第25話 伯爵邸の晩餐
「ケアード伯爵。この度は急な滞在を許可していただき、大変感謝しています」
シルヴィアはゆったりとした馬車旅の末に辿り着いた邸宅で、家主を相手に礼を言った。
ケアード伯爵邸。
そこは目的地であるハズウェル公爵領に行くまでの道中にある小さな伯爵領で、旅の間の一宿の宿として、シルヴィアが事前に訪問を打診していた屋敷だった。
「いえいえ! こちらこそ次期王太子妃殿下を……それも帝国の皇女殿下でもある方をお招きできるなんて! 我が家の歴史に語り継げる僥倖です」
「そう言っていただけると肩身が狭くなくて助かります」
「さあさ!こちらへ。お付きの方にも部屋を用意してあります」
伯爵邸はこれまで訪れた貴族の屋敷――ライオール侯爵邸のような、ほぼ公爵邸に匹敵するような大貴族の屋敷と比べるとはるかに小規模ではあるけれど、歴史を感じさせる小さな造りは、どこかの学寮のようで、懐かしく温かい匂いを感じさせた。
「皇女殿下。実は今晩ささやかながら楽団を招いての晩餐会を用意してありまして……。ご満足いただけるとよいのですが」
「それは……楽しみですわ」
伯爵は、本来謁見もなかなかままならぬ皇族の訪問に浮き立っているのか、頬を紅潮させながら矢継ぎ早に話す。
(突然の訪問で無理をさせていないといいのだけれど……)
シルヴィアは、友好を深めるという目的のためとはいえ、他家に接待のための負担をかけていないことを祈りながらにこりと微笑った。
*
「まぁ、王太子殿下とはレムリア皇宮でご婚約を?」
「えぇ。彼が帝国を訪ねて来たときに……」
その日の夜、伯爵邸では伯爵夫妻とその友人を招いた小規模な晩餐会が開かれていた。
食卓には、王族に出しても恥ずかしくない、伯爵家のシェフ渾身のディナーが次々並び、歓談の合間に食卓の彩りを変えていく。
「お噂では、皇女殿下とお会いするために、殿下御自ら馬を駆って帝国に向かったとか」
「まぁ!」
「皇女殿下が王国にいらした際も、殿下はその日の予定をすべて空けて婚約者を出迎えられたとか……」
晩餐会の主賓に相応しく、その日の話題の中心はシルヴィアと、その婚約者王太子ミリウスで。
シルヴィアは慣れない笑みを浮かべつつも、そのひとつひとつに丁寧に答えていった。
「殿下はとてもお優しい方なので、きっと私がこの国に早く馴染めるように配慮してくださったんだと思います」
それは真実だった。
ミリウスは何かにつけてシルヴィアが早く王国に馴染めるよう、何から何まで気を配ってくれた。
部屋の造りから、使用人の選定まで。また本来なら許されないような自由まで、彼は私のために許してくれた。
だからシルヴィアは感謝を込めて、彼が将来良き王になる存在だと喧伝する。
「殿下のような方がいらして、この国は本当に幸せですね」
そしてそんな国の一員に――彼の妻になれる幸運に静かに感謝する。
それはこれまでの人生の帳尻全てを合わせても過ぎた幸運だと思えるくらい、恵まれたことのように感じた。
「おや、皇女殿下。お酒があまり進んでいないような……。やはり当家程度のワインではお口に合わなかったでしょうか」
申し訳ありませんと恐縮する伯爵に、シルヴィアはそっと首を振る。
「いいえ、そうではないのです。ワインは大変美味しかったのですが……その。実は殿下に、『お酒は、自分のいない席ではほどほどに控えるように』と言われておりまして……」
「まぁ、それは……」
伯爵夫人が、くすくすと柔らかに頬を緩める。
「そんなお言葉をいただくなんて……殿下はとても皇女殿下を愛していらしゃるのね」
少し過保護になり過ぎてしまうくらい。
婚約者のことが大事でたまらない王太子。
そう映ったらしい伯爵夫人は、若い二人を見守るように微笑む。
そうして歓談は次々と運ばれる料理と共に移り変わり、最後のケーキが運ばれてきたころ、食事を締めくくるささやかな演奏会が始まった。
カルテットによる優雅な四重奏が部屋を満たす。
その豊かな弦楽の調べに調和するように、やがて背後の扉から複数の足音が近づいた。
使用人が追加の珈琲をサーブしに来たのだろうか?
シルヴィアがうっとりと閉じていた瞼をゆっくり開けると、そこには――――……。
「ご鑑賞中のところ悪いなァ、皆様方。本日の演奏会は――残念、ここで終了だ」
驚愕に手を止めた楽団の演奏に替わるように場に響いた声。
それは無作法にも薄汚れたブーツと、その手に光る銀色の刃と共に現れた。
「なっ……! 誰だお前たちは!」
伯爵ががたりと席を立つ。
「誰って……今日の主賓だよなぁ? 俺たちは」
背後に言葉を投げかける男に呼応するように、ぞろぞろと似たような男たちが現れる。
その数、目視でわかるだけで3人。
その内一人は――――武装した腕の中に、シルヴィアの侍女ベラを抱えていた。
「っ……!!!」
口元を塞がれ喉に刃を突きつけられたベラは息を呑む。
「なぁ、お貴族様。素敵な晩餐会――俺たちも混ぜてくれよ」
男は、テーブルに残ったケーキを無作法に口に放り込むと、ぺろりと舌でそれを舐め取った。




