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長い三つ編みが視線の先で揺れる。
隣にいるヒマリは、目を輝かしながら辺りを見渡していた。
「さあ、どうぞ」
開いた扉の先は、初雪のように真っ白な不思議な空間だった。
「う〜ん、この辺りかな?いや、こっちかな。………ああ、この本だ」
彼は奥に積み重ねられた本を取っては戻す繰り返す。
やがて、一冊分厚い革装丁の本を取り出すと、ようやく彼女に手渡した。
表紙には金字で文字が印字されている。
それは、今までに見たことがない不可思議な文字だ。
「にほん、ご?」
「にほんご。そう、あの子もそんな発音をしていた。この本はまだ解読が進んでいなくてね。もしかしたら、参考になるかもしれない。私は研究チームを呼んでくるから、少し目を通しておいて」
長いローブを翻し、男が退出する。
ヒマリは呆然とした表情で、分厚くて重い本を持っていた。
その手に優しく触れる。
「読んでみようか」
「………は、はい」
少し日に焼けた手が、ページを一枚づつ捲る。
その度に彼女の顔色は悪くなっていった。
やがて栞の挟まれたページへたどり着くと、彼女は膝から崩れ落ちた。
「ヒマリッ!?」
「大丈夫か?!」
「あ、わた、し…」
青ざめた顔色で、小刻みに震えている。
よっぽど怖いものを見たらしい。
「おや?どうしたのかな」
先ほどの男が、研究者であろう白いローブの魔法師を数人連れて戻ってきた。
彼の声が聞こえた瞬間、びくりとヒマリの身体が揺れる。
「よほど怖いものを見たのかな。酷い顔色だ」
「どうやら、急に体調が悪くなってしまったようです。こちらから訪ねておいて申し訳ないのですが、今日はお暇しても?彼女もこの様子ですし……」
「私としても無理強いするつもりはないよ。ヒマリさん、また回復したらおいで。外まで送ろう」
男は空間から引き抜くように杖を手にすると、トンと床を叩いた。
一瞬で周りの風景が、ホテルの目の前へと変わる。
ーーーーー何故、宿を知っているんだ。
男の表情からは何を考えているのか読めなかった。
「ごめんなさい、途中で、帰ってしまって……」
「謝る必要はありませんよ、ヒマリさん。あなたの体調が一番大切だ」
「ありがとう、ございます…。あれ、?ベリル、さん?」
ヒマリが顔をあげた途端、ぽつりと声を漏らす。
その視線の先には、ベリル達がいた。
三人は並んで、知らない男を囲んでいる。
「おや、彼等は君の連れかな?」
「はい、そうです…。でも、知らない人が一人います」
男が探るようにベリル達に目を向ける。
何か嫌な予感がした。
慌てて声をかけようとする、
その前に……妙に顔の整った男が振り向いた。
彼は何歩か前に出て、ベリル達の姿を隠す。
「やあ、ジャシフ。元気かな?」
「これはこれは…。何故こちらにいらっしゃっるのですか?殿下」
ビリビリと張り詰めた空気があたりに充満する。
魔法師に深く刻まれた眉間の皺が、因縁浅からぬ間柄だと示していた。
「貴方は帝国の太陽です。そのような軽率な振る舞いは民を混乱に招きますよ」
「相変わらず頭が硬いねジャシフは。偉大なる魔法師様はもう仕事が終わったのかな?」
「……いえ、まだ業務の途中ですが。彼女を見送るため一時離席しただけです」
「それは残念だな。食事でも誘おうかと思っていたのに」
「とても残念ですが、私はもう戻らないといけません。貴方様もお早く皇宮に帰ってください。それでは」
トンッ
男は口早にそう告げると杖の音と共に姿を消した。
相当目の前の男を嫌っているらしい。
「お、おうじさま?」
ヒマリが驚いたように、目の前の男を見つめる。
男は柔らかな笑みを返すと、すぐさま後ろを振り返った。
「ダルカン。君たちの連れも帰ってきたみたいだね。僕もこれで失礼するよ。……約束忘れないでね」
ヒラリと手を振った男が一瞬で姿を消す。
どうやら、彼も魔法使いのようだ。
柔らかな魔力の残滓がキラキラと光っている。
「私、はじめて皇子様を見ました。素敵…」
ヒマリの瞳には熱が浮かんでいる。
どうやら、動揺は落ち着いたらしい。
あの男の容姿には、人を惹きつける何かがあった。
整った顔立ちは見慣れているとはいえ、あれは別次元だ。
もっと、根源的に何かが違うような……。
頭を軽く振るうと、仲間の声と共に宿に戻っていった。




