13
ゴツンッ
静かな空間に、何かがぶつかる音が響く。
落ちていた意識が急速に浮上した。
音は浴室からだ。
……もしかして、彼が倒れたのだろうか?
「ヤイラ、無事か」
扉に近づき軽くノックするが、微かに聞こえるシャワーの音以外何も聞こえない。
最悪の事態が頭を駆け巡る。
ーーー酔っているときの入浴は止めるべきだったか。
覚悟を決めて、ドアノブに手をかけた。
「入るぞ」
「……うぅん。だるかん?」
捻り切る前のそれからバッと手を離す。
ここで開けたら、魔人である前に猥褻違反として捕まるかもしれない。
「補助は必要か?」
「平気。…ねぇ、ダルカン。僕にして欲しいことはない」
「何だ急に」
彼はのぼせたように、ポツリと声を漏らす。
まだ、酒が抜けきっていないようだ。
「いつも、助けてくれるだろ。その恩返しがしたいんだ」
「その気持ちだけで十分だ」
「それじゃ僕が不満なの。何かないの?頼りないかもしれないけど、…きっと役に立つから」
その声は次第に細く落ち込んでいく。
酔っているせいだろうか?
今日のヤイラは少し甘えたで不安定だ。
何かないかと頭を悩ませる。
「そう、だな。それなら、一つだけ頼んでも良いか」
「!もちろん」
扉のすぐ側に人が立つ気配がした。
ゴクリと喉を鳴らすと、慎重に言葉を重ねる。
「何があっても、俺と…。その、俺と」
ーー友達でいてはくれないか。
そう続けようとして、喉奥で言葉が詰まった。
分不相応な願いとでも言うのだろうか?
身体が次の言葉を拒否している。
「何があっても俺と、何?」
ガチャリ
目の前の扉が無情にも開く。
彼はタオルを腰に巻きつけた状態で姿を現した。
濡れた黒髪からは水滴が落ち、うっすらと筋肉のついた上裸に伝う。ふんわりと広がる石鹸の香りに、ガッンと頭を殴れた気分だ。
「服を着ろ」
「別にいいでしょ。男同士なんだから」
「いいから着ろ。風邪を引く」
「……分かったってば」
一度扉が閉まり、今度は寝巻き姿の彼が姿を現した。
思わずホッと息を吐く。
「それで続きは?」
「あ、ああ。その、何があっても俺と…。いや、俺を、庇わ、ないで欲しい。悪い噂のせいで絡まれることもあるだろう。俺が一人で言われる分には気にしない。だが、仲間が傷つけられるのは耐えられないんだ。だから、何があっても庇わないで欲しい」
ペラペラと言葉が滑る。動揺した頭では、上手くダルカンになれているのかさえ分からなかった。
本心は伝えられないのに、綺麗事であればこんなにスラスラ出てくる。そんな自分が情けなくて、嫌になった。
「僕だって仲間が傷つけられるのは嫌だけど?それが、何度も助けてくれる友人なら尚更」
「…そうか」
「他にして欲しいことはないの。それは叶えられないから」
「その、すまない。今は思いつかない」
「分かったよ。いつでも、待ってるから」
「ああ。ヤイラも俺にして欲しいことがあったら言ってくれ」
「それ、本末転倒にならない?まぁ、いっか。君願い事するの下手だし。見本になってあげる」
そういうと、彼は私の腕を引きベッドにぽすりと座った。
「それじゃあ、ダルカン。髪乾かして」
「………それが願いが」
「うん」
「そうか」
おずおずとタオルを持ち、彼の艶やかな髪に触れる。
うねり一つないサラサラと揺れる黒は、金属越しでも滑らかなことが分かった。
「痛いところはないか」
「ううん。気持ちいいよ」
ヤイラは微睡む猫のように目を閉じる。
髪を拭いていると、ときおり丸く小さな耳がひょこりと顔を出す。
人間族の耳は丸く小さいと聞くが、ヤイラのものはそれよりも小さく感じた。
これで、本当に音を聞き取れるのだろうか?
「どうしたの、ダルカン」
「なんでもない」
意識が飛んでいたようだ。急いでタオルを握り直した。
「もしかしてして欲しいことでも思いついた?」
彼はポスリと鉄の腹にもたれると、澄んだ瞳で鎧を見上げた。
「そう、だな。なら、……良ければ耳に少し触れてもいいか?少しでも嫌だと思ったら言ってくれ。お前が嫌がることをするのは本意ではない」
「別にいいよ、好きなだけ」
慌てて言葉を付け加えていると、彼はあっさりと許可を出した。
「いいのか」
「うん、どーぞ」
「感謝する」
慎重に手を伸ばし、鎧越しにふにりと耳に触れる。
柔らかいそれは手の中で自由に形を変えた。
「あははっ、擽ったいよ」
中の構造を確認していると、目の前の身体がクスクスと揺れる。慌ててそこから手を離した。
「すまない。触りすぎた」
「もういいの?」
「ああ。満足した」
「そう。ちゃんとお願いできて偉いね、ダルカン」
彼は少し意地悪な顔でこちらを振り返える。
高鳴る心臓に気づかないふりをした。
男友達って、こんなにも距離が近いものなのだろうか。初めてできた異性の友達に、どこまでが普通なのか分からなかった。




