表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
波止場の迷い犬  作者: 酒酔
5/15

**第五話 理知的な脅威**

佐藤の声は低く、静かだった。

暴力的な響きは一切なく、むしろ落ち着いた知的な男の話し方だった。


「水野誠氏……でしたね。峰岸警部補もご一緒とは。

 夜の波止場で尾行ごっことは、なかなかロマンチックじゃないですか」


左利きの佐藤は四十代半ば。

背が高く、黒のスーツを品良く着こなし、銀縁の眼鏡の奥の目は冷たく澄んでいた。

「左利き」というあだ名とは裏腹に、荒々しさは微塵も感じさせない。


俺は美咲を背にかばうように一歩前に出た。


「佐藤さん……高城健一の件で、少しお話を伺いたいんですが」


佐藤は静かに微笑んだ。まるでビジネスの商談のように。


「率直に申し上げましょう。

 高城氏は我々のビジネスに少し欲張りすぎました。

 中国からのコンテナ一つで十分だったものを、二つに増やそうとした。

 結果として……バランスが崩れたのです」


美咲が鋭く切り込んだ。


「密輸の件、認めるの?」


「密輸という言葉は使いたくありませんね、警部補。

 我々は『特別な貿易ルート』を扱っているだけです。

 高城氏はそのルートの『調整役』として雇いましたが、

 残念ながら彼は自分の立場を過大評価した」


佐藤はポケットから銀のケースを取り出し、細い煙草を一本抜いた。

火をつける仕草までが、どこか洗練されている。


「水野氏、あなたは高城麗華さんに依頼されたのでしょう?

 彼女は……本当に夫を探していると思いますか?」


その言葉に、俺の胸がざわついた。


「どういう意味だ?」


「彼女は夫の失踪の二週間前から、私と連絡を取っていました。

 夫を『始末してほしい』とまでは言いませんでしたが……

 『自由になりたい』とは、はっきり言っていましたよ」


美咲が息を飲むのがわかった。


佐藤は煙を優雅に吐き出し、続けた。


「私は暴力は好みません。

 港の秩序を乱すのも嫌いです。

 だから提案しましょう——

 この件から手を引くなら、高城氏の『行方』に関するヒントを一つあげます。

 手を引かないなら……あなた方も港の『一部』になる可能性があります」


理知的で、穏やかで、しかし底知れない脅し。

それが左利きの佐藤だった。


俺はニヤリと笑って煙草に火をつけた。


「悪いが、俺は依頼人の尻を追っかけるのが仕事でね。

 特に麗華さんみたいな美人だと、余計に燃えるんだよ」


佐藤は小さく笑った。


「面白い方だ。

 では、覚悟を決めてください。

 港は広いですが、沈む場所は意外と少ないんですよ」


佐藤が去った後、美咲が俺の腕を強く掴んだ。


「……信じられない。あの男、ただのヤクザじゃないわ。

 まるでビジネスマンみたい」


「ああ。頭がいい分、厄介だな。

 でも、麗華さんが夫を消したがってたって話……本当かどうかはまだわからん」


俺は夜の海を見つめた。


「美咲、明日から本気で麗華の周辺を当たる。

 お前も協力してくれ」


「……仕方ないわね。

 あなた一人じゃ、すぐに女の色香に負けて終わりそうだから」


俺は美咲の肩を軽く叩いた。


「心配してくれるんだな?」


「馬鹿」


潮風が強くなった。

佐藤の残した言葉が、港の闇の中でゆっくりと広がっていく。


高城麗華——

彼女は本当に被害者なのか、それともこの事件の黒幕なのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ