、何をしていたのか。
そういったことは、ほとんど思い出せない。
ただ、なぜか、漫画が大好きだったことだけは、やけに鮮明に覚えていた。
……いや、どうせならもっと役に立つことを思い出してほしかった。
現代には存在しない画期的な発明とか。
この世界では誰も知らない美味しい料理の作り方とか。
ほら、転生ものの漫画ではよくあるじゃないか。
前世の知識を使って、世界を変えるような発明をして、気づけば大金持ち――みたいなやつ。
私もそういう記憶を手にして、この世界で無双してみたかった。
……まあ、ないものねだりをしたって仕方がない。
そもそも二歳児の私が、こんなことを考えられていること自体、前世の記憶があるからなのだろう。
それだけでも十分、普通の二歳児とは違う。
それに、私には他の人よりも恵まれているところがある。
それは、我が家――フォンクライスト家が伯爵家であること。つまり、そこそこお金持ちである。
そして何より、父と母はとても仲が良い。二人とも私のことを大切にしてくれている。愛情たっぷりに育ててもらえて、生活にも困っていない。
これだけでも、十分チート並みに幸せな人生だと思う。
だから私は、前世のことを無理に思い出そうとはしなかった。
思い出せないものは仕方がない。今の人生が幸せなら、それでいい。
そう思っていた。
ある日、我が家に大きな変化が起きるまでは。
「お姉ちゃんになりますよ」母からそう告げられたとき。
私は、まだ二歳だったけれど、その意味はなんとなく理解できた。
私に弟ができる。父と母の間に、新しい家族が増えるのだ。
そして数か月後、弟が生まれた。
弟は父譲りの金色の髪に、母譲りの綺麗なブルーの瞳をしていた。
ちなみに私はというと、母に似た赤みがかった茶色の髪に、父と同じ緑色の瞳をしている。
見事に、両親の特徴を分けてもらったらしい。
けれど、このとき私の身に少しだけ妙なことが起きた。
弟が生まれた瞬間頭の奥に、何かが浮かんだのだ。
漫画。
そう思った。
前世で読んでいた、大好きな漫画・・・けれど、それ以上は思い出せない。
何の漫画だったのか、誰が出てきたのか、どんな話だったのか。
何か大事なものだったような気がする。
なんだろう・・今、何かを思い出しかけたような。
けれど、そんなことより、目の前にいる赤ちゃんのほうが気になった。
「……かわいい」初めてできた兄弟は、本当に可愛かった。
私の顔を見つけると、いつもにこっと笑ってくれる。
そして私が近づくと、「きゅっ」と小さな手で、私の指を握ってくるのだ。
もう、そんなことをされたら姉はメロメロである。
一生大事にする、絶対に大事にする、私の弟は、嫁になんて行かせない。
そう、幼い私は固く誓った。
弟の名前は、アレクシス。愛称はもちろん、アレク。
アレクが二歳になる頃には、「ねーたま、ねーたま」と、私の後ろをついてくるようになった。
「……かわいい」本当に可愛い。私の弟、可愛い。
私は毎日のように、アレクを見ながらそう思っていた。
そしてこの日もアレクと私は、我が家の庭をのんびり散歩していた。
「アレク、一生姉さまと一緒に暮らしましょうね」
毎日のように言っている、もはや弟に対する呪文のようなものだ。
それに対してアレクは、私の言っていることを分かっているのか、分かっていないのか。
「うー! ねーたま、いちょ!」ニコニコとした笑顔で、私に抱きついてくる。
かわいい、やっぱり無理だ。私はこの子を手放せない。
弟離れなんて、これから先もできる気がしない。
そんな、いつもと変わらない平和な時間を過ごしていた。
そのはずだった。




