第26話 伯爵邸襲撃事件
突如晩餐会に侵入してきた男たちを前に、シルヴィアはわずかに椅子から腰を浮かせた。
相手に気取られぬように、素早く辺りの様子を観察する。
侵入者は確認できるだけで3人。
しかし背後を気にしていない様子からすると、まだ奥に仲間がいるのだろう。
傭兵風の身形の無精髭を生やした男たちは、侍女のベラを楯にすると、まるでこの屋敷の主人であるかのように胸を反らした。
「こんな豪勢な食事をする金があるんだ。この屋敷にはもっとたんまり蓄えているんだろう? 出しな」
そうして威嚇するように椅子のひとつを蹴飛ばすと、顎で伯爵に『屋敷にあるものをすべて持ってこい』と指し示す。
「あんたたちもだ。その首から提げてるお宝を、ここに出しな」
ほんの数分前まで、弦楽の調べに身を委ねていた夫人達を睨みつけると、男は革手袋をはいた手で、差し出された宝飾品を回収していった。
(…………)
シルヴィアは、逡巡する。
この場合どう動くべきか。
ベラが人質に取られている以上、下手に動くことはできない。彼女の安全を確保することが第一で、それにシルヴィア自身も、いまは荒事に対応できるような身形はしていなかった。
華やかなドレスに細いピンヒール。
かつてはあれほど頼りにしていた魔導書も、いまこの格好では携帯できず、それを小型化したいくつかのメモをスカートの内側に潜ませているだけだった。
(正しく判断するなら、ここは争わず目的の金品を渡すだけ……)
それならば、あとで彼らを捕らえれば、奪われた物も回収もできるような気がした。
(でも…………)
いざ指から、そのきらめきを外す段になって躊躇する。
(せっかくミリウスがくれたものなのに……)
左手の薬指でひと際大きく輝くきらめきは、彼が婚約の証にと、手ずからシルヴィアの指に嵌めてくれたものだった。
頭では理解しているのに。宝飾品など、いままで何一つ執着はなかったのに。それなのどうして、それは躊躇うほど外しがたく、シルヴィアは伸ばしかけた手を止めた。
「……」
「どうした。外せねぇのか」
「!!」
「……まぁいい。そうだな、あんたはそのままでいい」
「……?」
「あんたはこの中で一等立派な宝石をつけてやがる。この中で一番偉いのはあんたなんだろう?」
無精髭のその男はシルヴィアの顔を覗き込むようにして、品定めをする。
「ちょうどいい。あんたが大人しく俺たちについてくるなら、ここの奴らを無事に解放してやるよ」
「な……!」
「なんか文句があるのか、おっさん」
思わず抗議の声を上げそうになった客人の紳士に、男は睨みを利かせるとそのこめかみを薄く切り上げる。
「ひっ……!!」
「なんにもできねぇ奴は黙ってろ」
そうして男は再びシルヴィアに向き直ると、その頬を撫で上げた。
「なぁ、お嬢さん。目の前で使用人が切り刻まれるのは、あんたにとって何でもないことなのかい?」
「!!」
その瞬間、ベラが息を詰める音が聞こえた。
彼女の喉元に、つうと紅い筋が垂れる。
「やめて!!!」
シルヴィアは男に詰め寄ると、訴えた。
「わかったわ。……私があなたたちについていけばいいのでしょう。その条件を呑むからその人を放して」
シルヴィアが前へ進み出ると、男たちは女を攫うのに慣れているのか、素早くシルヴィアを後ろ手に縛り上げる。
「シルヴィア様……!!」
開放されかけたベラがこちらへ駆け寄ろうとすると、男の一人がその腕を捻り上げた。
「おっと、まだあんたの役目は終わっちゃいねぇ」
「!!」
その瞬間、どこからか大きな破砕音が響いた。
*
突如響いた大きな破砕音。
それは晩餐会の会場に繋がる廊下の先で、その先とを隔てる分厚い扉が破壊された音だった。
「……これはどういう状況ですかね、お嬢さん」
「クリフ!!」
封鎖されていたのだろう。
施錠されていた扉を破壊し現場に立ち入ると、クリフは一瞥するなり、眼前にいた男二人を斬り捨てた。
「ちっ……動くんじゃねぇ!! こいつが目に入んねぇのか!!」
「っ……!」
男たちはすぐさまシルヴィアを引き寄せると、その喉元に刃を突きつける。
「クリフ……お願い。手出しはしないで」
未だなお開放されていないベラが安全な場所に行くまでは。シルヴィアの安全を最優先目標に無茶をしかねない近衛騎士を、シルヴィアは静かに制止した。
「あなたたちは私を連れて金品を持ち出せればそれで満足なのでしょう。とりあえずそれで退いて、彼女とほかの人たちには手出しはしないで。……人質なら私がなるわ」
私がいれば彼は手が出せないから、と。
物分かりのいい世間知らずな令嬢を演じてみせる。
その気丈だが自分の立場を何一つわかっていない愚かな選択を、男たちは見下ろして……満足そうに嗤った。
「まぁいい。こいつとここのお宝がありゃ、とりあえずの凌ぎとしちゃ十分だ。――撤退するぞ」
そう指示すると、男はシルヴィアを人質に、ジリジリと背後に後退する。
そうして楽団員を蹴散らすと、彼らがいたダイニングルーム横のサンルームの大窓を破り、その外へと出て行った。
「――シルヴィア様!!」
クリフが叫ぶ。
「いいの! あなたはベラたちを――その人たちをお願い!!」
男たちに引き立てられたまま、よろよろと足もとも不確かに荷馬車に詰め込まれる。
そうして皇女シルヴィアは――――その夜、伯爵邸からいずこかへ攫われたのだった。




