第28話 森の小屋
荷馬車に揺られ、どれほど時間が経っただろうか。
街道と、舗装されているとは思えぬ道を突き進み、いい加減体も軋み始めたころ――シルヴィアは停止した荷馬車から降ろされた。
(ここは……森?)
夜の中においてもなお暗く、月明かりさえ届かぬ森には、古びた一軒の小屋があった。
「こっちだ。付いてこい」
促され、シルヴィアはおぼつかない足取りで野盗たちの後に続く。
恐怖で足が竦んでいるわけではない。
純粋に、歩きにくいのだ。
腐葉土と苔むした地面では、華奢なピンヒールは深く沈むばかりで、まともに歩けたものではなかった。
(これじゃ走って逃げるのは無理ね)
冷静に周囲の状況と、自身がいま持つ装備を確認する。
戦闘どころか逃走さえ難しい靴に、煌びやかだが動きにくく防御力は皆無のドレス。
それにいくつかの呪紋を記したメモと、あとは非常時に利用できるいくつかの道具があるだけだった。
(本当なら、馬車から飛び降りてでも逃げるつもりだったんだけど……)
まだ騎士たちが傍にいる状況なら、そうすれば勝算はあるはずだった。
人質のいない状況なら、一瞬の隙くらい魔法でなんとでもなる。
そう考え、人質役を進んで買って出たのだが――――。
考えが甘かった。
シルヴィアが連れ去られた馬車には、すでに先客として屋敷のメイドらしきまだ15、6歳の少女が連れ込まれていた。
しかも――、
『どちらも下手に暴れるなよ。どちらかが暴れれば、もう片方の馬車に乗ったお前らを殺す』
そう言って少女とは別々の馬車に乗せられたばかりに、シルヴィアは何も身動きを取ることができなくなっていた。
そうして一時間以上どこを走ったかもわからない道を荒々しく揺られ、シルヴィアはこの森の小屋に辿り着いたのだった。
「入れ」
そうして、森の小屋の一室にメイドの少女と共に投げ込まれる。
男たちが立ち去ると同時に、シルヴィアは巻き込まれた少女ににじり寄ると『大丈夫?』と声をかけた。
「あなた、怪我はない?」
少女は恐怖に引き攣った顔でこくこくと何度も小さく頷く。
「その服は……伯爵邸に勤めていた子でしょう? 私はシルヴィア。あなたの名前は?」
なるべく恐怖を掻き立てないように。優しく、いつもの調子を装って語りかける。
「コ、コリンナです……」
「そうなの。コリンナ、よろしくね」
「あ、あの…………私たち、どうなるんでしょうか」
恐怖に青ざめた表情で、コリンナはこちらを見上げた。
「大丈夫。きっとすぐ助けがくるわ。安心して。私、とっておきの魔法を持っているの」
そう言うとシルヴィアは、男たちが戻ってこないのを確認して、小声で呪文を詠唱する。
そうして指先に高熱の塊を生み出すと、両腕を封じていた縄を焼き切った。
「す、すごい……! シルヴィア様は魔法が使えるんですね……!」
窮地に希望の光を見出したのか、コリンナの目が輝く。
「少し、ね」
シルヴィアは苦笑すると、コリンナの縄も焼き切った。
「すぐにここを逃げ出したいところだけど……闇雲に逃げ出しても危険だから、一旦もう一度すぐに解けるよう縄を掛けさせてもらうわね」
後ろ手に縛られたように見えても、縄の先端を引けばすぐに解けるよう掛け直して、シルヴィアは逃亡の態勢を整える。
そうして自分の縄も掛け直す直前、その前に豪華なスカート中に手を探り入れると、太ももにベルトで装着したポケットから魔石型の魔道具を取り出した。
「それは……?」
「これはね。助けを呼んでくれる魔法の道具よ」
そう言って魔石の先端についている留め具を引き抜く。
こうすればもう一対の魔道具に信号が送られて、危機を知らせることができるのだった。
(ミリウス……気づいてくれるといいんだけど)
迷惑をかけるのは申し訳ないが、きっといまなら会談も終わっているだろう。明日の出立に向けて準備をしているころかもしれない。
何より、この魔道具をかつての旧友から貰った日から、絶対に片方は自分が持つように、と強く念押ししてくれた彼の優しさに縋って、一縷の望みをこれに託す。
「コリンナ。助けが来るにはきっと時間がかかるけど、タイミングを見計らってあなたをここから逃がすわ。だからそれまで……もう少し一緒にいてくれる?」
案じることなど何もないように、なるべく柔らかく見えるよう笑って、シルヴィアは小さな少女をそっと抱きしめた。




