**第四話 波止場の偽装デート**
翌日の午後、事務所に峰岸美咲が私服で現れた。
白のブラウスに膝丈の紺スカート、珍しく軽い化粧までしている。
「ほら、早く準備しなさい。今日は一緒に動くわよ」
俺はコーヒーカップを落としそうになった。
「……おい、それデート服じゃねえか」
「違うわよ! ただの捜査用私服。あなたと一緒にいるときは、刑事ってバレにくい方が都合がいいでしょ」
「へえ、都合がいいんだ。じゃあ俺は恋人役でいいのか?」
「即刻逮捕するわよ」
夕方五時。俺たちは山下埠頭から大桟橋方面へ「デート風捜査」を開始した。
表向きは仲良しカップル。実際は俺が美咲の腰に手を回そうとするたびに、容赦ない肘鉄が飛んでくる。
「高城健一が最後に接触したらしい貿易会社、ここの近くにあるわ。
関係者がよく顔を出す飲み屋も特定したから、様子を見に行く」
「了解。……美咲、手、繋ぐ?」
「絶対に嫌」
「冷たいなあ。せっかくの偽装デートなのに」
「これは捜査よ!」
港沿いの遊歩道を歩きながら、俺たちは自然と肩を並べた。
夕陽が赤く染める海と、行き交う外国船。昭和の終わりの横浜は、どこか甘く切ない空気だった。
飲み屋「港風亭」に着くと、俺たちは奥のテーブルに座り、ビールとつまみを注文した。
周囲の港湾労働者や貿易関係者の中に、怪しい男の姿がいくつかあった。
「ほら、あの左のテーブル。左利きの佐藤の舎弟らしい男がいる」
美咲が小声で囁く。俺は自然に彼女の肩を引き寄せ、耳元で囁き返した。
「いいぞ、そのまま。恋人同士っぽく」
「……あなた、完全に楽しんでるでしょ」
「仕事だから仕方ない」
掛け合いを続けながら耳を澄ませると、隣のテーブルから重要な会話が聞こえてきた。
「高城の野郎……余計な欲を出したからだ」「麗華さんが……」「もう一回、コンテナの調整が必要……」
麗華さんの名前が出た瞬間、美咲と俺は目を見合わせた。
店を出た後、夜の遊歩道を歩きながら本気モードになる。
「やっぱり麗華も絡んでるわね……」
「ああ。でもまだ決めつけるのは早い。
あの女……本当に夫を心配してるように見えた」
美咲が立ち止まり、俺を正面から見つめた。
風に髪が少し乱れている。
「水野、あなた……本当に高城麗華に惚れてるの?」
「惚れてるっていうか……気になるっちゃ気になるよ。
でもな、美咲。お前とこうやって歩いてる方が、なんだか落ち着くんだよな」
美咲は一瞬言葉を詰まらせ、すぐにいつものキツい顔に戻った。
「馬鹿。調子に乗らないで。
私はただ、あなたがまた女に騙されて死なないように見張ってるだけなんだから」
「それって心配してるってこと?」
「…………黙りなさい」
夜の山下埠頭を、俺と美咲は並んで歩いた。
偽装デートのはずが、どこか本物の空気が混じり始めていた。
そのとき、背後から足音がした。
振り返ると、街灯の下に左利きの佐藤の影が揺れていた。
「探偵さん……余計なことに首を突っ込むと、港の底に沈むぜ?」
空気が一瞬で張りつめた。




