**第十一話 麗華の告白**
その日の夕方、俺は高城麗華を事務所に呼び出した。
今回は峰岸美咲も同席させ、逃げ道を塞ぐ形にした。
麗華は薄紫色のワンピースを着て現れた。
相変わらず美しいが、目の下に薄い隈ができている。
「探偵さん……今日は何か、進展があったんですか?」
俺は机に腰を掛け、煙草に火をつけた。
美咲は壁際に立って腕を組んでいる。
「高城さん。もう、回りくどいのはやめましょう。
俺たちは、あなたの夫・高城健一について、かなり深いところまで知りました」
麗華の表情がわずかに強張った。
「夫の……どんなことを?」
「真面目で小心者だった男が、欲に目がくらんで佐藤の密輸ルートに深く入り込み、
会社の金まで流用して美術品に手を出していたこと。
そして、あなたの過去をネタに縛りつけていたことも」
麗華は唇を軽く噛み、視線を落とした。
美咲が冷たい声で続けた。
「さらに、佐藤の娘・遥の名前まで知っていた。
あなたは本当に、何も知らなかったんですか?」
長い沈黙の後、麗華は小さく息を吐いた。
「……知っていました。全部」
事務所の空気が一瞬、重くなった。
「夫は佐藤のルートにのめり込む前から、
私の過去を調べてました。
私が結婚前に付き合っていた男が、佐藤の元同僚だったことも。
それをネタに『離婚したら全部バラす』と言って、私を縛りつけていたんです」
俺は煙草の煙をゆっくり吐いた。
「それで、佐藤に相談に行ったんですね?」
「ええ。山下公園で。
私は夫に自由になりたかった。
でも、まさか殺してほしいなんて……本気で思ってはいませんでした。
ただ、『なんとかしてほしい』と、漠然と訴えただけです」
美咲が一歩近づいた。
「その結果、夫は消えた。
あなたは内心、ほっとしたんじゃないですか?」
麗華の目から、ゆっくりと涙がこぼれた。
今度は計算ではなく、本物の涙のように見えた。
「……ほっとしました。
でも、同時に怖くもありました。
夫が本当に死んだとしたら、私が一番疑われる。
だから、水野探偵さんに必死で依頼したんです。
探してほしい……生きていてほしいと、心のどこかで思っていたのかもしれません」
俺は彼女の目を見つめたまま聞いた。
「高城さん。最後に一つだけ。
夫は『この取引が終わったら全部清算する』と手帳に書いていました。
あなたを自由にするつもりだった……それを知っていましたか?」
麗華は驚いたように顔を上げた。
「……知りませんでした。
夫が、そんなことを……」
彼女は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
「私……夫を誤解していたのかもしれません。
ただ縛りつけるだけの冷たい男だと思っていました。でも、本当は……」
美咲が俺を横目で見た。
その目は「まだ信じられない」と言っていた。
俺は煙草を灰皿に押しつけ、静かに言った。
「高城さん。
あなたが今、どれだけ本当のことを話しているか、俺にはまだ半分もわからない。
でも、もしこれ以上隠し事があるなら……
今が最後のチャンスです」
麗華は涙を拭き、ゆっくりと顔を上げた。
「……もう一つだけ、話しておかなければいけないことがあります。
夫が失踪した当日、
私宛に一通の手紙が届いていました。
『もし俺に何かあったら、遥のところに行け』と」
俺と美咲は同時に息を飲んだ。
麗華の仮面は、まだ完全に剥がれていない。
しかし、その奥にある本当の顔が、少しずつ見え始めていた。




