19
巨体から赤い目が離れると、その身体はズシリと動かなくなった。
上空に浮かぶ点と落ちていく赤が空中で消える。
周囲を見渡しても、その影すら見えない。
「これで、アイツが動くことはないだろう」
「……ああ、助かった。共闘感謝する」
「気にするな。これも何かの縁だろうさ。それじゃ、俺は帰りますかね」
グッと伸びをすると、尻尾を振り男が地面に沈んでいく。
何か持っていないか、鎧を探った。
恐らく、その姿では人間の街に行くことはないだろう。
それなら、金銭よりも……。
「良ければ、これを受け取ってくれ」
燃えた我が家から持ち出した、ロケットを渡す。
中には、治癒効果のある精霊の息吹が入っている。
これなら、竜人族である彼にも使いやすいはずだ。
「…それ、大切なもんだろ。仕舞っておけ」
「例は尽くす。遺品なら他にもあるから気にするな」
「そうか。なら、ありがたく。次会うときがあれば返してやるよ」
そういうと彼は頭まで沈んでいった。
周囲にその気配はない。
「返却は不要だというのに」
「何を渡したんだ?」
「ただの便利アイテムだ。それよりも、ベリル達を探そう。姿が見えない」
「そうだな!どこか、怪我をしていないといいが」
珍しくナルクの眉が下がる。
ベリルは嫌がるが、ナルクは弟弟子としてベリルを可愛がっているようにみえた。その分無自覚に振り回しているようだが…。
「早く見つけて治療しよう」
「ああ!」
壊れた街を駆ける。
正門に近づくと、双子が手を振っていた。
「えら〜い!よく倒したねっ」
少年はぴょんっと飛び上がり、鎧に抱きついた。
機嫌良さそうにニコニコと笑っている。
「ぶじ、危険は去りました。怪我はしていないですか?」
もう一人の少年が、下からジッと見つめ上げる。
「俺は問題ない。が、隣にいる仲間が別件で怪我を負っている」
「分かりました。腕を出してください」
キラキラと粒子が光り、ナルクの身体を覆う。
溢れていた血は止まり、切れた肌は元に戻っていた。
「助かるぞ!」
「いえ、お気になさらず」
「仲間の居場所を知っているか?姿が見えなくてな」
「二人なら、アイオーン様の遺物の前だよ」
「今は試練を受けています。しばらくしたら帰ってくるでしょう」
「他にも試練があったのか?」
「はい。普通の性格検査ですので、心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうか」
「それじゃあ、お疲れさまパーティーをしよう!ロートス、準備はバッチリ?」
「もちろんですよ、ルートス。門にいるお二人も連れてきてください。久しぶりのお客さま、歓迎いたします」
二人は歩きながら街を元の状態に戻していった。
正門の外を出ると、泣き腫らした顔のヒマリと、それを慰めるヤイラが立っていた。
目が合った瞬間、彼女の両目から涙がこぼれ落ちる。
「心配っ、しました!ケガがなくて、本当に、ッよかった……」
「ありがとう、ヒマリ。ベリル達も遺物に辿り着けたようだ。盛大に出迎えてやろう」
「はいっ!!」
涙を流す彼女を慰めながら、双子の家へと向かっていった。
・・・
テーブルには色とりどりのケーキが並んでいる。
ヒマリはそれを見つけると、嬉しそうに駆け寄った。どうやら、涙は引いたようだ。
「ダルカン。ちょっといいですか?」
ロートスと呼ばれていた少年が、グイッと手を引く。
「何だ?」
「こっちに来てください」
その小さな手に引かるまま、少し遠くの民家まで歩いた。彼は防音魔法かけると、こちらを振り向く。
「ダルカン。改めて、防衛装置を壊してくださりありがとうございました」
「俺は何もしていない。やったのは、ベリル達だ」
「いいえ、僕たちは見ていましたよ。貴方が自らおとりになり隙を作る姿を。とっても勇敢でしたね」
彼はふわりと浮くと、鎧越しに優しく頭を撫でた。
思わぬ行動に、つい身体が固まってしまう。
「……何故、こうも優しくしてくれるんだ」
「そうですね。後悔しているから、かもしれません。かつて魔女は、己の種族を助けるために他の魔人を生贄にしました。人に害をなさない種族もいると知っていたのに…。いわゆる、老人の勝手な罪滅ぼしです」
「そうか。だが、俺は嬉しかった。ありがとう、ロートス」
少年が初めてその表情を崩した。
目尻が下がりふんわりと笑う。
「ダルカン。僕は君につらい人生を歩んでほしくないです。まだ、小さな子供に…。あんな酷いことはさせられない」
「……」
「どうか魔人として捕まらないで。……それでも、人と共に歩く君なら、いつかその日が来てしまうかもしれない。だから、これを君に授けます」
彼の掌に、キラキラとした宝石が散りばめられる。
何十何百何万という数がひしめき合うと、やがて小さな水滴に変わった。
「これを飲み込めば、あなたが願ったときだけ、誰しもがあなたを人間だと認識するでしょう。ただし、僕の力にも限度があります。願えるのは人生でたったの三回だけ。使い所はくれぐれも注意してください」
彼が指を振るうと、雫が口元に押しつけられる。
一瞬迷ったのち、パカリと口を開いた。
少し甘い雫をごくりと呑み込む。
「これで大丈夫です。いいですか、人生でたった三回だけですよ。どうか、ぜったいに捕まらないで……」
彼の手が伸び、鎧越しに頬に添えられる。
その姿に両親の姿が重なった。
熱くなる目元を堪えて、その手に擦り寄る。
「ありがとう、ロートス。君がくれた優しさを、決して忘れはしない」
「ダルカン、僕たちはいつだって君を見守っています。どうか、良い旅を」
彼は、願いを込めるように、優しく頬を撫でた。




