**第十三話 三つの影が交わる夜**
山下埠頭のベンチで、遥の言葉を聞いた瞬間、俺の煙草を持つ手が止まった。
「『麗華を信じるな』……か」
遥は膝の上で手を強く握りしめ、うつむいていた。
十九歳とは思えないほど、目が大人びている。でも、その奥にはまだ少女の脆さがあった。
峰岸美咲が遥の隣に腰を下ろし、珍しく優しい声を出した。
「遥さん、あなたがここまで話してくれたのは大きいわ。
……怖いでしょう?」
「怖いです。でも、父さんがこのまま消えてしまう方が、もっと怖い」
俺は遥の顔をまっすぐ見た。
「一つ確認したい。
高城健一が『遥のところに行け』と麗華に手紙を残した理由……心当たりはないか?」
遥は少し迷ってから、小さく首を振った。
「直接は……ないです。
でも、父さんが時々『高城は意外と人間らしいところがある』と言っていたのを覚えています。
私の治療費の話も、きっとその流れで……」
そこへ、遥のポケットから古いポケベルが鳴った。
画面に表示されたのは、知らない番号。
遥が震える指でボタンを押すと、向こうから低い男の声が聞こえてきた。
「……遥か?」
遥の顔が一瞬で青ざめた。
「父……さん?」
俺と美咲は即座に身を寄せて耳を傾けた。
佐藤の声はいつもより疲れ、しかし冷静だった。
「今、どこにいる。……探偵と一緒にいるな?
いいか、遥。すぐにその場を離れろ。
麗華にも、水野にも近づくな。これはお前の人生には関係のないことだ」
「関係あるよ! 父さんが危ないんでしょう!?
高城さんのことも……全部、私を巻き込まないで!」
声が大きくなった遥を、美咲が肩を抱いて制した。
電話の向こうで、佐藤が小さく息を吐いた。
「……高城は生きている。
ただし、私のルートから完全に抜けようとした代償は、大きい。
三日後の『マルセイユ・スター』が入港する。
そこで全てが決着する。
遥、お前は絶対に港に来るな。それだけは約束しろ」
電話は一方的に切れた。
遥はポケベルを握りしめたまま、涙を浮かべて俺を見た。
「探偵さん……父さんを、止めてください。
殺したり、殺されたり、そんなの嫌です」
美咲が俺を睨んだ。
「水野、どうするの?
三日後……佐藤の最後の大仕事ね」
俺は立ち上がり、夜の港を見つめた。
遠くで貨物船の灯りが揺れている。
「遥、お前は今夜から美咲の保護下に入れ。
俺は麗華をもう一度当たる。
そして……三日後、俺はあの船に乗り込む」
遥が立ち上がった。
「私も——」
「ダメだ」
俺と美咲が同時に言った。
俺は遥の頭を軽く撫でた(珍しく、女好きの軽さはなかった)。
「お前は自分の人生を生きろって、父さんが言ったんだろ。
それを守るのも、探偵の仕事だ」
遥は唇を噛み、こくりと頷いた。
夜風が強くなった。
高城麗華、佐藤俊明、佐藤遥、そして消えた高城健一。
四人の思惑が、ついに一点に収束しようとしていた。
三日後——
横浜港に、大きな嵐が来る予感がした。




